第一章乃 なな
美しい紫が、真っ黒な闇に染まっていくように思えた。
あの楠の上から見た夕空が、前途の闇に塗り潰されていく
そんな感覚。
でも、それは間違いで
闇は鮮烈な黒でありながら、深く玄妙な藍色で。
やがてホワイトをぶちまけたような星が瞬き始めた時も、
白一色ではなく、様々な色の光を放った。
闇が和やかに薄まってくると、様々に表情を変える
月が静かに微笑みかけた。
月と星たちは、まるで音の無いコンサートのように
絶妙のリズムで、私を魅了した。
そのうち、藍色が白に取って代わられる頃
巨大な生命の息吹のようなモノを感じた。
朝日が昇り、また空は装いを変える。
名も知らぬ公園の滑り台の下からでも、
見上げた空は、やっぱり綺麗だった。
生家の話をしよう。
土地は広大だったが、生活の為の母屋もまた広大だった。
母屋は現代風の2階建て家で、360坪あったそうだ。
私は2階の東南の角部屋をいただいていた。
そこで中学2年まで(正確にはもう少し短いが)過ごした。
空を眺めるのが好きな自分は、東と南にある窓を
ほぼいつでも開け放っていた。
冬の寒い夜も、開けたまま空を見て、風に打たれながら
寝るのが好きだった。
隣は4歳離れた弟の部屋で、西側の奥には
2階でもっとも大きく、いくつかの小部屋も付いた
2歳上の兄の部屋だった。
旧家の本家の跡継ぎである兄は、周囲の大人にさえ
我侭を言える立場ではあったが、同時に幼少から
家庭教師が付き、習い事があり、
私から見ても凡才であった彼は、窮屈な幼少期を
おくったようだ。
その兄に、私はかなり苛められた。
基本的に2子で、行動に自由があった私が
野山を駆けるのが気に入らず、
時々、習い事の中に興味のあることがあれば
参加して、そこそこできてしまうことを
疎ましく思われたようだ。
自室でよく泣いていた私ではあったが、
泣いていると必ず訪れるモノがいた。
真っ白で赤い目の細身の猫、
私は彼女を「ゆき」と呼んでいた。
ゆきは泣いていると必ず、東の窓から入ってきて
慰めてくれた。
時々深く嘆いている時は、鳥をプレゼントしてくれたり…
私はそれを無碍にする気も無く、母に鳥の捌き方を教わり
きちんと料理して、ゆきの前で食べた。
鳩や雉は調理すれば美味しかった。