第二章 式神遣いの少女 〈2〉
2
「まんまとやられたわ」
紀里香がいらだちを隠そうともせずに云った。
1限目の休み時間である。2年生である紀里香の教室へしのぶたちが向かうと、紀里香は階段を上ったところで待っていた。そのまま屋上の踊り場まで移動する。人気の多いところで聞かれたい話ではない。
「今朝、定点監視とは別に市内を巡回させていたキクちゃんが微弱な魔法の残滓を感知してね、そこで新たな犠牲者のミイラを発見したってわけ」
キクちゃんとは遠隔型監視式神・聴駆追烏のことだ。
「場所は?」
「市北東部の雑木林の中。西からあらわれるとふんでたのに、完全に裏をかかれた」
昨夜、しのぶたちが〈狩り〉をしていたのは、どちらかと云えば市の北西へ位置する森林公園である。
「こっちの警戒がバレてたってこと?」
「わからないけど、その可能性は考慮しておくべきよね」
「時間は?」
「ミイラを精査してみないとしぼりこめないけど、午后11時半から午前7時の間ってとこ」
「おれたちが〈狩り〉をしていたのが午前1時くらいだっけ?」
「でもでも、ドクりんはその前に別の悪魔を感知していないんだよ」
「『酔羊亭』にいた時も、ドクロ杖の目は光ってなかったから、おれたちが眠った午前2時半以降ってことかな?」
「キクちゃんが悪魔を感知すれば、寝ていても気づくようになってる。愚妹と一緒にしないでくれる?」
「なんですと!?」
「……犯行時刻はミイラを精査して出た結果を元に考えるべきです。それよりも犯行場所の調査が先決だと思います。なにか手がかりがつかめるかもしれません」
脱線しかけた会話を元へもどすべく、モヘナが提案した。しかし、紀里香・のどか姉妹は〈照見メガネ〉をかけていないので、モヘナの声は聞こえていない。しのぶがモヘナの提案をふたりへ伝えた。
「そうね。どのみち、放課後ミイラの回収に向かわなきゃなんないから」
「え? ミイラってまだそのままなの?」
しのぶの問いに紀里香が肩をすくめた。
「だってしょうがないでしょ? 今朝そんな時間なかったし」
「女のコの朝の支度は大変なんだよ。お兄ちゃんは女のコのことなにもわかってないんだから」
ちっちっと人さし指をふりながら得意げに語るのどかへ紀里香が吼えた。
「あんたがしぶとく起きなかったからでしょうがっ!」
「ひあああ! すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ!」
頭をかかえてしゃがみこむのどかを無視して、紀里香がつづけた。
「ちゃんとキクちゃんで監視してるし、コブちゃんを2体配置して結界をはってあるから、だれにも手だしはさせないって」
「コブちゃん?」
「自走型戦闘式神・鈷武兵。いわゆる護法童子」
護法童子などと云われても、仏教や陰陽師の知識がまるっとないしのぶにはピンとこない。
「ようするに強いんだ?」
「そゆこと。ところで、しのぶ。今日の放課後、部活休める?」
「ああ。て云うか中間テスト1週間前だろ? 今日の放課後から部活は休みなんだ」
「なんですと!? ちゅ、中間テスト!? のどかそんなこと聞いてないんだよ!」
「教室のうしろの掲示板に日程表貼ってあるだろ?」
「きっとそれはなにかの暗号なんだね?」
「んなわけあるか」
「……せ、晴天の赤壁かもかも」
全力でしょげるのどかの言葉を紀里香が冷静に正した。
「それを云うなら青天の霹靂。『三国志演義』じゃあるまいし晴天の赤壁って、どんだけ観光日和よ」
「なんの話ですか?」
モヘナが首をかしげた。魔族である彼女は人間界の歴史を知らない。
「とにかく。街全体も複数のキクちゃんで監視してるし、なにかあったら知らせるから。それじゃ放課後ね」
「わかった」
「りょ~かいなのです」
殺人事件よりも中間テストの出題範囲が気になるのどかであった。
3
放課後である。紀里香、のどか、しのぶ、モヘナの4人はJR坐浜駅前から路線バスに乗って市の北東へ向かった。
「こっちって父さんたちの職場に近いんだよな」
しのぶのつぶやきに紀里香がうなづいた。
「県立坐浜歴史民俗博物館ね。まだ行ったことないのよ。この件が片づいて中間テストおわったら連れてって」
しのぶの両親は博物館学芸員だ。父親は日本の祭祀専門で、母親は海外少数民族文化の専門である。
父親は国内をたびたび、母親は海外へ年に1~2回フィールドワークへでかけるが、今はたいした残業もなくほぼ定時に帰宅する。
「お姉ちゃん、どこまでいくの?」
「終点のふたつ手前かな? そこから少し歩いた雑木林の中」
「地図とかなくてわかるの?」
しのぶが訊ねた。
「キクちゃんと意識でつながってるから」
「目的地周辺でお仕事放棄しちゃうんだよ」
「私ゃカーナビか!? ……ちょっと待って。なにあの黒い車?」
「黒い車?」
ドクロ杖をたずさえ無賃乗車しているモヘナ(人間には姿が見えない)が窓の外を見わたすが、バスのまわりには黒い車など1台もない。〈照見メガネ〉をかけている紀里香がこたえた。
「こっちじゃない。キクちゃんからの中継。ミイラのあるところへ不審車が近づいてる」
「気のせいじゃない?」
「人気のない未舗装路へ磨きあげたゴツい外車で乗りつける酔狂なんてそうそういないって」
「敵?」
「どうかな? あ、停車した」
紀里香がななめ上に視線をさまよわせる。紀里香の脳裏に、ふつうの人には見えないはずの遠隔型監視式神・聴駆追烏へ笑いかける男の姿が映った。
「あ、あいつ、なんであんなところへ? ……コブちゃんたちはひいていいわ」
紀里香が現場へ配置した自走型戦闘式神・鈷武兵に告げた。
「知りあい?」
「まあね。とりあえず敵じゃない。……でもなんかイヤな感じ」
虚空を見つめる紀里香の表情に険があった。敵ではないと云うのに、どうしてそんな表情をうかべているのか、しのぶにはわからなかった。




