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第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈9〉

「油断大敵だわい!」


 思わずツッコミを入れてしまい、隙のできた白鹿モードのしのぶに巨躯(きょく)の男悪魔が想定外の俊敏(しゅんびん)さで突進すると、その腹を思いきり蹴りあげた。


「ぐはっ!」


「おにいちゃん!?」


「あんたの相手はこの私でしょ!? 魔風裂掌!」


 女悪魔がのどかへするどい手刀をくりだした。


「ぎゃああああ!」


 叫び声をあげたのは女悪魔の方であった。のどかの大鎌が女悪魔の手首を断ち、かえり血がのどかの顔を黒く染めた。ひくく腰を落とし、うしろ手に大鎌をかまえたのどかの瞳が炯々(けいけい)とかがやいている。


「のどかの前でだれかを傷つけるなんて……ゼッタイに許さない」


「ぐふぅ……許さなければどうするって云うの!? 魔風裂……」


 女悪魔の黒い皮翼が真空の風の刃を生みだすはずだったが、その言葉を云いおわらぬうちに、女悪魔は血だるまになって地面に転がっていた。


(……のどか!?)


 蹴り飛ばされたダメージで地面へ横たわり、苦痛にうめく白鹿のしのぶが見たものは、ふだんののどかからは想像もできないほど凄惨(せいさん)な光景だった。


 のどかは女悪魔の皮翼と両足のももから下を一瞬で斬り落としていた。血みどろで地べたにはいつくばる女悪魔の背中をはだしで踏みつけると、顔に浴びたかえり血を指でぬぐってべろりとなめた。


「おイタをする悪いお手てなんて……ちょん!」


「ぎあああああああ!」


 のどかがドクロ杖の大鎌で女悪魔の左腕を肩からざくりと斬り落とした。四肢をもがれた女悪魔は口から血の泡を吹き、半ば白目をむいている。


 周囲へ無造作に転がる女悪魔の白い手足や黒い翼がつくりもののようで現実感にとぼしい。


「とどめはあとでさしてあげる。ゆっくり苦しんでてね」


 のどかは莞爾(かんじ)とほほ笑んで、巨躯(きょく)の男悪魔へむきなおった。


 白鹿のしのぶをいたぶろうともくろんでいた男悪魔が、その笑みに慄然(りつぜん)とした。


 いたいけな童女ふぜいに悪魔(魔族)が恐怖をおぼえることなどありえない……はずだった。


「……こ、ここにひかえるは(わし)らだけではないわい!」


 巨躯(きょく)の男悪魔が指を鳴らすと、どこからか3人の男があらわれて、正体である悪魔へぎちぎちと変貌(へんぼう)をはじめていた。


「……のどかっ!」


 白鹿のしのぶがなんとか身体を起こそうとしていると、彼の後方からあからさまに不機嫌さをまき散らす女性の声がひびいた。


「……うぜえチクショウ、眠みいクソッタレ。人の快眠じゃまする悪魔(ヤツ)は永遠に眠らせてやるっつーの、ボケが!」


 夜空に数えきれない朱色の割りばし鉄砲がうかびあがると、一斉に無数の弾丸がその場にいたすべての悪魔を蜂の巣にした。


 瀕死(ひんし)の女悪魔、巨躯(きょく)の男悪魔、新手の悪魔3人が塵と消えた。文字通りの秒殺である。これまでの戦闘がウソのようなあっけなさだ。


「……ドクりん、お食べ」


 のどかの手にしたドクロ杖から鎌が消えると、ドクロのあごがカタカタと鳴って赤い霧を吸いこんだ。悪魔の死体や血の痕が跡形もなく消える。


 見おぼえのある朱色の割りばし鉄砲と聞きおぼえのない野卑(やひ)な女性の口調に、白鹿のしのぶが目を白黒させていると、闇の中からゴシックロリータ調の白黒フリフリエプロンドレスが姿をあらわした。


「……とっ、トマトさん!?」


 当惑するしのぶの言葉に十一御門当麻斗(といみかどとまと)がボサボサの頭をかいた。低血圧で寝起きは機嫌の悪い人もいるが、当麻斗(とまと)はその(さい)たるものらしい。


「お~、しのぶちゃん? 白鹿姿クソカッチョイーじゃん!」


 ようやく立ちあがりかけたしのぶの角をぐいとつかんで、当麻斗(とまと)がしのぶをきちんと立たせた。


「ひでえやられ方だな。クソめんどくせえ」


 当麻斗(とまと)が大きくひらいた胸元に手を入れると、呪符を2枚とりだして、白鹿のしのぶの胸と腹にバシン! と荒っぽく貼りつけた。口の中で呪文を唱える。


「とりあえず、痛みはとりのぞいたから平気だろ? ほれ、ちんまいの。こっちゃこい」


「 え? トマトちゃんなの? え?」


 のどかを手招きする当麻斗(とまと)豹変(ひょうへん)ぶりに戸惑いながらもしたがうと、当麻斗(とまと)がのどかをしのぶの背に乗せ、自分もうしろからのどかを抱くようにしのぶの背へ飛び乗った。


「痛ったっ! ……あんまり乱暴にしないでください」


 しのぶの抗議に当麻斗(とまと)()えた。


「男がいちいちうるせえっ! 北へ向かって飛べ、しのぶ。坐浜(ざはま)フォレストタウンだ。紀里香とモヘナさまが危ない」


「紀里香とモヘナが!?」


 当麻斗(とまと)の言葉に、ふたりを乗せた白鹿のしのぶが力をこめて虚空へ駆けあがった。

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