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第七話 無為と不快

 ぽつぽつ、と――歩みを進める。

 一歩一歩、陽向は歩みを進めてゆく。

 淡々、と――戦場へ向かう。

 円形の戦場。観衆の劇場。漫然の死地。

 それは、何処までも限りない欲望の上に成り立っていて――佇む度に、人間の業の深さをその身と心に刻み込む。

 進む足並みは、栄光への凱旋か――それとも、奈落への畦道か。

 この広くとも薄暗い一本道の中に、己以外には案内人だけ。

 さてはて、そんな彼は忘却の川で渡し守をするが如し、水先案内人であろうか。

 そうして、そんな心の内を外的世界に反映するかのように――(あたか)陰影(いんえい)に誘う鬼火のように、陽向の頭上両脇には、数多の灯りが立ち並ぶ。

 ――そう。

 これより行われるのは、命の遣り取り――鎬の削り合い。

 時には大きな怪我を負い、また時には生命の危機に瀕する度し難いまでの催し。

 次第に迫り来る――否。自身が近付いて行った先に存在する、巨大な門扉が開かれた先は――光で満ち溢れているのだ。

 それは、軟らかな光。

 これは、白濁した光。

 あれは、愚者を断罪する審判の光も――さもあらん。

 これから始まる遊戯(・・)を嘲笑うかの如く、陽向を天上より照らし付けるのだ。

 ――そして、お決まりのパフォーマンスの開始である。


『ヤァ! ヤァ! ヤァ! 本日も大変御日柄も良く――少年老い易く学成り難しッ! オラァ、まだ寝るには早すぎるぜ!? 今宵も天上で微笑むお月様(めがみさま)は、果たして誰に微笑むのか!? 徐々に夜も更けて参りましたので、本日もどうぞ遠慮無く超絶躍動感最高リアルド迫力の爆音で引き続き闘士たちのもがく様をお楽しみくださいませ――ませませ増せ増せ加速するぜェェエエエエエエエ! なぁんたって何たって! 次の試合は皆サマお待ちかね――コイツの出番だからだァ! 奇しくも、先週と同じ時間! これは運命を感じちゃうだろォ!?』


 毎度毎度異様にテンションの高い司会実況に、陽向は未だに慣れずとも――そんな感傷を置き去りにして、場の流れは戦場を飛び交う矢の如く止まりはしない。

 されど、行うことなど――いつも通りである。

 陽向にとってのこの場所は、自身の生命を存続するために立ち塞がる障害(・・)に他ならない。

 闘士の、人間同士が血を流し合う様を見て熱狂し、愉悦を感じるような連中の自慰行為に付き合ってやるほど、陽向は寛容でないということくらい自負している。

 しかしながら、やらねばなるまい――この不毛な地の獄を抜け出すには、嫌が応にも見世物と成ることを強いられ続けるのだから。

 陽向は改めて、自身の視線の先に佇む青年――フォスターへと、神経を集約する。

 顔は、陽向へと向いている。視線も己へと向かっている。意識も当然、此方から外されることは無い。それでも――遠目に見えるフォスターの顔には、単色(・・)が存在していなかった。

 義憤、懐疑、恐怖、憐憫、畏怖、逃避、、忌避、嫌悪――あらゆる負の感情が、フォスターの表層に綯交ぜになって浮かび上がっていた。それはまるで、人が持つ感情と言う名の色彩を――真っ白なパレットの上でぐちゃぐちゃに掻き回したかのように。

 汚濁し、鮮やかさを失い、捨てられる寸前のようなそれは――図らずとも、このどうしようもない地の上においては、それなりに栄えているようであった。

 己を見世物とするのであれば、あぁ――踊ってやろうとも、此処は舞台でダンスホールだ。頭上では星辰(せいしん)のシャンデリアが揺れ、天満月(あまみつづき)――には些か足りないものの、十二分にそれは神秘的なミラーボールの役割を果たしている。

 されど、今この場この時間に限っては――この場に立つ資格のある役者は、陽向とフォスターのただ二人だけである。

 其処に他者は、介入し得ない。登場は、許されない。侵入は、認められない――陽向は、そんなモノを認めない。


『それじゃ、例によって例の如く――赤星の門から紹介していくぜ! 零級闘士のフォスター! コイツは付近の貧農出身で、村の外の森に入って猟師をしていたとかいなかったとか――以上だ! ……いや、ね? だってさ、コイツってば確かに負けてはいないと言っても、まだこの前の新人戦で入って来たばっかの奴だし、コレと言って特に目立った戦績を納めているワケでもないんだからしょうがな……や、ちょっと待て! あった! ちょ、良いモンがあったわ! お前ら観客皆々様――その数週間前の新人戦を覚えているか!? あぁ、それくらいは覚えてるよな? その時、ヤツ(・・)と対戦カードが組まれたジョー……何とか? ――そう! ジョージだよジョージ! 為す術も無くヤツ(・・)にクソミソのグチャミソに凌辱された、あの貧乏大家族農民上がりのジョージだよ! ……何? そんなカス記憶にございませんって? んー、まぁ、その相手がインパクト強すぎたからなァ――兎にも角にもッ! このフォスターって男は、そのジョージとやらと同じ村出身で幼馴染らしいんだぜ? ダゼダゼ? ってこたァ、ナニか!? もしかして、今回の対決はある意味でとっても因縁染みたバトルになるってヤツなのかァ!? 一方的に叩き潰された友の為の敵討ちってヤツだぜ! コイツぁ、面白くなってきやがった! 良くあるだろ? 友の為に覚醒して新たなチカラに目覚めるってよ! コレは、フォスター――今宵捧げられる、憐れな贄のヒツジの奮闘に期待だぜ!』


 直接本人の口から聞かされた、陽向であればまだしも――いつものことながら、一体何処でそのような情報を仕入れているのか。

 本当に、この闘技場を運営する輩が所有している、情報収集能力には舌を巻く。忍者でもいるのか――なんて、コミックの中のような思考を陽向は抱えていた。

 そうこうしている間にも、時はどんどん流れ行く。


『――そして、皆サンお待ちかね! 青星の門より登場したのは、我らがヒーロー! コイツぁどう見たって、下級闘士の器を超えてるぜ! 新人戦に引き続き、前回ハゲの小男を相手にした時からも――コイツの力がホンモノだってことは、皆十二分に理解させられただろう!? えぇ、そうだろ!? そうに違いないぜコンチクショウ! ――〖星夜光(せいやこう)〗〖臙脂(えんじ)の悪夢〗〖銀蛇(ぎんだ)を従える者〗〖無慈悲の王〗〖三日月に猛る叫び声〗〖闇斑(あんむら)より出でし(あて)〗ッ! この男の名は、一体何処まで膨れ上がるのか!? さぁさぁ、お前ら――準備は良いか!? 野郎共は、ちゃんとタマ押さえときな! 女性陣は、代えの下着は用意したかァ!? それじゃ、お待ちかねコイツの紹介だ! 美麗なる銀髪に、妖しく揺蕩う緋色の双眸。白い肌に艶やかな唇。すらりと伸びた脚は、この地表程度で果たして満足できるのか!? 細い指の先では、一体何を掴もうとしているのか!? 最早、今期の掘り出しモンと言ったらコイツしかいねぇ――ヒナタだァ!』


 音波の炸裂にも等しいまでの、観衆から噴出する狂乱の合唱。

 しかし今の陽向にとって、そのような事など些事にも等しい。

 陽向にとって重要な者は、対峙する相手と――この場に二本の脚で立つ、自分自身だけに他ならない。

 フォスターへと目を遣ると、彼の腰には二十センチほどのコラムビが下げられているが――本命は、其方ではないだろう。

 彼の肩口から見える矢――何より、フォスターが左手に持ったままのウタが陽向の目には一番の飛び込んできたのだから。

 その全長は目測で、凡そ一メートル弱と言った処であろうか。となると、鏃の方も狩猟用の木製のモノではなく――対人用。確実に人間に対して損傷を当たるための、金属製で間違いなかろう、と。

 と、なれば――彼の用いる戦法も、容易に予測できる。矢の連射により相手を弱らせて、例え接近を許してもコラムビで捌く――シンプルにして、中々手堅い方法であろう。

 そんな陽向の分析の結果を肯定するかのように、対峙するフォスターの顔には――陽向という未知(・・)に対する畏怖はあれど、最早動揺の香りは存在しなかった。

 フォスターにも抱えているモノがあるということを、陽向は以前耳にさせられた。

 とは言え、陽向としても引く通りなどはこれっぽっちも存在しない。

 故に――陽向は、離れた場所で弓の構えに入るフォスターへと声を掛けた。


「フォスター――結局君は、一体何がしたいのだ?」

「…………」


 フォスターは、答えない――が。


「友の敵討ち? 義憤? 私怨? それとも――」

「わっかんねぇよ!」


 陽向による再度の問い掛けで、堰を切ったかのようにフォスターは叫んでいた。


「……自分の事にも拘らず、それが解らぬと?」

「そうだよッ! ぜんっぜんわっかんねぇんだよ!」

「ふむ……」

「ジョージの無念を晴らしたいのか、敵を討ちたいのか、テメェ自身が苛々してるからなのか――全部ごっちゃになっちまって、全然わかんねぇんだよォ!」


 糾弾するかのように、泣き叫ぶかのように――フォスターは、心の内を陽向へとぶつけてくる。


「まともな教育も受けてねぇような俺のアタマじゃ、どんだけ考えてもぜんっぜん答えが見つからねぇんだ! だからッ!」

「――だから、何だ? 吠えるだけなら犬にでもできる。泣くだけならば、赤子も同然」

「アンタを倒して……答えを見つけてやるッ!」

「ははぁ――それで君の中へと解答が浮かび上がると、そう思っているのか?」

「……見るかるかもしれないし、見つからないかもしれない。でもッ! アンタを倒さなきゃ、こんなモヤモヤしたモンを抱えたままの俺じゃ先に進めないし――ジョージだって、立ち上がれないはずだ!」

「成程――友の仇を取ることで、君たちは活路を見出そうとしているのか。成程、成程――それ故に、君は進化(・・)するのだな?」

「難しいコトは良く分かんねぇけど、たぶん……そう言うことなんだと、俺は思ってる!」

「よろしい――承知した」


 ――ならば、と。

 陽向もずるり、と――その身に纏う空気を、変質させた。

 周囲の空間が、空間が二人の意志に染められてゆく。

 其処には歓声も、実況も――月光さえも、届かないのではないかと錯覚するほどに、自分たち以外を排斥してゆく。

 姮娥(こうが)の浮かぶ現在の時間帯であれば、【月天(がってん)】により陽向の能力は飛躍的に上昇している。

 故に憂いは無い、愁いは無い。(うれ)いは無いが、患いも無い。

 只そこに存在するのは、決まりきったフォークの取り方――形式に沿ったテーブルマナーと大差は無い。

 愚直なまでに――ただ、愚直なまでに。

 闘気が収束して往く。

 気力が膨張する。

 そうして――始まる。


『よォし――既に会場のボルテージも最高潮だ! それじゃ――やっちまェエエエエエ!』


 瞬間――素早く弓を構えたフォスターが、陽向へと次々に矢を射飛ばして来る。

 そう言えば――と。陽向は、先のマイクパフォーマンスより拾った情報を掘り起こす。

 確かに司会者は、闘士の紹介時フォスターを狩人であると言っていた――ならば、あの淀み無い弓の取り回しも納得できる。

 されど陽向も、棒立ちのまま矢塗れの仙人掌(サボテン)姿へと変貌する気など更々無い。

 よって、迫り来る鉄の鏃を目前にして――陽向は一つ、呟いた。


万劫(ばんこう)に渡り、抱き留めてやれ――【愛河(あいが)】」


 陽向へと向かって飛来する矢は、全て具象化した魔力の腕に防がれた――が。

 その時には既に、フォスターは弓を投げ捨て――腰からぶら提げていたコムラビを手に陽向へと疾走していた。


「うぉおおおおおおおおおっ!」


 雄叫びを上げて、猛進するフォスター。

 そして陽向が気付くには、時既に遅し。思わぬ近接を許した陽向は、メイスを構える間も無くフォスターの得物による一刺しを受け――たかに、思えたことだろう。

 観客も、実況も、何より直接手を下し会心の笑みを浮かべるフォスターですら――その勝利を確信していたことはずである。

 人の感触、肉の感触――されど、直ぐに確信は違和感へと変状する。

 ほんの僅かな――そう、陽向が次にぬるりとした言葉を発するまでの、束の間のことであった。


「【空華(くうげ)】――仮初の愉悦は、どのような味がした?」


 それは恐らく、絶望の調べ――陽向の声は、王手宣言に等しいのだから。

 正にフォスターは、狐に抓まれたかのような気分であったに違いない。

 彼は、自身の背後より耳へと届いた――たった今、仕留めたと思い込んでいた相手からのコールが掛かったのだから。

 なんて事は無い話――単純に、陽向は魔力を練り上げて、フォスターや観客たちへと己の虚像を見せていただけなのだから。

 灰は灰に、塵は塵に。そうして、虚偽は夢幻(ゆめまぼろし)へと霧散してゆく。

 咄嗟に振り返ろうとする前に、フォスターの左肩へと手を掛け、彼の背後より陽向は再度言葉を紡いだ――それ故に、陽向は彼の表情を窺うことが出来なかった。


「ほぅら、晦冥(かいめい)が君を包むぞ――【火雷(ほのいかづちの)大神(おおかみ)黒雷(くろいかづち)】」


 かっ、と――辺り一面が、鉛白(えんぱく)に苛まれる。

 そして、次に襲い来る――それはまるで、墜落のように。

 轟音と共に、フォスターへと襲い掛かった――これが(あたか)も、愚者の脳天へと突き刺さる天罰の如く。

 フォスターへと振り墜ちた――結局、それは……現実としての雷そのものでしかなかった。

 視界を汚す不快な発光が、消えた後に残ったものは――傷一つ負わずに佇む陽向。

 それから、丸焦げの――もの(・・)だった。


『――決まったァアアアア! コレでヒナタは三連勝だァァアアアアアア! 戦闘時間は僅か! だけど、流石に今回は一瞬ヒヤリとさせられたぜ! フォスターが刺したと思ったのは幻で! なんとッ! その時既に、ヒナタは後ろを獲っていたなんて誰に解ろうか!? 傍から見てた俺にだって分からなかったぜ! そんでもって、気付いた時には丸焦げよォ! コイツぁヤバい! マジでヤバいって! 規格外だとは思っていたが、零級闘士の分際で此処まで凶悪な魔法を使いこなすヤツはいるなんてなァ! 実に美麗! 正に凶悪と言う表現が何より相応しいぜ! 本当に――マジでコイツの快進撃は一体どこまで続くのか!? 今後も目が離せないッ!』


 熱狂と狂乱――辺り一面に轟く、陽向への喝采。

 消し炭と化した|彼を背に――陽向は、帰路へと着く。


「人が焼け焦げる臭いは初めて嗅ぐが――何とも、不快なものだな」


 陽向の鼻にこびり付いた臭いは、しばらくとれそうに(・・・・・)なかった。


        *


 ☞ 戦闘に勝利しました。ステータスが上昇します。


 ┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━


  【力】25

  【技】25 → 30

  【耐】10

  【体】20

  【魔】30 → 35

  【精】30 → 35

  【知】30 → 35

  【速】25 → 30

  【運】5


 ┗


 ☞ ステータスの上昇及び未確認の要因により、

   既存のアビリティが統合・変化します。


 ┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━


  【木鶏(もっけい)】環境に対して、極めて順応性が高い。

  【白眉(はくび)】知識の吸収率、技能の習得率が極めて高い。

  【謫仙(たくせん)】成長性が極めて高い。

  【明珠(めいしゅ)】アビリティ及びスキルの発現率が、極めて高い。

  【帝釈天(たいしゃくてん)】運以外にボーナス及び成長率UP。

  【末那識(まな)】既存のアビリティ及びスキルが、変化しやすい。

  【阿那含(あなごん)】外的要因により、判断を誤らない。

  【月天(がってん)

  →NEW!【魄奇夜皇(ひゃっきやこう)月凛宮殿(チャンドラマハル)

   空に月が出ている夜間、自身の全ステータスに大幅なボーナス。


 ┗


 ☞ 新規アビリティ習得により、既存のスキルが消滅

   ――及び、新たなスキルが発生します。


 ┏〖 ひなた の すきる 〗━


  【愛河(あいが)

    自身の魔力を物理エネルギーを有した現象に変換し、操作する。

  【折伏(しゃくぶく)】→【✖LOST!】

  【我空(がくう)】自身の身体能力を一時、飛躍的にUPさせる。

  【空華(くうげ)】→【✖LOST!】

  【火雷(ほのいかづちの)大神(おおかみ)黒雷(くろいかづち)

    自身の魔力に威力依存で、

    対象の耐・魔・精を考慮せずに雷撃による損害を与える。

    【魄奇夜皇・月凛宮殿】が発動時にのみ、起動可能。

  NEW!【禊黄泉穢(みそぎのよみけがれ)焚甦禍津陽守(やそまがつひのかみ)

    自身の魔力・精神に効力依存で、

    自身へと向けられた害悪を、その発信元へと反射する。

    【魄奇夜皇・月凛宮殿】が発動時にのみ、起動可能。


 ┗


 ☞ リザルトを終了します。

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