第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈10〉
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のどかがドクロ杖の〈滅魔絶唱〉で1匹目の悪魔を倒したのと同時刻。
いくつもの道路交通法や常識を無視して式神アシスト自転車タカオをすっ飛ばしてきた紀里香とモヘナが坐浜フォレストタウンの正面へ到着した。
13棟のマンションが黒い影となって重なりあっていた。マンションの通路やベランダは人々の営みを告げるあかりで照らしだされていたが、敷地内に人影はない。
「モヘナ。吸ケツ鬼の気配は?」
「この奥です」
左手にペンデュラムの細い金の鎖をまきつけたモヘナが答えた。
モヘナがペンデュラムをたらすと、ティアドロップ型の水晶がにぶく輝きながら、マンション群をさし示した。
「そうだ。モヘナこれを」
紀里香が制服の胸ポケットに留めていたシャープペンシルを1本引きぬき、念をこめるとシャープペンシルは夜目にも鮮やかな赤い柄糸の太刀へとかわった。
太刀の周りには鬼の顔が刻印された小さな円盤がふたつ浮いている。
「それは?」
「近接型武装式神・討断丸。ちょっとした魔法攻撃も断ち斬れる。丸腰よりマシでしょ?」
「ありがとうございます」
紀里香がモヘナに太刀を手わたすと、ふたつの小さな円盤もモヘナの周りへふわりと移動した。
「これは?」
モヘナが円盤を指さしてたずねた。
「自動防御型の楯よ」
紀里香が云うなりモヘナへ向かってシャープペンシルをつきだすと、円盤型の楯が、カチン! と音をたててシャープペンシルを防御した。
「ちょっと気が散りそうですね」
「気にしなければいいのよ」
モヘナが太刀の重さをたしかめるべく中国武術の剣技みたいにしなやかな動きで太刀をふるった。楯がその軌道をかわす。
「使えそうです」
「当然。だれの式神だと思ってんの。行くよ」
両手に2本ずつステンレス製のシャープペンシルをたばさんだ紀里香がうながすと、太刀を右肩にかけ、左手でペンデュラムをかざしながらモヘナが駆けだした。
目の前に立ちふさがるマンションのエントランスを駆けぬけると、奥に位置するマンションへつづく通路と立体駐車場があった。通路の右側へ沿うように、もう1棟マンションが建っている。
立体駐車場の1階部分は掘り下げられた半地下になっていた。車の出入り口は真裏に位置し、通路側には人の行き来できる階段が下りている。
駐車場の支柱と支柱の間はアルミ製の格子で吹きぬけになっていて、中にはLEDの照明がうっすらとともっていた。
「あのマンションよりも奥ですね」
「待ってろ吸ケツ鬼。八つ裂きにしてやる」
「……紀里香さん、目こわいです」
並走する紀里香へ冗談めいた口調でささやいたモヘナが異変を察知した。
「紀里香さん、ふせて!」
モヘナが足をとめると、立体駐車場の半地下から金属の短い矢が3本飛来した。
紀里香の前へ立ちふさがったモヘナが討断丸の太刀で弾き飛ばす。モヘナの太刀筋がすばやすぎて円盤型の楯の出番がない。
「待ち伏せか。姑息なマネを。憑喪型自爆式神・焔烙!」
紀里香が左手のシャープペンシルをふるうと、2本の芯が飛びだして付喪神へと姿をかえた。悪魔の魔法の起爆剤である魂精に反応して自動追尾し爆発する式神である。
1体は格子をすりぬけ、立体駐車場の半地下へ飛びこんでいったが、もう1体は目の前にそびえ立つマンションの屋上目がけて飛んでいった。マンションの屋上と立体駐車場の奥で小さく爆ぜた。
「もうひとりひそんでいたのですね」
マンションの屋上にあらわれた人影がまっすぐ飛びおりた。地上に着く手前で禍々(まがまが)しい翼が大きくひらいて、悪魔は音もなくアスファルトへおり立つ。
パーマががかった短髪から2本の角がのぞく小太りの男だった。上半身は毛むくじゃらの裸で、短パンにサンダルを履いていた。
「よもや吸魂精鬼の気配を感じとれる人間がいたとはおどろきだあな。我々を用心のために配置するなど小心翼々(しょうしんよくよく)と内心バカにしていたんだが、考えをあらためなければならないようだあな」
立体駐車場の半地下からふたたび金属の短い矢が放たれた。モヘナが太刀で一閃する。
「紀里香さん。私が駐車場の悪魔を倒します。あなたはあの毛むくじゃらをお願いします。この楯、信用していますよ」
モヘナが宙に浮いている円盤型の楯を指さしてほほ笑むと、低い姿勢で駐車場へ駆けだした。
駐車場の奥から3たび金属の短い矢が放たれるが、モヘナは防御を楯にあずけると躊躇なく突進し、出入り口へ飛びこんだ。
「やるわね」
紀里香が唇の端をつり上げて笑うと、毛むくじゃらの悪魔へ向かってシャープペンシルを閃かせた。
「自走型戦闘式神・鈷武兵、急々如律令!」
古代中国の甲冑を身にまとい、4本の腕に青龍刀を握りしめた小人があらわれると、毛むくじゃらの悪魔へ襲いかかった。




