第一章乃 じゅう
その年、世界は私に優しくなかった。
冬コミを無事に終えて、冬休みを作家Kの下に居座った。
作家Kは順調に売れ始め、次々来る漫画の依頼を全て請け、
元来の仕事であったメカデザインも請け、
明らかにオーバーワークの状態にいた。
顔色もどんどん悪くなり、一日、なんとか
編集Oと2人で説得し、マンションの仕事部屋から
同じマンションの生活部屋に移すことに成功した。
彼が泥の様に眠ったの見て、私たちは部屋を後にした。
翌早朝、恐ろしく悪い予感に目が覚めた。
自分の巫女属性から、これはただ事ではないと
編集Oに連絡を入れて、すぐに作家Kの部屋に向かった。
先に着いた私が、何度呼び鈴を押しても出て来ない
数分後到着した編集Oが、合鍵で玄関を開けたとき
その先の廊下には、血溜りが…
その上にうつ伏せに倒れる作家Kがいた。
足元が砕けるような感覚がした。
ずぶずぶのスポンジを踏むような廊下を渡り、
私は作家Kの息と脈を確認した。
弱弱しいが、まだ息があったので、
編集Oに救急車を呼ぶ様に指示し、
私は作家Kの背中を摩っていた。
作家Kは、救急車の中で息を引き取った。
次に気づいたのは、病室の廊下のベンチで
隣の編集Oが私の肩を抱いていた。
ぼそぼそと何かを話している…
やがて、その中の一文が私の頭に染み込んできた。
「あいつは、お前に色々な事を残した。
お前も誰かに何かを残せる人間になれ」
私の中の何かが繋がって、
その日初めて、私の目は涙を零した。
学校があるので、精々週末に2泊する程度だった。
作家Kは、仕事に手を出されることを嫌い
アシスタントを1人も入れていなかった。
私もメシスタント位しかやらせてもらえなかったが、
それでも時々、仕事の様子を見せてもらえたり
自分が色塗りをする時に気をつけることなどを
教えてくれたりした。
しかし、必ず後にこう続いた
「自分のは自己流だから、君はきちんとした先生の下
正しい知識を学んだほうが良い」と。
確かに、色々な絵を見るのは好きだが
いわゆる巨匠の絵に感銘は受けなかった。
私は、作家Kの絵が好き。
それだけで十分だった。
そうして、それでも作家Kの下で
私の絵の腕は向上し、編集Oの伝で商業誌にも
1本漫画を載せてもらった。
これが意外にも好評を博し、連載も視野に入れた
学生の内から本気で漫画描きになるか、
その進路を考える必要に駆られた。
だが、その矢先に作家Kの急逝があり、
編集Oと相談のうえ、私たちは少し間を置こうと
結論した。
私は、しばらく作家Kのことを悼み、過ごそうと思ったが
次の波濤は、すぐそこまで来ていた。




