第四章 〈凶狂卿〉カクナルグ〈7〉
緊護牢の結界へ近づくにつれ、結界内のようすがぼんやりと見えてきた。
悪魔や獣人の手薄なところへ半透明の聴駆追烏に包まれた白鹿のしのぶとモヘナが飛びこむと、聴駆追烏が結界へ同化するように消えた。
結界のすみに巨大な金色のゲンゴロウが立っていた。
「わ、なんだこりゃ、気もち悪い!」
「白馬鹿に云われたくないわよ!」
「その声は……紀里香?」
しのぶがゲンゴロウの正面へまわりこむと、亀の甲羅みたいに巨大な金色のゲンゴロウを背負った紀里香が印を結んで立っていた。
「うわ、気もち悪っ! おまえなにやってんの?」
「見てわかんない? 結界をはってんのよ。多勢の悪魔どもを囲いこむには私ひとりの力じゃムリだから、4人の陰陽師で協力して巨大な結界を維持してんの」
紀里香の足元に2体の自走型戦闘式神・鈷武兵が控えていた。身動きのとれない紀里香の護衛である。1体は紀里香のスマートフォンをかかえもっていた。
林の奥へ目を凝らすと、体長3~4mほどの岩のような獣人が2匹、腕や翼をふりまわして暴れていた。
当麻斗が弾弑で弾幕をはって獣人の進撃を阻止していたが、そのうしろや木々の影からも悪魔が攻撃をしかける。
悪魔と戦っているのは当麻斗とのどか、あとは僧形の陰陽師が2人だけだった。
ひとりは錫杖、ひとりは三鈷杵をかまえているが、三鈷杵の陰陽師は負傷して右足を引きずっている。式を打つのに支障はないが、防御回避が問題となる。
そのため、獣人と対峙する当麻斗と負傷している陰陽師を背中でかばうように、錫杖の陰陽師とドクロ杖の大鎌をふりかざすのどかが立っていた。
鳴鳥市へ派遣されていた陰陽師が3人。蓬莱市へ派遣されていた陰陽師も3人だったが、先日の戦闘でひとり負傷したのでふたり。
そのうち4人は結界型異相式神・緊護牢をはっている。
獣人を倒せるのはのどかの〈滅魔絶唱〉だけだが、周囲からの攻撃をかわしながらなので〈滅魔絶唱〉をくり出すタイミングがつかめず苦戦を強いられていた。
それでもすでに2匹の獣人を倒しているのはさすがと云う他ない。
「とりあえず雑魚を蹴散らしましょう。しのクン!」
「おうっ!」
モヘナの言葉にしのぶがこたえると、全速力で戦場へ突っこんでいった。
「魔眼透視」
モヘナの呪文にひろい視界を誇る白鹿のつぶらな黒い瞳が金色に輝いた。
林の影にひそむ悪魔をすべて把握したしのぶが木々をかわしながら林の中を飛ぶように駆ける。
しのぶとモヘナの援軍に気づいていなかった悪魔たちをモヘナが次々と薙刀で斬り捨てていった。
「ぐわっ!」
「ぎえっ!」
「ぎひっ!」
モヘナを乗せた白鹿のしのぶが林の中から躍りでると、のどかの前に立った。
「モヘナちゃん! お兄ちゃん!」
のどかのあかるい声に当麻斗もおっとりとした口調でつづく。
「あら、しのぶクン? 白鹿姿もすっごく素敵い。モヘナさまもいらしてるのねえ?」
〈照見メガネ〉をかけていない錫杖と三鈷杵の陰陽師が狼狽した。
モヘナの姿が見えていない彼らには、いきなり林の中から大きな白鹿が迷いでてきたようにしか思えない。
「のどかちゃんのペット? いや式神か?」
三鈷杵の陰陽師の失礼な言葉にしのぶが反駁した。
「だれがのどかのペットだ! 失礼な! すごく失礼な!」
「うわっ! 鹿がしゃべった!?」
いろいろと説明しているヒマはないので、おどろく陰陽師を無視してしのぶが云った。
「西に散開していた悪魔はすべて片づけました。のこりは東側に4人。そっちもおれたちがやるから、今のうちに負傷者を下がらせてください」
林の奥から放たれた水の矢をモヘナが薙刀で斬り裂くと、しのぶがモヘナを背に矢の放たれた方へと駆けた。
「たのんだわよお、しのぶクン、モヘナさまあ」
「芦屋さん。滋丘さんをつれてお姉ちゃんのいるところまで下がって」
のどかが錫杖の陰陽師へ云った。
「わかった。……タカオ、急々如律令!」
芦屋とよばれた錫杖の陰陽師が胸元から奴の折り紙を2枚とりだした。幇間型雑用式神・八股多寡男へと変化する。
右足を負傷した三鈷杵の陰陽師・滋丘が地面に腰を下ろすと、2体の八股多寡男が滋丘の足と腰をかついで駆けだした。芦屋が左右に目を配りながら、滋丘のあとにつづく。
モヘナとしのぶが消えた林の奥から悪魔の小さな悲鳴が上がった。
「ぐげっ!」
「げはっ!」
のこるふたりの悪魔が命の危険を感じて2匹の獣人の背後へ遁走しようとしたが、当麻斗の弾弑はそれを見逃さなかった。
「……弾弑綾舞ぃ」
当麻斗が指を鳴らすと、獣人に弾幕をはる無数の朱い割りばし鉄砲の一部が動いてふたりの悪魔を頭上から蜂の巣にした。
「ドクりん、滅魔絶唱!」
雑魚悪魔の攻撃からフリーになったのどかがドクロ杖をかまえて叫んだ。
ドクロの口から耳をつんざく怪鳥音とともに目もくらむような光が爆発して、獣人が1匹、塵となって消えた。




