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第四章 〈凶狂卿〉カクナルグ〈6〉

「魔離再生!」


 (すもも)の身体が一瞬で塵となって宙にただよった。


(……!?)


 魔法と化したしのぶの狼狽をモヘナも感じとっていた。


「落ちついてください、しのクン。これから生きたまま微粒子レベルまで分解した(すもも)さんの身体だけを復元再生させます」


 モヘナが(すもも)の身体を貫いたままの姿勢で手をひろげると、宙にただよう塵がモヘナの手の中へ集まってきた。白いかたまりが徐々に脳を形成する。


 再生された脳を起点に塵の中から骨や神経や筋肉や臓器が復元され、じわじわと内側から人の形をとり戻していく。


 人の形をした赤い肉のかたまりを白い皮膚がおおっていく。髪や爪が生えそろい、5分ほどかけて、百川(ももかわ)(すもも)が生まれたままの姿で再生した。


 吸魂精鬼(グール)だけが再生されず、塵のまま床の血の海へ沈む。


 小さく息をしている百川(ももかわ)(すもも)にモヘナが安堵(あんど)の表情をうかべた。


「うまくいきました」


 モヘナのかざす手の前で宙にうく百川(ももかわ)(すもも)を『酔羊亭』の座席へ座らせると、テーブルクロスを引きぬいて華奢な裸体をおおい隠した。テーブルクロスを魔法で(すもも)の着ていた制服へと変える。


 次にモヘナはスケルグのところへ移動すると、しのぶが冷凍庫からもちだした牛肉のかたまりを左手に、右手をスケルグの胸へかざした。


「魔血肉変換」


 モヘナの手から牛肉のかたまりが消えると、スケルグのほおに赤みがさした。


「……ありがとうございます、モヘナさま」


 さっきよりもはるかに力強い声でスケルグが礼を述べた。


「まだじっとしていてください。傷が治っても体力はすぐに回復しませんから」


 モヘナは百川(ももかわ)(すもも)にも魔血肉変換をほどこして流血分をおぎなうと、ふたりを2階の主寝室と客間のベッドへ運んだ。


 最後に魔掃除で『酔羊亭』内をキレイにすると「CLOSE」の木札がぶら下がった扉をしっかりとしめて鍵をかけた。


「しのクン、白鹿へ変化してください。紀里香さんたちのところへ急ぎましょう」


「いやいや、こんなところで白鹿になったらヤバイって」


 とりあえず周囲に人通りはないが、いつ人に見られてもおかしくない状況だ。


「しのクンのまわりに空気の渦でレンズをつくって見えにくくします」


「そんな方法もあるのか。それじゃたのむ」


 しのぶが白鹿へ変化すると、モヘナが角をつかんでしのぶの背にまたがった。


「行くぞ!」


 一声叫ぶとしのぶが空へ駆け上がった。



   7



 鳴鳥市斑雲山上空へ到達したしのぶとモヘナの眼下にはおだやかな光景がひろがっていた。悪魔と陰陽師の戦闘など影も形も見当たらない。


「結界か……」


 白鹿のしのぶがつぶやいた。先日の夜、坐浜(ざはま)フォレストタウンへ加勢に駆けつけた時も、当麻斗(とまと)の助けを借りて結界内に入るまでは、獣人カピバラの姿を知覚することすらできなかった。


「モヘナ、どこに結界がはってあるかわかるか?」


「ふつうの結界なら見破るのは造作もありませんが……」


 斑雲山の中腹に建つホテル雉屋を目印に視線を下げていくと、モヘナの目には五大元素(エレメント)が希薄に映る場所があった。


「しのクン、あそこです」


 しのぶの角を握るモヘナの視界がしのぶの脳裏に映しだされた。山肌をつづら折りに這う舗装道路から少し奥まった林の中へ五大元素(エレメント)の希薄したあとがつづいている。


「モヘナ、紀里香のスマホに電話して結界へ入る方法をきいてくれ」


「わかりました」


 モヘナがしのぶから預かっていた携帯電話で紀里香をコールする。即座に紀里香がでた。


「モヘナ!?」


「ええ。今、斑雲山上空です。五大元素(エレメント)濃度で結界の大体の位置はわかるのですが、どうすれば中へ入れますか?」


「トマトさんをトレースしてたキクちゃんをよこすから、あとはなりゆきでお願い!」


 紀里香の声にモヘナがうなづいた。


「わかりました」


 携帯電話を切るとしのぶへ告げた。


聴駆追烏(きくおう)でなんとかするそうです」


聴駆追烏(きくおう)?」


 しのぶが首をかしげると、どこからともなくあらわれた半透明の遠隔型監視式神・聴駆追烏(きくおう)がしのぶと並走する。突如、聴駆追烏(きくおう)の身体が大きくふくらむと、並走するしのぶたちを包みこむようにのみこんだ。


「わっ!」


 聴駆追烏(きくおう)に包まれた視界から巨大な立方体の結界型異相式神・緊護牢(きんごろう)が見えた。


「このまま突っこめばいいのか」


「そのようですね」


「モヘナ、武装した方がいいんじゃないか?」


「そうですね。それではしのクン、角をお借りします」


 モヘナの言葉にしのぶが少し肩をすくめて緊張した。ボキリとすごい音が鳴って、モヘナがしのぶの右の角を根元から折った。


「……く~っ」


 しのぶが小声でうめいた。鹿の角は生え変わるので折られても支障はないが、折られる時は痛いし、折られたところにはうっすらと血がにじむ。


 モヘナが折った角を細くしなやかな指でなぞると、鹿角らしく三叉の切先をした薙刀(なぎなた)へ変化した。


「紀里香さん、のどかちゃん、待っていてください」


 モヘナの言葉にしのぶが速度を上げた。

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