第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈11〉
「魔炎爪破!」
毛むくじゃらも負けじと炎のかぎ爪を放って応戦する。
その隙に紀里香は黒いシャープペンシルから結界の式神を東西南北へ打った。背中に梵字のうかんだ巨大な金色のゲンゴロウが飛ぶ。
「結界型異相式神・緊護牢!」
一般的な結界は、周囲に立ち入り禁止のテープを貼りまわすようなものだが、緊護牢は結界内を異相次元空間へコピーペーストして、実際の空間をコーティングする。
空間にバリアをはると云うよりも、戦闘における空間のダメージを肩代わりするニセの空間を重ねあわせるようなものだ。
ひらたく云うと、緊護牢の結界内で悪魔がどれだけあばれても、現実空間からは知覚できないし、まったく影響がでない。
陰陽師が形成する結界の中でもかなり高度かつ異質で、あまり広範囲をカバーすることはできないが
(50m四方が限界)、天才陰陽師とうたわれる紀里香ならではの奥義のひとつである。
「魔炎指弾!」
毛むくじゃらの悪魔の指先から小さな5つの火球が放たれると、鈷武兵は炎につつまれた。飛び道具をもたない鈷武兵は実体のない遠距離攻撃に弱い。
しかし、充分に悪魔の気をひきつけることはできた。鈷武兵の姿が霧のように消えると、紀里香が右手のシャープペンシルで虚空に五芒星を描いて叫んだ。
「追尾型刺突式神・針翔!」
紀里香の描いた五芒星の軌跡が青白く光ると、中心の5角形から微小な針弾が滝のように撃ちだされた。
「くっ、だあな!」
避けるのがおくれた毛むくじゃらの左肩の肉がごそっとえぐりとられた。ちぎれかけた血まみれの左腕がだらりとたれ下がる。
「……人間ふぜいが思いあがるなだあな」
毛むくじゃらの悪魔の双眸が険しく光った。
7
半地下の立体駐車場へ飛びこんだモヘナは、すぐさま手近な車の影へ身をひそめた。敵も車の影にかくれていて居所がわからない。
車の下をのぞきこんで悪魔の足が見えるかどうか確認しようとしたら、駐車場のあかりが消えた。
車の出入り口とぐるりの格子がほのかに明るいものの、駐車場の中は真っ暗である。モヘナは太刀で車のドアミラーを1枚えぐりだすと、鏡面を下に向けて壁際を移動しはじめた。
モヘナの不利は飛び道具がないことと暗闇で視界が利かないことだ。敵の悪魔は魔法をつかえば、暗闇の中でも昼間のようにものを見ることができる。
それでも遮蔽物となる車が多いこと、敵が駐車場の大きな出入り口をはさんで反対側にいるであろうことが幸いだった。
敵が正面からモヘナを攻撃するためには出入り口の前を横切る必要がある。
つまり、敵がモヘナに位置を悟られずに攻撃するためには、暗闇づたいに側面および背後へまわらねばならない。
悪魔は魔法がつかえるとは云え、かならずしも戦闘のプロではない。
しかし、モヘナは王城の守護者・魔王ルシフェル直属の精鋭戦闘部隊〈冥土の巫女〉である。魔法に頼らぬ戦闘訓練もつんでいる。
モヘナは車の影からドアミラーで真横に悪魔の姿がないことを確認すると、低い姿勢で車の出入り口がある方へ向かって壁際を走りだした。
「魔矢三鬼!」
モヘナの姿を車ごしにとらえた悪魔が飛びあがり、反対側の壁際から対角線上に金属の短い矢を放った。闇にきらめく3本の矢を討断丸の2枚の楯がはじく。
モヘナは防御を楯にゆだね、矢の飛んでくる方向に意識を集中していた。
その気配と位置を察したモヘナが駐車されている車の列をかいくぐり、悪魔へ向かって突進した。
モヘナがビビって逃げまどうとたかをくくっていた悪魔のほうが、その気迫に圧倒された。
目の前にあった車の後部をもちあげて、逆だちした車をモヘナへ向かって蹴り飛ばした。
アスファルトにこすれるバンパーが火花を散らしながら、モヘナを押しつぶそうとせまりくる。
モヘナが舞いのように軽やかなステップでそれをかわすと、狼狽した悪魔は奥へあとずさりながら、もう1台車を投げつけた。
横倒しで飛んできた車をモヘナが太刀で一刀両断した。斬り裂かれた車のざんがいを2枚の楯がうしろへ押し流す。
モヘナが駆けた。格子からもれるほのかな光でしましまに照らしだされた悪魔が駐車場の奥へ逃げる。
悪魔の投げた2台の車と車のとまっていない2台分の駐車スペースでできた空間にすべりこんだモヘナが悪魔と対峙した。
「き、きさまはいったいなに者だぎゃ!?」
「無礼な問いかけですが、冥土の土産におこたえしましょう。私は〈冥土の巫女〉モヘナ・ペルセポナ・レメディオス・アキバ」
「ま、魔宗六家の〈冥土の巫女〉!? なぜにそこまで高貴な血がこのクソみたいな人間界におるんだぎゃ?」
「あなたが知る必要はありません」
「クソッタレぎゃ!」
みたび悪魔が車の後部をつかんでひきずるようにモヘナへ投げつけると、
「魔矢三鬼! 魔矢三鬼! 魔矢三鬼っ!」
即座に9本の短い金属の矢を放った。




