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第一章 ドクロ杖の少女〈4〉

     3



 3人がホットココアで心と体をほっこり温めたところで、スケルグが百川(ももかわ)(すもも)に食事を運んできた。


「お待たせいたしました。タンシチューでございます。お口にあうとよろしいのですが」


 テーブルのすみで小さくなる百川(ももかわ)(すもも)の前に、牛タンのシチューと小さなサラダとパンがふたつ置かれた。


「ありがとうございます」


 申しわけなさそうに礼を云う百川(ももかわ)(すもも)の目がスケルグの手首にとまった。彼の手首に小さな緑の宝石がはめこまれた銀の腕輪が光っていた。


 百川(ももかわ)(すもも)の視線を知ってか知らずか、スケルグは笑顔でうなづいた。


「客間のご用意をしてまいりますので、ごゆっくりお召しあがりください」


「……ありがとうございます」


 (きびす)をかえすスケルグの背中に百川李(ももかわすもも)が少しふるえる声でお礼を云うと、そのままだまりこんだ。


 自分の前にだけ食事が用意されて食べづらいのかとかんちがいしたしのぶが声をかけた。


「遠慮せずに食えよ。ここのタンシチュー絶品なんだぜ」


「あごが落ちるほどおいしいんだよ!」


 のどかのセリフにしのぶがツッコミを入れた。


「あごが落ちたら食えなくなるだろうが。そう云う時は、ほっぺたが落ちるほどうまいって云うんだ」


「でもでも、ほっぺたが落ちても横からもれでちゃうじゃん。だだもれだよ、だだもれ」


「あごがあれば受け皿になるだろ。ほっぺたがなくてもなんとか食えるよ」


「だったら、あごが落ちても直接のどへ流しこめば大丈夫じゃん。この勝負五分だねっ!」


「じゃあ、ドクロ杖のドクロにあごがなくても問題ないってか? そのドクロって、ほっぺたはないけどあごはあるよな?」


「うにゅう……だったら、ドクりんのあごをはずしてたしかめてみるもん!」


 そう云って、のどかがドクロ杖へ顔を向けると、ドクロ杖のあごは剃刀の刃も通らないほどきっちりしまっていた。


「ドクりん。ふたりでお兄ちゃんをふんわっふっふと云わせてやるんだよ」


 そう云いながら、のどかが黒いドクロをペチペチとたたくが、ドクロにはなんの反応もない。


 蛇足だが、のどかの云う「ふんわっふっふ」とは「ぎゃふん」のかんちがいである。前者はかつてイソノ家の若奥様がのどへ菓子をつまらせた時の反応である。


「ほら、ドクロ杖も完全に拒否ってるじゃん。おれの勝ちな」


 意味不明の勝利宣言を告げるしのぶに、百川李(ももかわすもも)がおそるおそるつぶやいた。


「……あの腕輪、ひょっとして悪魔の……」


「ん? ああ、スケルグの腕輪に気づいたのか。安心しろ。あの腕輪を造ったのはスケルグだ。彼は悪魔じゃない。人殺しなんてしない。むしろ神さまみたいに親切な人なんだぜ。わかるだろ?」


「うん、そうかも……。あ、じゃあ、いただきます」


 百川(ももかわ)(すもも)がホッとしたようすで手をあわせると、タンシチューに口をつけた。とろけるような柔らかさのタンに上品で深みのある味わい。はじめての美味に思わず感嘆の声がもれる。


「スッゴイおいしい!」


「でしょ、でしょ?」


 目をかがやかせた百川(ももかわ)(すもも)に、のどかがやさしくうなづいた。百川(ももかわ)(すもも)の相手はのどかにまかせて、しのぶは暗い窓の外をながめながら沈思していた。


 たしかにスケルグは悪魔ではない。しかし、厳密には人間でもない。彼は魔族なのだ。


 魔族とは人間の()むこの世界とパラレルに存在する異世界の住人である。


 人間には使うことのできない魔法が使えるので、便宜(べんぎ)的に魔族とよばれているが、それはイコール〈悪〉ではない。


 魔族が魔法を使うためには、魂精(スピリット)とよばれるエナジーを源に、世界に充満している五大元素(エレメント)をその翼へとりこんで魔法へと変換する。


 魔族と云う言葉につきまとう禍々(まがまが)しさは魂精(スピリット)に起因する。魂精(スピリット)とは人間が死ぬ瞬間に放出するエナジーのことだからである。


 それは若ければ若いほど純度が高く、老衰や病死ではなく、事故や殺人などによる突然死のものが、より望ましいとされる。


 魂精(スピリット)は下級魔族の死神によって人間界から収拾され、魔界へと放出される。それを空気みたいに自然と体内へとりこんでいるそうだ。


 そんなこともあって、魔族が殺人で魂精(スピリット)を得ているように誤解されるのだが、魔族が自ら殺人をおこなって魂精(スピリット)を得ることは、人間乱獲防止のためにも禁止されている。


 魔族に云わせると、


「そのようなことをするまでもなく、人々は事故や戦争で勝手に死んでくれる」


 のだそうだ。人間の愚かさを突きつけられるようで、なんとも胸や耳の痛い話ではある。


 魔族とは本来、人間よりも高次の存在で人間の目に見えることはないし(透明人間のようなものだ)わざわざ魔界よりも下等である人間界へ堕ちてくる必要もない。


 すなわち、魔族にとって人間界への放逐は流罪なのだ。人間界へ堕ちた魔族はだれに気づかれることもなく、人のものを盗み食いなどしながら生きていかねばならない。


 魔族は魂精(スピリット)なしで生きていくことも可能だが、それは人間が電気を使わないで暮らすにも似た感覚なのだと云う。


 昔の人は電気がなくてもふつうに生活していたし、今でもその気になれば電気なしで生活することもできるはずだが、おそらく多くの人がムリだと云うにちがいない。


 人間界へ堕ちた魔族にとってさいごのプライドが魔法なのである。しかし、人間界では死神による魂精(スピリット)の供給がない。


 この世界での人の死は死神の絶対的監視下にあり、人間界へ堕ちた魔族がその魂精(スピリット)にありつけることはない。


〈死神狩り〉をして魂精(スピリット)を奪う悪魔の前例もあったが、その悪魔は〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉とよばれる王城の守護者・魔王ルシフェル直属の精鋭戦闘部隊によって抹殺されている。


 ようするに、魔族が人間界で魂精(スピリット)を得るためには、自分で手を汚すしかないのだ。


 殺人を犯して生の魂精(スピリット)を浴びた時に得られる恍惚感には麻薬のような中毒性があるらしい。もちろん魔界で魂精(スピリット)を得るよりはるかに強大な魔力を手に入れることにもなる。


 そうやって殺人狂と化した魔族のことを悪魔とよぶ。

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