第二章 式神遣いの少女 〈10〉
「よけてっ!」
しのぶが右へ避けようとしたところへ紀里香が思わず左手でつかんだ角を左へふる。しのぶの首がゴキッといやな音をたてた。なんとか悪魔の攻撃を避けたしのぶがどなった。
「痛ってえ! 回避はおれがちゃんとやるから、紀里香は攻撃に専念しろっ! 左手は添えるだけっ!」
「悪かったわね! わざとじゃないんだから、どならないでよ!」
「チームワークがなっていないようだな。魔海掌連弾!」
悪魔が海水の砲弾を連発した。しのぶが大きくまわりこんでそれを避ける。
「焔烙!」
紀里香の右手が上下左右に舞い、炎のかたまりと化した9体の付喪神が悪魔の頭上へ襲いかかる。
「短絡、短絡ゥ! 魔海衝波!」
悪魔のふるった腕から空中に波がたち、焔烙を吹き飛ばす。
「かかった」
その光景に紀里香がニヤリと笑う。悪魔の足元から背後へまわりこんだ3体の付喪神(焔烙)が、悪魔の翼へ取りついて爆発した。
紀里香は9体の焔烙を悪魔の頭上に放ったあと、3本の芯(焔烙)をそっと下方へ落としておいたのだ。
悪魔は上方へ気をとられた上に自分の攻撃が死角となって、3体の焔烙を見逃した。つまり、さいしょに放たれた焔烙はおとりだったのだ。
「げひいぃ!」
翼をもがれた悪魔は大気中の五大元素をとりこむことができない。空を飛ぶこともできなくなった悪魔が海へ向かって落下する。
「とどめよ! 焔……」
「つまかれ、紀里香!」
紀里香の言葉をさえぎってしのぶが叫んだ。
「……なっ!?」
白鹿のしのぶが空中で身体を倒すように転がると、するどい水の矢が5本、しのぶたちの脇をかすめた。
かろうじてしのぶの首にすがりついた紀里香の体がしのぶの背中から落ちる。ベーグルクッションと右手にはさんでいたシャープペンシルも暗い海へとすべり落ちた。
「くっ、首がしまる……」
宙ぶらりんの状態でしのぶの首へしがみついた紀里香の全体重がしのぶの気道を圧迫する。
白鹿のしのぶが空中で仁王立ちになり、バランスをくずしかけたところに、新たな水の矢が射かけられた。
不安定なコマのようにくるくるまわりながら間一髪でそれもかわす。
紀里香がふり落とされなかったのは火事場の馬鹿力であろう。泳げない紀里香は夜の海へ投げだされまいと無我夢中である。
「新手!?」
鳴鳥市の方角から疾空する悪魔の姿が見えた。鳴鳥市も海上も紀里香の遠隔型監視式神・聴駆追烏監視圏外だ。しのぶの鹿の視野の広さが紀里香の死角をおぎなった。
「義によって助太刀するぶひ!」
でっぷり太った悪魔が5本の指を突きだすと吼えた。
「魔海指弓ぶひ!」
悪魔の指先から水の矢が放たれた。
「くっ!」
「きゃあああ!」
しのぶが頭を下げて海面へ突進した。紀里香の体を背中にはわせて乗せなおすと、体を起こして海面スレスレを走る。紀里香も両ももでしのぶの胴体をしっかりはさみこむ。
「怒髪テンツクテレツクしちゃったかんね! 絶対許さない、あのデブデビル! しのぶ、あのデブの背に海岸が見えるとこへ走って!」
「わかった」
しのぶがデブ悪魔に背を向けるかたちでどんどん沖へ走る。デブ悪魔は海に落ちた悪魔を肩へかかえ上げると不敵に笑った。
「敗走するには見当ちがいぶひ。下卑たる人畜生のあさましさぶひ」
デブ悪魔は両手のひらをあわせて輪のかたちにすると、距離をとって向きなおるひとりと1頭をロックオンした。
「魔海掌波ぶひ!」
デブ悪魔の手から高圧水流がほとばしる。ガンコな汚れを洗い落とすレベルをはるかに越えている。触れれば肉が殺がれるほどの勢いである。
「放水車か!?」
ツッコミを入れながら逃げまわるしのぶの背中で、紀里香が金色のシャープペンシルを手にして叫んだ。
「投擲型武装式神・山弑、急々如律令(いらっしゃ~い)!」
金色のシャープペンシルが紀里香の手中で三叉の矛へと変化した。
「なんだそりゃ?」
「一投必中破魔の矛よ。高度を上げて、しのぶ!」
「無茶云う!」
しのぶは紀里香が落ちないように螺旋を描きながら放水を避けて高度を上げた。デブ悪魔もゆっくり高度を上げる。余裕を見せているつもりだったのだろうが、それが命とりになった。
「お、よ、よっ!」
紀里香が妙なかけ声でタイミングをはかると、上半身を思いきり反らせて右手で三叉の矛を投げた。反動で体が白鹿のしのぶの長い首にぶつかり、あわててしがみつく。
金色の光がかがやきを増しながらデブ悪魔へと迫った。
「笑止ぶひ」
デブ悪魔が三叉の矛を放水で撃ち落とそうと試みるも、金色の光は放水を霧消させ、デブ悪魔とその肩にかつがれた背の高い悪魔を串刺しにした。
「なにぶひっ!?」
ふたりの悪魔は串刺しにされたまま遠い海岸まで突き飛ばされた。




