第二章 式神遣いの少女 〈3〉
それからおよそ15分後。紀里香たちはバスを降りると、地元民のしのぶもきたことのないような雑木林をわけ入り、ミイラのある目的地へ着いた。
「お待ちしていました紀里香さん。現場写真はおさめておきましたよ。最近のカメラはGPS内蔵で撮影場所がデータへのこるから楽でいい」
紀里香の視た先客がデジタル一眼カメラを片手に礼をした。
黒いスーツとネクタイに赤黒いシャツ。手の甲に五芒星の赤い刺繍が入った黒い革の手袋。オールバックになでつけた髪。ワシのような鼻に黒ブチのメガネをひっかけている。20代後半から40代と何歳にでも見えそうな男だった。
「あ、シュマリだ! 久しぶり、元気してたっ?」
露骨な警戒心をしめす紀里香とは裏腹に、のどかが明るい声でドクロ杖をふりながら挨拶した。
「お久しぶりです。のどかさんもお元気そうでなにより」
「うん。のどかはお元気なんだよ!」
「のどかとも知りあいなんだ?」
しのぶの問いにのどかが笑顔で首肯した。
「当然。シュマリがのどかにドクりんをくれたんだから」
「で、この人は?」
しのぶが紀里香へ小声で誰何すると、男がしのぶへ向きなおって答えた。
「はじめまして白鹿どの。私は陰陽省特別監察官・朱都理酒真里と申します。以後お見知りおきを」
「……どうも。鹿香しのぶです」
しのぶもかるく頭を下げた。おそらく、しのぶのフルネームを正確にこたえることもできたはずだが、白鹿どのとよぶことで「なにもかも知っている」ことを言外にアピールしたのだ。
(スケルグは慇懃だけど、こいつは慇懃無礼って感じだな)
紀里香の警戒心が伝播したのか、しのぶもなんとなく朱都理酒真里と云う男に一抹のうさんくささをおぼえていた。
朱都理酒真里は視線をしのぶのななめうしろへ移すと、ふかぶかと腰を曲げて礼をした。
「そちらは〈冥土の巫女〉魔宗六家アキバ家のご令嬢でございますね。うるわしきご尊顔を拝したてまつり、恐悦至極に存じます」
男のかけているメガネは〈照見メガネ〉であるらしい。モヘナは軽く目礼をかえした。
「……モヘナ・ペルセポナ・レメディオス・アキバです」
完全に上からモヘナ、ひらたく云うと高飛車である。朱都理酒真里が気を悪くしたかと思いきや、むしろ嬉しげですらある。
一応、知識として魔宗六家や〈冥土の巫女〉について知っているしのぶも、
(ひょっとして、モヘナってとんでもなく高貴の出で、おれみたいなのが気安く話しかけちゃいけなかったのかな?)
と内心ビビる。
「それで朱都理さん。事前に連絡もなく、わざわざこんなところへなんの用?」
紀里香が単刀直入に訊ねた。
「もちろんミイラの回収ですよ。ついでにウワサの白鹿どのとモヘナさまにもお会いしておきたかったので」
朱都理酒真里はデジタル一眼カメラのストラップを肩にかけ、スーツのポケットから密閉式のビニール袋をとりだした。
「おめあてはモヘナとしのぶか。……ミイラ回収の前にちょっとまわりを調べさせてもらえる?」
「どうぞ、ごゆっくり」
朱都理酒真里は小さくうなづくと、そこが自分の庭でもあるかのように大きく手をひろげて数歩下がった。紀里香とモヘナが草の中に落ちているミイラへ近づいてしゃがみこむ。
「どう、モヘナ。なにかわかる?」
「ええ。この方はここで殺害されたようです。別の場所で殺害してここへミイラを遺棄したわけではありません」
五大元素濃度が周囲と変わらず、魔法の残滓はミイラの内側からしか感じないと云う。移動した形跡がまるでない。
「それじゃ被害者をどうやってここまでつれてきたんだろう?」
「そうですね……、契約した人間をおとりにしたのかも」
「契約?」
ふたりのうしろで話を聞いていたしのぶのつぶやきに朱都理酒真里が答えた。
「悪魔が甘言を弄し、人の望みとひきかえに、人の体内へ魔法呪を埋めこみ、生きたまま奴隷にするものです」
魔法呪は人の精神的プロテクトがかかった状況では機能しないらしい。
「……ようするに、消費税増税はしませんって公約しておいて、政権とったらちゃっちゃと消費税増税しちゃった、かつての民主党野田政権みたいなものね」
(……政治家って悪魔以下かよ)
紀里香の辛辣な比喩に、しのぶが苦笑した。




