第三章 呪宝具『ドクロ杖』〈2〉
「派遣された陰陽師はトマトさんだけですか?」
紀里香の質問に当麻斗がうなづいた。
「周辺地域にも多数の陰陽師が派遣されましたから、人手不足なんですう。午前3時から午后10時まで、私が坐浜市の監視にあたりますから、みなさんはご学業にご専念くださいませえ」
「午后10時ですか?」
しのぶが訊きかえした。早朝からの監視はありがたいが、午后10時と云うのは少し早すぎないだろうかと思ったのだが、
「私あんまり夜ふかしできないタイプなんですう。いつもは午后8時に就寝していますの」
「はやっ!」
「やっぱ最低でも睡眠時間は8時間必要だよねっ!」
紀里香が驚いて、のどかがおかしな同意をした。
「おまえ、休みの日は12時間以上寝とるだろうが!」
「あうあう」
「私ひとりでは心細いかと存じますがあ……」
そう云いながらケーキをほおばる当麻斗へ紀里香があわてて首をふる。
「いいえっ! 伝説の〈ガトリング〉トマトさんなら一騎当千ですって」
「で、紀里香。さっきからその〈ガトリング〉トマトってなに?」
しのぶの問いに紀里香が答えた。
「陰陽師の筆頭・土御門家へ連なる名家の出にして、連射型砲撃式神・弾弑の遣い手を知んないの!? 10歳の時に13匹の悪魔を一瞬で葬り去ったと云う伝説のもち主なんだよ!」
「やだもう。13歳の時に10匹の悪魔を12秒でやっつけただけだってばあ。話に尾ひれがついてるう」
当麻斗がヒラヒラと手をふって訂正したが、
「……いや、それでも充分にスゴイっすけど」
昨夜、2匹の悪魔に大立ちまわりを演じたしのぶが感嘆した。もっとも、実際に大立ちまわりを演じたのは紀里香であり、しのぶは大空をひたすら駆けまわっていただけだが。
「ねえねえ、トマトちゃん。ダンシって呪符? 形代?」
のどかが興味深げに訊ねた。
「形代よお。こういうの」
当麻斗が胸の前でさっと腕を交差し、両手を広げると、指の間から朱塗りの割りばし鉄砲が8本、扇状に展開した。まるで手品だ。
「すっご~い、カッチョイイ! 見して貸してさわらして!」
「こらっ、のどか!」
「お子さまか、おまえは?」
のどかの言動にあきれる紀里香としのぶへ当麻斗がやわらかな笑顔で云った。
「いいのよお。はい、のどかちゃん」
当麻斗が手を下ろすと8本の割りばし鉄砲が一瞬で消えた。右手に1本だけのこった朱塗りの割りばし鉄砲をのどかへさしだそうとしたら、割りばし鉄砲が指の先からテーブルの下へ転がり落ちた。
「あらあら」
当麻斗が割りばし鉄砲を拾おうとテーブルの下へ手をのばし、そのままの勢いで額をテーブルに「ガンッ!」と打ちつけた。のどか級のドンくささである。
「あ~ん、痛った~い!」
赤くなった額を手で押さえながらイスの上で地団駄を踏む当麻斗をのどかが心配した。
「トマトちゃん、大丈夫? 痛いの痛いのとんでけなんだよ」
しのぶがテーブルの下へ体をかがめて朱塗りの割りばし鉄砲を拾うと、足をバタつかせる当麻斗のフリフリスカートがゆれて白いふとももとガーターベルトのおくがかいま見えた。その光景に動揺したしのぶがテーブルの下で頭を打った。
「痛って!」
「ちょっとなにしてんのよ、しのぶ! 紅茶がこぼれるでしょ!」
「ごめん、ごめん」
紀里香の非難にしのぶがやましさをかくしてすなおに謝った。
手にした割りばし鉄砲を当麻斗とのどかのどちらへわたすか迷うと、当麻斗が片手でのどかへうながした。
しのぶも片手でぶつけた頭をさすりながら割りばし鉄砲をのどかへわたす。割りばし鉄砲を手にしたのどかの瞳がはじめておもちゃを買ってもらった子どものようにかがやいた。
「きっれ~い! 呪術式をたくさんかさねてるんだね! うわうわ、こんなきわどい調整で木石の精霊を制御してるんだ!? がさつなお姉ちゃんにはさかだちしても使えない繊細かつ大胆な式神なんだよ」
「だれががさつよ、このスカポンタン」
紀里香が文句を云いながらパンプキンパイを口へ運ぶ。
「すっご~い、のどかちゃん。弾弑の呪術式を一目で理解するなんてえ。その制御系を編みだすのに苦心したのよお。紀里香ちゃんが天才陰陽師だって噂は聞いてたけどお、のどかちゃんもただ者じゃないのねえ」
当麻斗が胸の前で両手をあわせて嬉しげに云った。ただの朱い割りばし鉄砲にしか見えないしのぶも瞠目した。




