第二章 式神遣いの少女 〈4〉
「たとえば、美男美女を契約で奴隷にして、より多くの人をたぶらかして魂精を得るために殺害するってことなんだよ」
のどかの言葉にモヘナも首肯する。
「悪魔が魔法の痕跡をのこさずにどうやって殺害し、逃げおおせたかはわかりません。しかし、少なくとも、空間を偽装する魔法をつかっていないことがわかっただけでも僥倖です。……しのクン、ちょっと」
モヘナによばれてしのぶが近づくと、モヘナが制服の内ポケットから金色の細い鎖のついたティアドロップ型の水晶をとりだした。先端が鋭角にカットされているダウジング用のペンデュラムである。
モヘナがしのぶの手をとると、金色の鎖をからめたもう一方の手で水晶を包みこむようにミイラへかざした。水晶が一瞬だけモヘナの手の中でが蒼く光る。
「魔法の残滓をペンデュラムへ記録しました。次に同等の魔法がつかわれれば、このペンデュラムで感知できると思います」
「すっごーい、モヘナちゃん! ドクりんもそれやってみる! ほらドクりん、この魔法のニオイをおぼえるんだよ!」
ドクロ杖をミイラの上へかざしてのどかが云った。
「警察犬じゃあるまいし、んなことできるのか?」
あきれるしのぶを尻目にドクロ杖の目が赤い燐光を放つ。あごがカタカタと鳴りだしたかと思ったら、ミイラがドクロの口へ吸いこまれて消えた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……てへっ。ドクりん、ミイラ食べちゃった」
一瞬、間があって紀里香が吼えた。
「アホかあんたは! なにやってんの!? 身元確認もしてないミイラをあとかたもなく消しちゃだめでしょ!?」
「ひあああ! すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ!」
「こら、このアホドクロ! 今吐けすぐ吐けっ! かえせ、もどせっ!」
紀里香がのどかの手の上からドクロ杖をつかんで乱暴にゆする。
「お、お姉ちゃんイライラしちゃいけないんだよ! イライラするのはカルシウム不足のせいなんだよ! 煮干しを牛乳で流しこむんだよっ!」
「んなことしたら、のどにひっかかるわ、このスカポンタン! イラつく原因がカルシウム不足って説は学会で否定されとるわい!」
「さっすがお姉ちゃん、ものしりだねっ! ……アフリカじゃ熱がでたら頭にキャベツの葉っぱ乗せるの知ってる?」
のどかがあごの下に人さし指をあてて、かわいらしく小首をかしげてみせた。
「……そんな意味不明のトリビアで話をそらせると思うかっ! この愚妹獅子舞てんてこ舞いっ!」
「ひあああっ! もはやなにをどう罵られているのかよくわらないけど、すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ!」
朱都理酒真里がふたりの間へ割って入ると、おだやかな声で云った。
「まあまあ紀里香さんもそのへんで。私も不注意でした。あんまりのどかさんを責めないでください」
「……す、すいません。ほら、あんたも謝る」
我にかえった紀里香が、朱都理酒真里へ謝りながら、のどかの頭をわしづかみして強引に頭を下げさせた。
「ドクロ杖がミイラごと魔法の残滓を吸ったと云うことは、それを記憶したと云うことかもしれません。だとしたら、むしろ有益です」
「……?」
「ミイラの身元が判明したところで、遺族へおかえしすることも、亡くなったことを伝えることもできません。唯一のメリットはこちらで死亡を確認しておけば、遺族から捜索願いが出された時、捜査する手間がはぶけることだけです」
紀里香が朱都理酒真里を無言でにらみつけた。彼の云うことは正論だろう。しかし、死者への尊厳が感じられないところが、紀里香の癇にさわる。
「もっとも、警察は行方不明者の捜索なんて、若い娘か子どもでなければやりませんけど。彼らは事件をなかったことにしたがる組織ですから」
朱都理酒真里は大仰に肩をすくめてみせた。
「次からはミイラの発見場所だけ報告していただければ、ミイラはドクロ杖で処分してかまいません。警察の連中には、せいぜい血税分の仕事をしてもらいましょう」
「……次なんてあるわけないでしょ。そんなの私がさせない」
怒りを押し殺した声で云う紀里香に頓着したようすも見せず、朱都理酒真里が飄々(ひょうひょう)と告げた。
「そうですね。ですが、鳴鳥市では事件発覚後に3人の陰陽師を派遣したにもかかわらず、出しぬかれていることをお忘れなく」
ある程度、次の行動予測ができていたにもかかわらず、である。
坐浜市の西部ではなく北東部にあらわれたと云うことは、吸ケツ鬼が陰陽師の動きに勘づいた可能性も低くない。すでにとなりの市へ移動している可能性もある。とどのつまり、吸ケツ鬼の探索は容易ではない。




