第一章乃 じゅういち
自宅を含む、この土地に高速道路と道の駅が
できることになり、
政治家、土建屋、地上げ屋、やくざが
続々と流入してきた。
この年の私の誕生月、父が代表をしていた
区画整理組合が破綻し、
同時に起業していた不動産屋が倒産した。
それだけなら、私にとっては遺産が
無くなった程度の認識だったが、
父は、二束三文で土地を取られる周辺住民に対し、
身銭を切って便宜を図った。
当時はなんて、お人好しで馬鹿な事をと思ったが
今は、誇りを持って、父を称えることができる。
ともあれ、父が破産申告をしたときに
残っていた借金が122億、不動産を含む資産を
すべて処分して返済した額が120億。
残りたったの2億が返せず、私たちは一家離散した。
父は行方を眩ませ、兄と弟はそれぞれ別の分家に匿われた。
破産した者は、それ以前の借金を問われないが、
やくざモノにそんな理屈は通じなかった。
いなくなった父の行方を唯一知る手掛かりとして、
母は分家のどこに逃げてもやくざモノに追われた。
ついに逃げ場が無くなった時、私名義であった為
銀行さえ見過ごした、私の仕事場に身を寄せた。
だがすぐにやくざモノは、仕事場の周辺に姿を見せ始めた。
私はこの本来、豪放磊落な母が好き。
やくざモノが仕事場周辺に現れた時、
私には2つの選択肢があった。
1つは、母を送り出し、自分は知らん顔すること。
1つは、母を連れて、行方を眩ますこと。
私は、幼馴染の彼に相談し、2人で管理してた
同人誌売上げを全て現金化し、母を連れて
夜逃げをした。
母を見捨てるような事ができるわけがなかった。
最初は、ビジネスホテルや民宿を転々としたが、
やくざモノはどう嗅ぎつけるのか、すぐに追ってきた。
やがて漫画喫茶さえ追われるようになる頃、
私たちは、ついに公園のベンチや遊具の下に
避難するようになった。
季節が夏になっていたこと、この事あるを予期して
最初から南に向けて逃げていたこと、
そのおかげで凍死だけはしなかった。
だが、私は前途を思い、真っ暗闇の中にいた。
それは私の中の真実の紫を覆い隠し、
真っ暗な夜空を連想させたが、
公園の滑り台の下から見上げた夜空は、
濃い藍色で美しかった。
私は唐突に海外に逃げようと思った。
暖かい所なら、外でも生きていけるし と。
その時、ふと心が軽くなったような気がした。
しかしまた、事態は急変する。
気付いた時には、やくざモノに公園を囲まれていた。
逃げるのは無理だろう、この後捕まって、
死んだ方がましという目に逢うくらいなら、
死んでもいいから抵抗しようと思い定め、
身構えた時・・・
やくざモノのリーダーとおぼしきモノが進み出た。
「もういい、終わった」と言った。
意味が解らなかった。
父が見つかり、そして死にかけていると。
滅多にない病気で、隔離病棟にいるため、
働かせることも、内臓を売ることもできない。
そして借金主が死亡すると、それ以上親族は追わない
と言うのだ。
半信半疑だった、
だが、リーダーは私の手に病院のメモを押し付け
去った。
メモの通りの場所に、父はいた。
人工心肺を取り付けられた蝋人形のように見えた。
真っ白で細い体、だが行方をくらます前に見た、
どす黒いオーラが、憎悪や憤怒や諦観といったものが
無くなっていて、
まるで聖人の様な穏やかな姿だった。
担当医が「死に目に会えて、良かったですね」と涙ぐみ、
人工心肺を外し、その日の内に死亡診断書を書いてくれた。
私たちの逃避行は、終わりを告げた。




