第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈8〉
のどかをかばって悪魔の攻撃を避けようとした白鹿の胸元に熱い衝撃波が直撃した。その余波をくらってしのぶたちを追尾していた聴駆追烏が消滅した。
「ぐわっ!」
空中でしのぶの身体がつきあげられ、衝撃でのどかの手がしのぶの角からはなれた。
「ふにゃああああっ!」
のどかの小さな身体が宙に舞い、地上へ落下していく。空中を転がるように身をよじる白鹿のしのぶが、あわてて体勢を立てなおすと、落下するのどかを追った。
「のどかっ!」
「おわったな……」
即死をまぬがれえない高度から落ちていくのどかの姿に、悪魔が赤い瞳を細めてニヤリと笑った。
しかし、闇の中を落ちていく小さな黒い影が決然と叫んだ。
「……ドクりん、滅魔絶唱!」
「なにっ! まさかっ!」
ドクロの口から耳をつんざく怪鳥音とともに目もくらむような光が爆発し、悪魔が一瞬で消し飛んだ。
「はわわわ! ぶつかる! もうダメ! 1巻のおわり、2巻につづくのっ!?」
たれ耳のついたフードをまぶかにかぶり、ぎゅっと身をちぢこませたのどかが、足首のするどい痛みと引きかえに地面への激突をすれすれで避けた。
白鹿のしのぶが小さな口でのどかの足をくわえて落下をくいとめたのだ。
(……ヤレヤレ、なんとか間にあったか)
内心、安堵するしのぶとはうらはらにのどかがはげしい抗議の声をあげた。
「痛いよ痛いよ、お兄ちゃん!」
「あ、ごめん」
しのぶが思わず声にだしてあやまると、くわえていたのどかの足がしのぶの口からはなれるわけで。
のどかは地面から数cmのところで頭から落ちた。ささやかなパイルドライバーだ。
「あうあう。ひどいよお兄ちゃん! もっとやさしく下ろしてくれればよいよいのにのにっ!」
ドクロ杖をかかえたのどかが地べたに座りこんで頭を足首をさすった。
「ごめんごめん。のどかが痛いってさわぐから悪いと思って、つい……」
そう云うと白鹿が歯型のついたのどかの足首をペロペロとなめた。
鹿としての無意識の動作であり、人の姿でおなじことをすれば完全無欠の変態である。のどかも鹿のしていることなので、とくに違和感はおぼえていない。
「……なんですと? 痛みがひいていくんだよ。お兄ちゃんの新能力発見かもかもって、ぬふっ、やわらかくって生ぬるくってくすぐったい。……あふん!」
「みょうな声をだすなっ!」
のどかのあえぎ声に自分がちょっとばかしエロっぽいことをしていると気づいたしのぶが内心照れた。鹿なので、だれに気づかれると云うこともないが。
「あらあら、ちょっとどうしたの? 大丈夫?」
のどかと白鹿のところへスーツ姿の若い女性が歩みよってきた。花の時計台のベンチにいたカップルのひとりだ。
「ええ、大丈夫です。おかまいなく」
しのぶが白鹿モードであることも忘れてふつうにしゃべってしまったのだが、女はちっともおどろくそぶりをみせなかった。
「さがって、お兄ちゃん! こいつも悪魔だよっ!」
のどかがドクロ杖をかまえながら、あわてて立ち上がった。はだしなのでレンガ舗装された足元がガサつく。
「心配して見にきてあげたってのに、ひどいこと云うわね」
女がクスクス笑うと、パーマがかった髪の奥からミシミシとねじくれた角が生え、スーツの上着がビリビリさけると、背中からかぎ爪のついた2枚の黒い皮翼があらわれた。背中のあいたピンクのスポーツブラをしているので半裸と云うわけではない。
「チッ、惜しい」
白鹿のしのぶが状況もわきまえず小さく残念がった。哀しい男の性である。
「……おにいちゃんのエッチ」
「じょ、冗談だって。……ってオイ。こいつが悪魔ならもうひとりは?」
花の時計台のベンチにはだれも座っていなかった。
しのぶが女の悪魔を正面に見据えたまま、広い鹿の視界で背後までさぐると、右ななめうしろに生いしげる夾竹桃の林の奥からとがった木の槍が数本放たれた。
「魔木槍だわい!」
「くっ!」
白鹿のしのぶが首をふって大きな角で木の槍を払うと、そのままのどかの背中をかばうように四つ足を踏んばった。
夾竹桃をバキバキと踏みしだきながら2mはある巨躯の悪魔が顔をのぞかせた。
さっき倒した悪魔は陰陽師をさそいだすためのオトリだったのだ。
「こっちはなんとかくいとめる。のどかは先に女の悪魔をやれ!」
「ドクりん、断魔斬唱!」
ドクロ杖の先端についている黒いドクロの口がひらくと、赤黒い大きな刃が飛びだして大鎌になった。
大鎌のドクロ杖を体の前後で器用にふりまわしながらのどかが云った。
「キラリン! 闇を斬り裂き、光を照らす、花の乙女の心意気っ! 天に代わっておしおきいたすっ! のどかの名前は魔葬少女のど……」
ゴン! とにぶい音がして、のどかが頭をかかえてうづくまった。
のどかのふりまわしていたドクロ杖のドクロが自分の頭にあたったのだ。さしもの悪魔たちもベタすぎるオチにいろんな意味で気の毒そうな顔をしている。
「あうあう。痛いよ。ドクりんの石頭っ!」
「自業自得だろうが。こんな時にきめゼリフとかいらないっつーの!」




