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第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈7〉

 階段を下りると開いたリビングでくつろぐしのぶの母が顔をのぞかせた。


「あら、紀里香ちゃん。どうしたの、こんな時間に?」


「シャーペンの芯が切れちゃったんで、コンビニまで買いに」


 紀里香はこたえながら手の中に親指で印を描き、指先をしのぶの母へ向けて手のひらをそっと吹いた。


「あらそう。気をつけていってらっしゃい」


「ありがとうございます、おばさま」


 ほほ笑んで会釈(えしゃく)すると紀里香は玄関へむかった。


「なにをされたのですか?」


 紀里香のあとへつづくモヘナがたずねた。


「私や2階にいるはずのしのぶたちを意識しない術をかけたの。気まぐれでようすとかのぞかれたら困るし」


「心配かけたくありませんものね」


 ふふと笑うモヘナに紀里香が()ねた瞳で照れた。


 紀里香は玄関わきにとめてあった電動アシスト自転車いわゆるママチャリを押して家をでた。


「モヘナはうしろに座って。……タカオ!」


「およびでございますか?」


 紀里香の召喚にオレンジ色の水干(すいかん)を身にまとった6本腕の小さな童子があらわれた。幇間型雑用式神(ほうかんがたざつようしきがみ)・八股多寡男( やまたのたかお)である。


「自転車のアシストおねがい」


「ひや~、それはしんどいですねえ」


「イモムシ3匹で手を打ってくんない?」


「そんなこと云って、いっつもイモムシじゃなくてケムシじゃないですか。トゲトゲがあるのは食べにくいんですよ」


「きちんとケは焼いて落としてあげるから」


 タカオはクモを素体とした式神である。生物系の式神にはギブ・アンド・テイクで多少の報償が必要となる。


 座布団を運ばせるくらいなら報償は必要ないが、重労働ともなるとタダ働きとはいかない。タカオへの報償はイモムシが主である。


「……約束ですよ。ほんっと紀里香さまは式神(づか)いがあらいんですから」


 タカオが電動アシスト自転車のバッテリー部分に手をそえると姿が消えた。バッテリーカバーの色が白からオレンジにかわる。


「これぞ式神アシスト自転車タカオよっ! 最大時速119km! モヘナしっかりつかまってなさい!」


「え? はい。って……きゃっ!」


 紀里香が自転車にまたがってペダルを一踏みすると、いきなりトップスピードへ達した。


 予想外の加速に不覚をとったモヘナだったが、すぐに落ちついた。白鹿モードのしのぶの背に乗っても、これくらいのスピードはでる。


 紀里香のスマートフォンが鳴った。


「はい、紀里香です」


「スケルグでございます。当麻斗(とまと)さまはベッドに腰かけたまま熟睡されておいででした」


「悪いけど起こしてくれる? 私たちは別件で吸ケツ鬼の気配を追ってるとこ。聴駆追烏(きくおう)に追尾させてるから、状況に応じて私かのどかを加勢するよう伝えて!」


「かしこまりました」


 通話を切ると同時にブレーキをかけた。即座に急停車する。赤信号だった。


 式神アシスト自転車とは云え、信号無視は危険である(そもそも、自転車のふたり乗りおよび自転車走行中の携帯電話の使用は法律で禁止されています。自転車は正しく安全に乗りましょう)。


 紀里香の腰に手をまわすモヘナの体が紀里香の背中へ押しつけられた。その感触に思わず紀里香が小さく舌打ちした。


「……くそ。やっぱおっきいわね」


「なんの話ですか?」


「なんでもない」


 胸の話であった。


 紀里香が聴駆追烏(きくおう)でのどかたちのようすを確認しようとしたのだが、脳裏に映像がうかばなかった。


 のどかたちを監視していた聴駆追烏(きくおう)は、悪魔の手によって潰されたか〈悪魔狩り〉のとばっちりでやられてしまったらしい。


 紀里香と聴駆追烏(きくおう)は意識でつながっているが、夜の道路を高速で移動しながら電話しているだけでも危険なのに、聴駆追烏(きくおう)の映像を視るのはわき見運転と同じで、さらに危険度が増す。そのため聴駆追烏(きくおう)がやられたことに気づかなかった。


(マヌケな悪魔1匹だけなら問題はないと思うけど、森林公園がオトリだとしたら……イヤな予感がするわ)


 首筋にちりちりと焦燥(しょうそう)をおぼえながら、紀里香は青信号を合図にペダルを踏みこんだ。



   5



 紀里香とモヘナが家をでかけようとしていた時、天翔る白鹿モードのしのぶと、ドクロ杖をたずさえてその背にまたがったのどかが、森林公園の悪魔の頭上に肉薄していた。


 悪魔はしげみの影から大きな花の時計台のベンチで話しこむカップルのようすをうかがっていた。


 しのぶたちはまだ30~40mほど上空にいた。悪魔がすぐにカップルへ襲いかかれば、神使である白鹿の脚力をもってしても間へ立つのはムリだ。


「のどか! ここから悪魔を狙えるか?」


 白鹿のしのぶがふりかえらずにたずねると、のどかが左手でしのぶの角を強くにぎりしめて答えた。


「うん! お茶の子サイクロンZなんだよ!」


「このまままっすぐつっこむ!」


諒解(りょうかい)なのです!」


 のどかがドクロの喉元をもって杖を身体に固定すると、悪魔へ標準を定めた。


「いくよ、ドクりん! 滅魔……」


 突然、眼下の悪魔の顔がありえない角度でしのぶたちの方へねじまがると咆哮(ほうこう)した。


「魔電磁波砲!」


 悪魔の周囲に小さな電光が()ぜ、悪魔の口から見えないなにかが吐きだされた。


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