第四章 〈凶狂卿〉カクナルグ〈3〉
4
「……ふにゃあ。やっとおわったあ~。ばんにゃ~い」
中間テストが終了し、へろへろになったのどかがぐで~っと机につっぷした。
「これでモーレツ家庭教師のモヘナちゃんからも解放されるんだよ。今朝も5時まで勉強させられてたんだから」
「徒労におわると知りながら、そこまでがんばったモヘナの方が気の毒かもな」
しのぶの言葉にのどかが反駁した。
「なんですと!? のどか、人生で一番勉強がんばったんだよ! お兄ちゃんにだって負けないんだよ!」
「モヘナが味方についたところで、おまえがおれに勝てるはずなかろうもん」
しのぶも特別頭のよい方ではないが、一緒に勉強したかぎり、成績でのどかに劣るとは考えられなかった。
「うにゅ~、じゃあ、もしのどかの成績がお兄ちゃんよりよかったらどうするのっ!?」
「おまえのこと〈のどかさま〉ってよんで、なんでも云うこときいてやるよ」
「云ったね、お兄ちゃん? 約束だよ。ウソついたらハルマゲドン呑ますよっ!」
「いいとも、いいとも、田口トモロヲ」
中間テストの緊張から解放され、若干、心もちのおかしいしのぶが歌うように云うと、教室のうしろ扉が乱暴にひらかれた。
「のどか、しのぶ、帰るよっ!」
姉妹とは云え、滅多に1年の教室へ顔をだすことのない怜悧の美貌、紀里香の登場に教室全体がどよめいた。
「あ、ああ」
平静をよそおうしのぶの返事にのどかも席を立った。わざわざ紀里香が教室へ顔をだすと云うことは、よほどの緊急事態にちがいない。
足早に教室をあとにすると、紀里香がスマートフォンのメールをふたりへ見せた。
「現状は?」
しのぶの問いに紀里香が首をふった。
「鳴鳥市にキクちゃんは配置してないからわからない。トマトさんもタクシーで現場に向かってる。あと数分で着くとは思うんだけど」
「おれたちはどうする?」
「電車で鳴鳥市へ行ってバスかタクシーつかまえるしかないわね。そんなにお金もってないし」
「でもでも、のどかはドクりんもってきてないんだよ?」
「だから、しのぶには白鹿モードで家まですっ飛んでもらって、モヘナにドクロ杖をもってきてもらう」
「白昼堂々、白鹿になんかなれるか!」
「人目に触れない呪符をはるって」
昇降口をでた3人は校舎の裏手にまわった。
「私とのどかは駅で待ってるからよろしく」
「お兄ちゃんのカバン預かっとくね」
「あ、悪りぃ」
しのぶがのどかへスポーツバッグを預けると、白鹿へ変化した。紀里香がブレザーの内ポケットから呪符を1枚とりだすと白鹿の背中へはりつけた。
「これでOK」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって。バレたらバレたで、いい動物園かサーカスをさがしてあげるから」
「蹴るぞ」
しのぶがそう吐き捨てると、空へ駆け上がった。
「さ、のどか。私たちは駅へ急ぐよ」
「諒解なのです!」
しのぶのスポーツバッグに自分のカバンをつめこんだのどかが敬礼した。
5
紀里香とのどかがJR坐浜駅へ着くと珍客がいた。
「……あんた、なにこんなところで油売ってんのよ?」
「これはこれは。奇遇ですね、紀里香さん、のどかさん」
「あ、シュマリだ。やっほー!」
駅前の横断歩道をゆっくりと歩いてきたのは陰陽省特別監察官・朱都理酒真里だった。
「油を売るとは?」
「となりの市で悪魔が大挙してるんでしょ? 応援要請がきてるはずよ」
「それはあなた方の仕事ですよ。私は別件です」
「別件?」
紀里香が首をかしげると、空から白鹿が下りてきた。
「お待たせしました」
ハアハアと肩で息つくしのぶの背中でドクロ杖をたずさえたモヘナが云った。
モヘナは半袖の白いブラウスに黒いレザーのベスト、白のレースで縁どられたハイウエストの黒いキュロットにショートブーツを着こんでいた。〈冥土の巫女〉の戦闘服である。
〈照見メガネ〉をかけている紀里香とのどかが朱都理酒真里から視線をはずすと、状況を察した朱都理酒真里も〈照見メガネ〉をかけた。
しのぶの背から下りたモヘナがドクロ杖をのどかへ渡すと、しのぶが人間の姿へ戻った。紀里香がしのぶにほどこした姿を消す呪符の効力も消える。




