第二章 式神遣いの少女 〈5〉
「みんな帰るよ」
紀里香が朱都理酒真里を無視するように固い声で踵をかえす。その背中に朱都理酒真里がほがらかに云った。
「みなさん、お車でお送りします。今日はそのために運転手をおいてわざわざ自分で運転してきたんですから」
「いいえ、結構です」
すげなく断る紀里香にのどかが不満の声をあげた。
「え~っ? お姉ちゃん、せっかくだから送ってもらおうよ。のどかバス停まで歩くのヤダ。疲れたしお腹空いた」
「あんたねえ……!」
「紀里香。せっかくだからお言葉に甘えようよ。おれも今日は疲れたし、帰りのバス代浮くからいいじゃん」
しのぶがまるっと空気を読まないのどかの肩をもって、朱都理酒真里の顔を立てた。紀里香が朱都理酒真里を毛嫌いする理由は知らないが、一応、味方である。無碍にすることもあるまいと、平和主義者のしのぶは思う。
しのぶが間に立つことで紀里香の面目もたもてる。朱都理酒真里ではなく、しのぶへ譲歩したポーズをとることができるからだ。
失態をやらかしたのどかへ譲歩するほど紀里香は性格が柔軟ではない。身内に対する厳しさもある。この場をまるくおさめるためには、しのぶが道化を演じるしかほかない。意を汲んだ紀里香が不承不承うなづいた。
「まったく、ふたりとも。……しょうがない。朱都理さん、お願いするわ」
「ええ。喜んで」
みな、朱都理酒真里のあとについて雑木林をあとにすると、黒い高級外車のとまっている未舗装路へでた。助手席にドクロ杖をかかえたのどか、後部座席にしのぶ、モヘナ、紀里香の順で座る。
車が走りだすと、のどかが歓声をあげた。
「ドライブ、ゴーゴゴー!」
「アホか」
しのぶのツッコミにハンドルを握る朱都理酒真里も苦笑した。紀里香はむっつりとだまりこんだまま、窓の外をながめている。
「ねえねえ、シュマリ。このメーター300とか書いてあるんだよ。やっぱりドライバーは車の性能を最大限ひきださなきゃなんだよ。300km/hいってみよっ!」
「ムリですって。警察に捕まりますよ」
「え~、じゃあ、なぜなぜ300km/hでるようになってるの?」
「外国には制限速度のない道路もあるんですよ。ドイツのアウトバーンでは……」
のどかがのべつまくなししゃべりまくり、朱都理酒真里はそれにいちいち受け答えしていた。
車内が険悪な雰囲気になったら自分から話題をふらなければと内心かまえていたしのぶがホッとした。こう云う時、のどかの天真爛漫さはありがたい。
「モヘナもこう云うドライブはじめてだよね?」
「そうですね。バスや電車以外の乗り物ははじめてです。バスや電車もおもしろいですが、これはこれで快適ですね」
そう答えながらも、モヘナはなにか考えごとをしているようすだった。吸ケツ鬼の謎について考えているのだろうと思ったしのぶは、それ以上モヘナに話しかけなかった。
目をつぶったしのぶは、のどかのアホな会話を子守唄にいつの間にか眠ってしまった。
4
しのぶが目を覚ますと(と云っても10数分だ)車はもう家のすぐ近くまできていた。妙にしずかだと思ったら、のどかも助手席ですやすやと寝息をたてていた。ドライブでテンションがあがって疲れたのだろう。
ハンドルを握る朱都理酒真里はカーナビを見るわけでもなく、だれに道を訊ねるでもなく、勝手知ったる道のように細い路地を曲がる。
(やっぱり、底が知れないな、この人は)
紀里香が彼に信頼をおいていれば頼もしい味方だが、そうでないところに一抹の不安がよぎる。
「しのぶさん、お目覚めになられましたか。もうすぐ着きますよ」
バックミラーごしにしのぶを見て、朱都理酒真里がほほ笑んだ。
「よく道がわかりますね」
「上空からキクオウでトレースしているんです」
遠隔型監視式神・聴駆追烏が、カーナビのかわりをしているらしい。
「この道をのぼったところですね」
さいごの角を曲がった朱都理酒真里が云った。しのぶの家はなだらかな坂の途中にある。
「あ、そうそう。紀里香さん」
「?」
「万が一、新しいミイラがでて、ドクロ杖で処分しない場合は、これで陰陽局へ送ってください」
朱都理酒真里が後部座席へ向けてあげた右手に手のひらサイズの小さな黒猫がとまっていた。
ステンドグラスのように美しく色鮮やかな蝶の羽をもち、体の側面に郵便番号や番地と思しき数字が記されている。飛行型運搬式神・吠蝶である。
「所轄の警察署じゃないの?」
紀里香が手をのばすと、吠蝶がその手へ飛び移るように姿を消した。
「2度手間です。DNAサンプルのない行方不明者は、どの道こちらへ送られてきますし〈百眼〉椎名季武さまにかかれば、ミイラの個人情報は一瞬であきらかとなります」
「〈百眼〉?」
「追儺局〈退儺六部衆〉超級感知退儺師です」
「追儺局って……鬼道ね」




