第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈16〉
「紀里香さま。昨日はおちこちで〈悪魔狩り〉があったようでございますね」
「うん。私たちが戦ったのとほぼ同時刻に鳴鳥市や蓬莱市でも悪魔があらわれたんだって。計画的陽動よね」
蓬莱市では陰陽師がひとり負傷している。
「スケルグさあん。お客さんいらっしゃいましたよお」
5人分のケーキセット(コーヒー or 紅茶)をたずさえた当麻斗が入ってきた。
「お冷やとおしぼりおだししてえ、ご注文うけたまわっておきましたあ」
「ありがとうございます、当麻斗さま。それでは厨房へもどります。みなさまごゆっくりどうぞ」
退室するスケルグのうしろでテーブルにケーキセットを配膳しながら当麻斗がたずねた。
「スケルグさんとなに話してたのお?」
「なんかふつうの世間話です。テスト勉強大変ですか? とか」
紀里香がとぼけた。いちいち説明するのがめんどうくさかったからだ。
「ふうん、そうなんだあ」
云うなり、当麻斗のフリフリドレスからデスメタルな着信音が大音量で鳴った。
耳をつんざくエレキギターとドドバタドダとデタラメなドラム、呪文のようにぐぐもった低音のボーカルに、しのぶとのどかが飛び上がる。
(やっぱりわからんなあ、この人は)
しのぶが内心あきれていると、紀里香のスマートフォンもブーンと小さく振動した。
当麻斗がフリフリドレスのどこからかスマートフォンをとりだすと、着信をチェックした。紀里香もチェックする。
「ごめんなさいねえ。陰陽省からメールだわあ。昨晩の吸ケツ鬼の犠牲者になったミイラの人たちの身元が判明したってえ。あらあ、紀里香ちゃん、私が陰陽省へ送ったことにしてくれてたんだあ。ごめんねえ。気をつかわせちゃって」
(いえいえ。それ本当にトマトさんが送ったやつですから)
困った笑みをうかべた紀里香がメールを一読して微妙に眉をひそめた。
「追儺局の仕事ってはやいわあ。でも身元が判明したって云っても、私たちにはあんまり関係ないのよねえ」
当麻斗が紀里香へ同意を求める視線を送ったが、紀里香はそれに気づかずなにかを考えていた。
「どうしたのお、紀里香ちゃん?」
「え? ああ、なんでもないです。私のも陰陽省から同じ報告でした。それで悪魔の出現箇所と今後の聴駆追烏の配置なんですけど……」
スマートフォンをジャケットの内ポケットへしまった紀里香が坐浜市の地図をテーブルへ広げた。
紀里香と当麻斗とモヘナが今後の計画を練り、蚊帳の外のしのぶとのどかが横目で話を聞くふりをしながらケーキをほおばった。
10
明日から中間テストなので、そうのんびりもしていられない紀里香たちは、たしかめるべきことを済ませると『酔羊亭』を早々に辞去することにした。
ロールカーテンで仕切られた奥の個室からでると、店内には4組のお客さんたちがスケルグの料理に舌鼓を打っていた。
「なんか忙しそうねえ。私もお手伝いしなくっちゃ。それじゃみんなありがとうねえ」
当麻斗がおっとりした口調で告げ、パタパタと厨房へ足を向けた。
紀里香たちが当麻斗の背中に異口同音でケーキセットをおごってもらったお礼を告げると、通りに面した明るい窓際の席についていたお客さんが彼女たちに気づいて手をふった。
「紀里香さん、しのぶくん、のどかちゃん! やっぱりよくきてるんだ?」
声の主は百川李だった。
「あーっ! モモちゃんだ。モモちゃん、やっほ!」
「ごきげんよう。李さん」
狩庭姉妹が挨拶をかえし、しのぶがふたりのうしろから無言で会釈した。百川李に姿の見えないモヘナがあわててのどかのドクロ杖をつかむと、李の視界から消した。のどかもモヘナへドクロ杖をたくす。
「李ちゃん、お友だち?」
百川李と同席していた線の細い女の人がイスに腰かけたままふりかえってたずねた。
「うん、お母さん。明日から通う高校の人たち」
「あら。もう新しく通う高校にお友だちができたの?」
百川李の母が席を立つと紀里香たちへ挨拶した。
「はじめまして。李の母でございます」
李と李の母はスケルグへのお礼の挨拶もかねて『酔羊亭』へ食事をしにきていたのだ。
「はじめまして。私は李さんと同学年で狩庭紀里香と申します」
「のどかは狩庭のどかでっす。お姉ちゃんの妹なの」
「1年の鹿香しのぶです」
「この人たちイトコなんだって」
「あら。そうなの」
百川李の母がほほ笑んだ。上品だがいかにも幸の薄そうな印象を受ける力ない笑顔だった。前髪でかくれていたが、額にうっすらとあざがのこっていた。夫のDVによるものである。
百川李の母は無意識に羽織っていたカーディガンの右すそを左手で小さく引っぱっていた。おそらく右腕にも打撲傷があるのだろう。見えるわけもないのにかくそうとしてしまう。
これまでだれにも相談できず、暴力におびえながら暮らすうちに身についたクセだった。それに気づいた紀里香が同情した。
「みなさん、李のことよろしくおねがいしますね」
「やだもう、お母さんたら……」
深々と頭を下げる李の母に李が照れた。そんなふたりに紀里香が同性も見とれるほどやさしくあたたかい笑顔でこたえた。
「ご安心ください、お母さま。私たち李さんとお友だちになれて、とても嬉しいんですのよ。新しい高校でわからないことがあれば、私や愚妹愚弟がしっかりサポートしますわ」
「はいは~いっ! のどか、モモちゃんのお手伝いなんでもするよっ!」
(……どうしておれが紀里香に愚弟よばわりされなきゃならんのだ?)
のどかがすなおに手をあげ、しのぶが内心別の不服を申し立てながら、紀里香の言葉にうなづいた。
「あの……」
「なんでしょうか?」
紀里香がまじめな瞳で李の母へなにか云いかけたが、ふたりの顔を見ると小さくかぶりをふった。
「いいえ、なんでも。お食事のお邪魔をして申しわけありませんでした。それでは失礼いたします。……李さん、明日学校で会いましょう」
紀里香たちは丁寧に頭を下げると『酔羊亭』を辞した。ふたたびテーブルについた李の母が安堵の笑みをうかべて云った。
「いいお友だちができたわね、李ちゃん」
「うん。紀里香さんはおない歳なのに大人っぽくてカッコイイし、のどかちゃんは素直でカワイイし、あの男のコも借りてきたシカみたいになってたけどイイ人だよ」
「……シカ? それを云うならネコでしょう?」
「そっか。ネコだったね」
百川李が母にはわからないヒミツの冗談に、いたずらっぽくほほ笑んだ。




