第四章 〈凶狂卿〉カクナルグ〈12〉
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「……まったく朝からヒドイ目に遭った」
まだズキズキと痛むお腹をさすりながら席に着いたしのぶがつぶやくと、
「しのクンがデレデレしてるからいけないんです」
となりの机に腰をあずけたモヘナが拗ねた。
「ふっふっふ。お兄ちゃんがどんな目に遭ってきたかは知らないけれど、本当の地獄を味わうのはこれからなんだよ」
そのとなりの席に座るのどかが〈照見メガネ〉の赤いフレームを鼻梁へ押し上げながら云った。
「モヘナちゃん。今日はのどかの勝利を光輝たる〈冥土の巫女〉へ捧げるんだよ」
「ええ、のどかちゃん。今日ばかりは、しのクンをふんわっふっふと云わせてやりましょう」
「のどか。おかしな日本語をモヘナに教えるんじゃない」
「なんですと?」
「おれにとって今日の勝利は確定していることだ。モヘナ。おれはモヘナの努力が水泡に帰すところを見たくはない。しかしだ。カモメはカモメ。のどかはのどか。のどかがテストの成績でおれを越えることなど天地が引っくりかえってもあるはずがないのだよ」
「お兄ちゃんは『ウサギとカメ』の童話を知らないんだね? のどかはお兄ちゃんが寝ている間も、モヘナちゃんのモーレツに耐えて勉強がんばったんだからね」
「永遠に届かぬ高みがあることを後悔とともに知るがいい」
HRのはじまりを告げるチャイムが鳴って担任が教室へ入ってきた。
テスト用紙は各教科の授業ごとに返却されるが、HRで各テストの点数と学年総合順位の記された〈テスト成績表〉が手わたされる。
1年生の中間テスト成績上位者名簿に名前も乗っていないふたりが低レベルな高みを目指して、さいごの戦いに挑もうとしていた。
「鹿香しのぶ」
先攻はしのぶである。〈テスト成績表〉を手に席へ着いたしのぶがのどかへ見えないようにコッソリと中をのぞき見る。
(悪くはない。悪くはないぞ)
ほぼ平均点と云ったところである。英語と数学が少しよくないものの、それ以外は60点台後半から70点台をキープしていた。
「狩庭のどか」
五十音順によばれるので、後攻はのどかとなる。のどかはモヘナと〈テスト成績表〉をのぞきこんで微妙な表情をした。その表情にしのぶは勝利を確信した。
全員の〈テスト成績表〉配布が終了してHRが終わった。生徒たちが席を立つと〈テスト成績表〉を見せあったり隠しあったりで騒然となった。
そんな中、異質な空気を放つのが、窓際最後尾でとなりあうしのぶとのどかの机だった。
「……お兄ちゃん!」
「勝負っ!」
ふたりがのどかの机に互いの〈テスト成績表〉をひらいた。
「……!?」
しのぶがのどかの〈テスト成績表〉に困惑した。教科ごとの点差にバラつきがあったためである。
英語の点数はかなり低かった。世界中の言語を母国語と同じレベルで自然に解することのできるモヘナは言語を学ぶと云う意味がわからない。
それでもなんとかのどかに英語を教えようと努力はしたが、お互いの歯車がうまく噛みあわなかったらしい。
しかし、理数系は強かった。モヘナがテスト範囲外の中3レベルから徹底的に復習した結果、数学は97点。化学も92点と好成績を叩きだした。
そして、その結果。
あれほど自信満々だったしのぶは、わずか3点差でのどかにまさかの敗北を喫した。
「……さ、3点差っ!?」
しのぶが頭をかかえてうなだれた。
要するに、総合的にはほぼ同レベルなわけだが、それでも負けは負けである。
「 やったよ、モヘナちゃん! お兄ちゃんに勝ったんだよ! モヘナちゃん、ありがとう!」
のどかがモヘナとハイタッチした。
「ね? だから云ったでしょう? のどかちゃんはやればできる子だって。のどかちゃんはできる子なんです」
「うん。のどかはお兄ちゃんよかできる子なんだねっ!」
微妙に限定されている感じがますますしのぶの心を傷つける。一応仮にも相思相愛のモヘナにすら裏切られた気がして、ますますヘコむ。
たった3点差とは云え、勝利したのどかが紀里香ゆずりの増長を見せた。
「お兄ちゃん。約束はおぼえてるよね? お兄ちゃん、のどかに負けたらどうするんだったけ?」
「……のどかの云うことをなんでもきく」
「のどか?」
「の、のどかさまの云うことをなんでもおききいたします」
しのぶの言葉にのどかが鷹揚にうなづいた。
「うんうん。のどかへ対する殊勝な態度、実に見上げた心意気なんだよ。お兄ちゃん、勉強でわからないところがあったら、のどかが教えてあげるからね」
「……この女郎、調子に乗りくさって」
「あれれ? なんか云ったかな?」
「……いえ、のどかさま。なんでもございません」
(絶対、期末テストはのどかよりいい成績とっちゃる)
冥い決意を燃え立たせるしのぶにのどかが破顔した。
「ぬっふっふ。ついにのどかは下克上を果たしたんだよ。さあて、それじゃ、お兄ちゃんにはなにをしてもらおっかなあ?」
……こうして、しのぶ屈辱の日々が幕をあけた。
〈了〉
『隻翼のモヘナ2 魔葬少女のどか』はライトノベル、痛快美少女アクションコメディーです(笑)。
もともと、この作品は『隻翼のモヘナ1 あなたしかみえない』のスピンオフ、おバカでマヌケな短編を書くつもりで筆を執りました。
とどのつまりは、ガッツリ長編を書く羽目に。……おバカでマヌケなのは私自身でした。とっほっほ。
正体不明の敵がアホな〈吸ケツ鬼〉だったり〈冥土の巫女〉エマロンガ・ミロンガ・ロロガンバの出番がなかったり『モヘナ1』がしのぶの一人称なのに、こちらは三人称だったりするのも、スピンオフ短編のなごりです。あまり気にせずご笑読ください(笑)。
本作には〈親〉の存在をそれぞれ桎梏あるいは呪縛と云うマイナスのカタチでかかえこんだ少女たちの悲劇が通奏低音として流れています。
もうひとつ通奏低音として流れているのは「睡眠の大切さ」でしょうか? 執筆中は自覚してなかったんですけど(笑)。
本作に登場するあの人とあの人は、今後掲載予定の『退儺師アスカ II』にも意外なカタチで登場いたします。そちらもあわせてご笑読いただければさいわいです。
すこぶるpv数のふるわない本作ですが(笑)、いつか続編を書きます。いずれ伝説となる『隻翼のモヘナ3 平成纐纈城』でお逢いしましょう。……平成が新元号にかわっているやもしれません。
さいごまでおつきあいいただきありがとうございました。




