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第一章 ドクロ杖の少女〈3〉

     2



『酔羊亭』は海に面した地方都市である坐浜(ざはま)市のJR坐浜(ざはま)駅近く、家出少女のナンパされたネオン街より少しはなれた閑静と云うか閑散とした一画にあった。


 ところどころ黒いツタの這う古色蒼然としたレンガ造りの小さな2階建ての洋館である。(おもむ)きがあると云えないこともない。


 開店しているのかどうかも定かではない小さなレストランの樫の木でできた重い扉をジャージ姿の少年がひきあけた。


「いらっしゃいませ。……これはしのぶさま。このような時刻におめずらしい。〈狩り〉だったのでございますね。おつかれさまです」


 店の奥のカウンターからシルバーグレイの髪と口ひげをたくわえた初老の白人男性が流暢(りゅうちょう)な日本語で慇懃(いんぎん)に礼をした。


「こんばんは。スケルグ」


「のどかもいるよん!」


 しのぶとよばれたジャージ姿の少年のうしろから、ドクロ杖をたずさえたのどかがひょこっと顔をだした。


「これはのどかさま。おつかれさまでございます」


 スケルグとよばれた初老の男性が柔和(にゅうわ)な笑みをうかべて云った。


「うん。のどかは大変おつかれなんだよ」


「ホットココアをご用意いたしましょう。どうぞ中へお入りください」


「わーい、やったね!」


「ありがとう」


 ふたりのあとへつづく家出少女の腹の虫が仔犬のようにキュルキュルと鳴いた。


「おや? そちらのお方は?」


 スケルグの誰何(すいか)に、しのぶが少女へふりかえった。


「ああ、そうそう。ちょっとこいつのことで頼みがあるんだ。……そう云や、おまえ名前は?」


 さいしょのセリフをスケルグに、あとのセリフを家出少女へ向ける。


「……百川(ももかわ)(すもも)


 家出少女の(いら)えに、のどかがはずんだ声をあげた。


「へ~、モモモモちゃんって云うんだ? カワイー名前だね。モモちゃんってよんでいい?」


 百川(ももかわ)(すもも)が困ったように小さくうなづいた。スモモもモモもモモのうちだが、どうせならきちんとスモモとよばれたい。


百川(ももかわ)さま。失礼ですがご夕食はお済みでしょうか? よろしければ、なにかご用意いたしますが?」


 百川(ももかわ)(すもも)はうつむきながらもじもじと小声で云った。


「……あの、でも、私そんなにお金持ってないし……」


 実際のところ、数百円しかもっていなかった。終電もたえて久しく、インターネットカフェで夜明かしできるだけの所持金もないから、正体不明の鹿人(しのぶ)(わら)をもすがる思いで声をかけたのだ。


「ご安心ください。しのぶさまやのどかさまのご友人からお代をいただくつもりはございません」


「本当にごめんスケルグ。なんだったら紀里香に請求書をまわしてくれれば……」


「そ、そんなことしたら、のどかがお姉ちゃんに八つ裂きにされちゃうんだよっ! 市中ひきまわしの上に獄門ハリツケなんだよっ!」


 しのぶの言葉にのどかが血相を変えた。そのようすにスケルグが笑う。


「ご安心ください、のどかさま。そのようなことは決していたしませんから」


「ひあ~、あせったあ。ありがとスケルグ! ほいじゃホットココア、ホットココア!」


「かしこまりました。少々お待ちください」


「行こっ、モモちゃん」


 のどかが百川(ももかわ)(すもも)の手をとって窓際のテーブルへ向かった。


「まったく……あれでほんとにおれとおない歳かね?」


 しのぶがあきれながらスケルグのいるカウンターへ近づいた。


「モヘナさまはご一緒ではないのですね?」


 スケルグの問いにしのぶがうなづいた。


「モヘナは〈悪魔狩り〉にかかわらせたくないんだ。あれは紀里香やのどかの仕事だろ? ……正直おれもかかわりあいたくないんだけど」


「心中お察し申しあげます」


「ところであのコなんだけど」


 しのぶが目線で百川(ももかわ)(すもも)を指した。


「悪魔の獲物にされかけたのですね?」


「うん。家出してきたとか云うんだ。唐突で悪いけど、今晩ここへ泊めてやってもらえないかな? レストランのすみでかまわないから」


「それでは客間をご用意いたします」


「そこまでしてやらなくっていいって」


 スケルグはホットココアの用意をしながら云った。


「あの少女は悪いコではありませんよ。やるせなさで自暴自棄になっていたのです。しのぶさまとのどかさまは、あの少女を悪魔から救われただけではなく、人として大切な心を失いかけていたところを救われたのでございます」


「……そう云うの、わかるんだ?」


「はい」


(そう云えば、モヘナが云ってたな。スケルグはきっと深い苦しみや哀しみに耐えてきた人だから、心の強くてやさしい人なんだって)


「それじゃ頼むよ、スケルグ。本当にありがとう」


「どういたしまして。……しのぶさま。そのかわりと云ってはなんですが、私からもひとつお願いしてよろしいでしょうか?」


「なに?」


「みなさんのホットココアができあがりましたので、お席へおもちいただけないでしょうか? その間に百川(ももかわ)さまのお食事をご用意させていただきたいのですが……」


「それくらい、ふつうに云いつけてよ」


 しのぶは笑いながらホットココアと小さなクッキーとおしぼりが3つ乗ったトレイを受けとると、のどかたちの待つテーブルへ歩を進めた。

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