第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈17〉
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中間テスト初日のおわりを告げるチャイムが鳴って、高校全体にはりつめていた空気が一気に弛緩した。答案用紙の回収がおわると、そのまま下校となる。
「お兄ちゃん、帰ろっ!」
テストの答えあわせやら明日のテストについての話題で落ちつかない教室の雰囲気に流されることなく、のどかがしのぶへ声をかけた。のどかの興味はすでにテストの結果ではなく本日の昼食へと移行している。
「おう。……そうだ、部室に忘れものしてたから、とりにいくのつきあってくんない?」
「諒解なのです」
しのぶが席を立つと、のどかが答えた。
中間テスト中も全部活動は休みである。運動部の部室棟は昇降口や校門の正反対に位置するため、人の気配はまったくなかった。
うすくひくくたれこめた雲が陽射しをさえぎり、世界をぼんやりと朱く染めあげていた。しのぶは部室棟前にある水色のプラスチック製ベンチにのどかを座らせた。
「はにゃ? お兄ちゃん、忘れものは? なに忘れたのか忘れちゃった?」
「んなわけあるか。忘れものの話はウソだ。どうしてもおまえにききたいことがあってな。モヘナや紀里香の前できくわけにもいかないから、ふたりきりになれる機会をうかがっていたんだ」
「お姉ちゃんやモヘナちゃんに内緒でききたいことって……、ひょっとして、それはのどかのスリーサイズなんだね? きゃー! のどかのスリーサイズをこっそり知りたいだなんて、えっちスケッチわんタッチうまいヌードルニュータッチ! でもでも、お兄ちゃんにならのどかのヒミツを教えてあげちゃうんだよ。のどかのスリーサイズはねえ、上から90-56-88……」
「ウソこけっ! そりゃどこのナイスバディだ!? おまえ上から下までまったいらじゃねえか!」
「はわわわ! お兄ちゃん、時として残酷な真実は人を傷つけるんだよ! 正直に云わなくていいこともあるんだよっ!」
「だからと云って、すぐバレるウソをついていい理由になるかっ! そうじゃなくて、ドクロ杖のことだよ」
「ドクりんのスリーサイズ? えっとね、上から86-62-8……」
「あんなガリガリの杖にスリーサイズなんかあるかっ! あっても興味ないし!」
「じゃあお兄ちゃんは一体だれのスリーサイズが知りたいと云うのっ?」
「スリーサイズの話なぞビタいちしとらんっ! ……〈呪宝具〉ドクロ杖のことだ」
のどかのペースに翻弄されまくるしのぶがつかれた顔でたずねた。
「ドクりんのなに?」
「おまえ〈呪宝具〉が所有者の魂を喰らって発動するって話、知ってるか?」
「知ってるよ。……え? どうしてお兄ちゃんがそんなこと知ってんの?」
のどかがあまりにもあっけらかんと答えたので、しのぶは面くらった。
「ホントなのか?」
「うん。でもこのことは内緒だから、だれにも云っちゃダメなんだよ。ドクりんを手にした人は10年くらい生きられるんだって。のどかがドクりんをもらったのが7つの時だから、17歳くらいまで生きられるってことだね」
「17って……あと1~2年じゃないか!? おまえ、それを知っててドクロ杖をつかっているのか?」
「そうだよ」
のどかがこともなげにうなづいた。
(そう云えば、ドクロ杖は朱都理酒真里からもらったって云ってたよな。あの男、年端もいかない7歳の小さな女のコにそんな残酷な選択をさせたのか)
しのぶは朱都理酒真里への怒りで目の前が暗くなる気がした。
(……でも、ちょっと待て。たしかモヘナは朱都理酒真里の左手からも〈呪宝具〉の気配を感じるって云ってたよな? だとしたら、朱都理酒真里は〈呪宝具〉を手にして日が浅いと云うことか? それともなにか〈呪宝具〉の呪いをおさえる手段でもあると云うのか?)
混乱したしのぶは、とりあえずそれについて考えるのはあとまわしにしてのどかへたずねた。
「ほのかさんや紀里香はそのことを知ってるのか?」
しのぶは、のどかの母や姉の紀里香が、のどかに過酷な運命を背負わせたのだとしたら許せないと思ったのだが、のどかはかぶりをふった。
「お母さんは知らないと思う。お姉ちゃんは頭がいいから、どっかで調べて知ってるかもしれないけど、のどかからは云ってない。……お兄ちゃん、このことはお母さんにもお姉ちゃんにもモヘナちゃんにもヒミツだからね」
「……ああ。約束する」
残酷な真実に動揺するしのぶがしぼりだすような声で云った。こんなことしのぶの口からつたえられるわけがない。




