第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈18〉
のどかがしのぶへ小指をさしだした。しのぶが小指をからめると、のどかが手をゆすりながら無邪気に歌った。
「指切りげんまんウソついたら針すなおを呑~ます。指切った!」
「んなもん呑めるか! 針すなおは似顔絵マンガ家だろうがっ! それを云うなら針千本!」
針千本でも呑めないから約束になるわけだが、のどかが見事にかんちがいをつづける。
「衝撃の新事実なんだよ。ハリセンボンってお魚さんだね? 唐揚げならイケるかもしれないけど、丸呑みはキツイかもかも。……唐揚げにして丸呑みならどうだろ?」
本気でハリセンボンの丸呑み方法(調理法)を思案しはじめたのどかへしのぶが云った。
「……のどか。もうドクロ杖はつかうな」
「どうして?」
「どうしてって、ドクロ杖をつかいつづけたら、おまえあと数年で死……長生きできないんだぞ!?」
しかし、のどかは意味がわからないと云ったようすで平然と切りかえす。
「あのね、お兄ちゃん。生きているものはいつか必ず死んじゃうんだよ」
「当たり前だろ」
「じゃあ、いつ死ぬとか関係ないじゃん」
「んなことないだろ!」
「あれれ? わっかんないなあ」
「それはこっちのセリフだ!」
「お兄ちゃんどうして怒ってんの? ……ん~と、たとえば、お兄ちゃんは今、元気じゃん。明日死ぬ予定もないよね?」
「当たり前だろ」
「でも、校門をでたところで、車にはねられて死んじゃうかもしれないでしょ?」
「だから?」
「長生きするとかしないとか考えても意味ないんだよ。死んじゃう時はどんなに元気でも死んじゃうし、いつどこで死んじゃうかもわからないんだから、生きてる今なにをするかってことじゃん。お兄ちゃんはサッカーがしたい。モヘナちゃんとイチャイチャしたい」
「……まあ、そうかな」
「のどかは人を殺して魔力を得ようとする悪魔を倒したい。大切な人を殺されて泣く人を見たくない。でも、のどかはお姉ちゃんみたいに式神とかつかえない。だからドクりんと一緒に〈悪魔狩り〉をする。なんの問題もなくない?」
「ドクロ杖をつかうってところが問題だ。紀里香やトマトさんが式神つかったって寿命はちぢまないだろ?」
「うん」
「だったら〈悪魔狩り〉は陰陽師にまかせて、おまえはおまえにできることをすればいいじゃないか。命を削ってまですることじゃないだろ?」
「それはお兄ちゃんが決めることじゃないんだよ。お兄ちゃん、サッカーよりバスケの方が向いてるって云われたら、サッカーやめてバスケする? サッカー向いてないからやめろって云われたらやめる?」
「それとこれとはちが……」
「同じだよ。のどかは自分がやりたいことをやってるだけ。ドクりんと一緒ならそれができるからやってるだけ。だれにも迷惑かけてないし、みんなのお役に立ってるんだから文句なんて云わせない。のどかの邪魔はだれにもさせない」
のどかが悪魔を見据えるかのような強い視線でしのぶの顔を射た。ふだんののどかからはおよびもつかない冥い気迫にしのぶも思わずたじろぐ。
「おまえの邪魔って……。なあ、どうしてそこまで〈悪魔狩り〉にこだわる?」
「のどかのせいでお父さんが悪魔に殺されちゃったから。だから、のどかはお父さんの分まで〈悪魔狩り〉をする。それがお父さんとの約束を破ったのどかにできるたったひとつの罪滅ぼしだから」
「悪魔に殺された……?」
初耳だった。しのぶはのどかたちの父親が早くに亡くなっていることは知っていたが、死の原因まではきかされていない。
のどかたちの実家は苗鹿山とよばれる霊山に鎮座する鹿骨神社と云う古刹である。昔から魑魅魍魎の退治屋をおこなってきた家系だと云う。
山そのものがひとつの巨大な結界になっているのだが、複雑な地形の巨大な結界ともなると、ほころびのひとつやふたつは存在する。
そのひとつが〈鬼門の花野〉とよばれる小さな窪地だった。
風水的に邪気がたまりやすく、陰陽師が定期的に邪気払いしなければならない所だが、植物図鑑にも掲載されていないような美しい花々が咲き乱れていた。さまざまな気に当てられて変種が生まれたのだと云われている。
紀里香とのどかは幼い時から、そこへだけは近づくなと念を押されていたのだが、美しいものにあこがれる無知な子どもの好奇心の方が勝った。
のどかは〈鬼門の花野〉で色とりどりの花を摘んでいるところを悪魔に襲われ、のどかの父はのどかをかばって悪魔に殺されたのだ。
「のどかの身体にも、その時、悪魔につけられた傷痕がのこってるんだよ」
のどかが制服の上から左肩から胸にかけて右手の人さし指を動かした。
(そう云えば……)
以前、眠りこけたのどかをモヘナが着替えさせていた時、遠目から見たのどかの白い左胸に赤い傷痕を見た気がした。
「あれあれ? ひょっとして、お兄ちゃん、今、のどかのハダカを想像したんだね? のどかの白い柔肌に浮かぶ痛々しい傷痕にコーフンしたんだね? バスト90に鼻血ブーなんだね? えっちいんだよ、お兄ちゃん!」
「バ、バカ! そんなんするかっ!」
しのぶがうろたえながら否定した。一度だけ遠目からのぞいたことのあるハダカを思いだしていたとは口が裂けても云えない。
「のどか、お兄ちゃんにだけは見せてあげてもいいんだよ。ほ~れ、チラチラッ」
のどかがいたずらっぽく笑いながら、制服のブラウスの襟をチラッとひらいてみせた。第1ボタンまできっちりしまっているので胸はおろか鎖骨さえ見えない。あくまで冗談だ。
どこまでもあかるい口調ののどかだが、しのぶはのどかや紀里香の悪魔に対する憎悪の深さをかいま見た気がした。




