第五話 鼠捕りの唄
――九天を飲み乾すが如く、覚悟を決める。
何時如何なる状況であろうと――此方の世界に墜とされてから、それは陽向に対して顕著に圧し掛かるのだ。
畏怖、苦悩、憂鬱。
マイナスの感情に定型文は存在しないが故に、其処に決まりきった対処法は見つからない。
されど、陽向はこの世界で生きるという選択肢を採らざるを得なかったのだから、いずれにせよその規律に従って歩みを進めるだけであろうか。
『さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! レディース&ジェントルメン……アーンド、ボーイ&ガール! 老いも若いも男も女も大人も子供も坊ちゃんお嬢ちゃん……には教育上多少なりとも刺激多めのスパイシーな味付けとなっております今宵のメニュー! されど人生経験を積まれるには、酸いも甘いも苦いも辛いもキモイもグロイも一通り経験させておくことが、柔軟な大人への第一歩であると考えます! さて、徐々に夜も更けてまいりましたが、此処でおねんねはあまりにも勿体ないッ! 何故ならナゼなら!? そう! この度の試合こそが――本日行われた下級闘士プログラムの中でも、ぶっちぎりで一番の目玉なんだぜェ!』
一週間前にも聞いた過剰にハイテンション且つやや耳障りなマイクパフォーマンスが、広大な闘技場内へと木霊する。
それに伴い、観客席からの熱気も増加し、よもや頭上に雲でも作らんばかりに加熱するのだ。
――陽向は先週と同じく、再び闘技の舞台へと送られていたのである。
既に、陽向のルームメイトの三人は自身の宛がわれたプログラムを勝利で飾り、今も何処かから陽向の試合を観戦し、応援してくれていることであろう。
舞台を円形に囲った坂上の観客席は以前と変わらぬが、今回陽向たちの頭上には、満天の星空がどこまでも――何処までも広がっていた。
それでも、夜間帯にも拘らず眩いばかりの光源が確保されているのは、例によって魔法やそれに準ずる道具に依るものであろうか。
まるでこの場所は、陽向の居た世界におけるスポーツスタジアムのナイター中継の様に酷似していた――世界は違えど、考え付く仕組みは何処も同じである。
一定の緊張感を保ちながらも、そんな感慨に耽っていた陽向であるがそれもまた、相も変らぬ彼の発した騒音に掻き消される。
『それじゃあ、まずは赤星の門より登場した闘士の紹介だ! コイツは――そう、皆さんお馴染み! もうしばらくの間、一級闘士として底辺をうろちょろしているこの男ッ! お前早く次の階級行けよマジで! えっ!? なぁに? 階級を上がれないのではなく、上がらないってかァ!? 「俺のモットーは堅実だから!」――そんな台詞が口癖の小男! ちっげぇだろお前! 実力が無いから、いつも後続に抜かされてるだけだろこの臆病モンがッ! そんなコイツに付けられた二つ名は――〖独楽鼠〗のカルバン! 本人は知名度による二つ名だと思っているらしいが、それ違うから! 二つ名じゃ無くて、蔑称だから! ちょろちょろ逃げ回るオマエに付いた嘲りだから! 新人相手には態度がデカく、強い相手からはこそこそ逃げるという生きるためには体裁を顧みないスタンス――俺は結構嫌いじゃないぜ! ……あっ、今のウソ! やっぱこのハゲかっこ悪いわ! 男がそれじゃ、商売あがったりよ!』
『新人が相手なんだから、しっかり気合入れて戦えやハゲ!』
『いっつもコスイ事ばっかやってんじゃねぇぞハゲ!』
『ヒナタ様のお顔に傷つけたら殺すわよハゲ!』
『キモイわ、このハゲ!』
『ハーゲ!』
『ハーゲ!』
『ハーゲ!』
――これは酷い。正直、多少なりとも同情せざるを得ない。
お馴染みの遠慮無しにぶっ飛んだマイク捌きに、観衆は大盛り上がりの大興奮。
そして、そんな笑いの種にされた張本人は、司会実況者を顔を真っ赤にしながら睨み付けた後――何故だか、陽向をも睨んでくる始末であった。
されどそんなものに付き合ってやる義理のない陽向は、カルバンからの殺意交じりの視線を容易く受け流し――それがより一層、小男のプライドを傷つけたようである。
ただ、そのような些事などお構いなしに、当然の如く司会進行は続いてゆく。
『そして、本日の目玉と言ったな!? それはコイツ! コイツのことだァ! 青星の門より現れたのは、先週皆の度肝を抜いたその男ッ! 〖白銀の悪魔〗〖美麗の残虐〗〖零下の獄〗〖煌めく怒気〗〖粉砕皇子〗〖星屑の堕とし児〗〖緋色への誘い〗〖具象化された悪意〗〖滅却の貴公子〗――などなどッ! 彼に付けられた二つ名は、数知れずッ! 闘士デビューより一週間! 経験試合数はたったの一度のみ! にも拘らず、その賞賛する声は天に輝く数多の星の如く! それを恐れる者は、影を踏むこと罷りならん! そうだ! 誰が呼ぶ、点が呼ぶ、人が呼ぶ! 同じルーキーの中でも〖鉄塞〗のシュウ、〖暴嵐〗のバレット、〖流火〗のエルネストをも凌ぐインパクトッ! ヤツこそが、話題沸騰婦女子大興奮期待の超大型ルーキー――ヒナタだァアアアアアア!』
『うぉおおおおおお! 今日もド派手な瞬殺劇を見せてくれよー!』
『あんなハゲ、ブッ飛ばしてやれー!』
『今日も期待してるぜー!』
『ヒナターッ! アタシよー! 結婚してー!』
『ヒナタ様ぁー! こっち向いてー!』
『ヒナタ!』
『ヒナタ!』
『ヒナタ!』
何故だか、陽向は既に大人気のようであるが、当然自身を肯定するような声援だけではない。
『オラァ! 調子乗ってんじゃねぇぞ小僧ォ!』
『ツラの良さだけで闘士が務まると思うなよ!』
『たった一回の勝ちで粋がってんなや!』
『ヒナターッ! 俺だー! 抱いてくれェー!』
このような罵詈雑言にこじ付けも交らせ、それらは雨のように陽向へと降り注ぐ。
――所々可笑しな言葉も聞こえてくるが、陽向は極力声の遮断に努める。
当座の意識を目の前の敵へと集中させ、陽向は己の四肢に魔力を張り巡らせる準備を始める。
その時、陽向の対極――それなりに距離が空いているにも拘らず、カルバンから罵倒交じりの言葉が飛来する。
しかしながら、精一杯の虚勢を張っているものの、その声には紛れも無く怯えの色が濃かった。
「は、ハッ! ば、バカなヤツだぜ……ッ! 俺の提案を、う、受け入れとけば、痛い思いしなくて済んだってのによ!」
「昨日も、そして今日も――私には痛い思いをする気など、微塵もないが?」
「ば、バカにするんじゃねぇ! 痛い目を見るのは俺の方だって……テメェはそう言ってんのか!?」
「全く、被害妄想も甚だしいな……」
陽向が溜息交じりに首を振ると、カルバンは遠目に見てもより一層激昂した様で、憎悪交じりの視線と共に罵声を浴びせかけてくる。
「ナメやがって……舐めやがって……嘗めやがってェエエエエエエエ! どいつもこいつも、俺の事を舐め腐りやがってェ!」
「お前は先程から、不平不満と責任転嫁ばかり口にするな」
「な、何も知らないクソガキが、ナマ言ってんじゃねぇぞ!」
「あぁ、知らないさ。私は、何も知らない。自分の事すら良く分かっていないのに――昨日今日会ったばかりのお前のことなど、判る筈がないだろう?」
「ヘッ! いい気なもんだなオイ! 人気者の英雄サマは、木端なんて歯牙にもかけねぇってな!」
「お前が何を言っているのか――私には理解できない」
陽向は良く分からぬままに悪感情を向けられ、罵詈雑言を塗り付けられる。
目の前のカルバンは、自分こそが被害者であると言わんばかりに、陽向に向かって叫び続けるのだ。
それは正しく――慟哭であった。
其処にはもう、怯えは無い。
「優れてるヤツはイイよな! 恵まれてるヤツはイイよな! 選ばれたヤツはイイよなァアアアアア!」
「…………」
「何もかも持ってるテメェにはよォ! 持たざる者の気持ちなんて、微塵も理解できねぇんだろうよ!?」
「……それで?」
「済ましやがってェエエエ! 気に入らネェ! 気に入らねェよテメェはよォ! ぶっ殺して――ぶっ殺してやらァ!」
「――もう、いい」
陽向は、小さく――それでいて、はっきりと口にした。
相手にも事情が有り、その人だけの思いを抱えているからと言って、それを必ずしも考慮してやる必要などは無い。
加えて、一方的に詰られ喚き散らされてまで思い遣れるほど、陽向は人間的に成熟しているわけでもない。腹立だしく、苛立ちさえも募るのだ。
――故に、陽向の取り得る選択肢は一つだけ。
「構えろ、カルバン」
「あ、あ゛ぁ?」
「今、私が持てる――全力を、くれてやる」
「……ッ!」
瞬間――空間を支配する流れが、張り詰めた。
途端に強張る対戦相手へと、陽向は全神経を集約させる。
目の前に展開された敵を――己の排除すべき障害へと認識を変え、陽向は自身の中に滾る戦火の如き感情を昂らせるのだ。
「捻子揚げろ――【我空】」
起動と同時に、陽向は体細胞が活性化するような錯覚を覚えた。
魔力が練り上がり己の身体の隅々まで、まるで燃料の如く流れ行く。その効果の程は、明らかに【火大】よりも大きかった。
躍動する筋肉、研ぎ澄まされる感覚神経、湧き上がる生命力――人間とした生まれたときから、遺伝子に刻みこまれた原初の鼓動が冴え渡るのだ。
行動の指針は、既に決まっているのだ――後は如何に効率的に、作業を済ませるかだけである。
『――よぉし! 試合前の舌戦も終わったようだし、そろそろ始めるとするぜェ! いいなお前ら!? 観客の皆さん、よござんすね!? それじゃ、貴らかに――殴り逢えェエエエエエエ!』
刹那――陽向は、飛び出す。
一週間前の初試合の前とは違い、既に今の陽向の中には緊張などほとんど存在しなかった。
――独楽鼠。
その名から察するに、おそらく相手は回避に長けているのであろう。
そんな陽向の思案通りか――真っ直ぐに向かう陽向を前にして、カルバンはその手に持ったメイルブレイカーを構えずに、彼の脚は外へと向けられていた。
「掛かってこいやァ、ルーキィ!」
吐き出される、陽向への挑発。
陽向の大振りな攻撃を避けてからの一刺し――十中八九、それしかないだろう。己の策に自信を持っているのか、カルバンは何処か嘲笑うかのようにその口元を歪めている。
されど――相手の土俵で戦う気など、陽向には微塵も持ち合わせていなかった。選択肢が他にあれば、真正面から挑む矜持など吐き捨ててしまえ。
故に、陽向は婉曲に――それでいて確実な、最善手を打つ。
「憐れな其処許を抱き絞めてやれ――【愛河】ッ!」
「――ガッ! なっ、な、んだ……ゴレ……!」
鈍色煌めく陽向の魔力が、うねりを帯びて――カルバンの身体を締め上げていた。
彼に巻き付くその様は、まるで意志を持つ白銀の大蛇を見る者に想像させたのだ。
陽向に生み出していた新たなスキル――【愛河】の起動により、自身の魔力を外的に操作して、敵対者を拘束する錠へと干渉変化させたのである。
そして今もまたカルバンの身体からは、陽向の耳へと離れているにも拘らず、肉が締め上げられ骨が軋む悲鳴にも似たそれが、聞こえてくるのだ。
疾風とも見紛う速度に乗って、陽向はカルバンへと接近する。
「ぐ、くる……ぐるし……」
「カルバン――これが今、私に出すことのできる全力だ」
顔を真っ青にしてもがくカルバンへ、微塵の躊躇いも無く――陽向は、右手に持ったメイスを振り下ろす。
獣の咆哮、殺意の具現、天からの爆撃――間違いなく、陽向にとっての全力全壊に他ならない一撃であった。
「悔い改めろォオオオオオ――【折伏】!」
「アアアァァアアアアガァアアアアギャアアアアア!」
人間の急所を断った際に飛び出すからこその断末魔であると、陽向は今の今まで思っていたが――カルバンの口から漏れた断末魔は、直撃の寸前に噴出したのであった。
――ばぐじゅうりぃ、と。
肉と骨と神経が、千切れ潰れる音が聞こえる。
「ァガァアアアアギャァグギャァアアアアア!」
そして、二度目の叫び。
命までは、失わなかったものの――下手に気絶が出来ずに意識が残ってしまったためか、カルバンは鮮血をまき散らしながら、発狂寸前である。
まともな人間であれば恐らく不快に思うであろう音を立てながら、得物を持ったカルバンの右肩ごとそこから先は――抉り取られていたのだから。
魔法による強化は、生半可なモノではない。その力は、何の抵抗も許さずに相手の身体の一部をこそげ落したのである。
鼻に付く不愉快な匂い。
辺り一帯を染め上げる、生命の雫。
陽向の手に残る、生々しいまでの感触。
辛うじて、【愛河】の残り香により自身に降り掛かる血は防いでいたものの――その全てが、目の前の光景が現実であるということを鮮明に訴えかけていた。
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
沈黙――そして、爆発。
『すっ……げぇええええええええ! 見た!? 見ました!? ご覧になりまして!? 観客お前ら、ちゃんと瞬きしないでその目ン玉に刻み込んだか!? コイツは、ぶっ飛んでるぜ! 正に瞬殺! 正に圧倒的! 魔法で束縛してからの一撃で、カルバンを戦闘不能に追いやったァ! 可哀そうに――アレはトラウマ確定だぜ! ヒャッハァー! コイツァ、ゴキゲンだァ! 闘士としてまだ二戦目だってにも拘らず、此処まで出来るヤツぁ中々居ないぜ! 兇刃! 無敵! 最凶! 果たして――下位闘士の中で、この悪魔を止められる猛者は現れるのか!? って言うか、下の奴らとしては、さっさとコイツには上に行って欲しいんじゃないか? そして早くも、終わった相手に興味は無いとばかりに背を向けて場を後にするその姿は、紛れも無く強者の姿だ! 観衆観客皆々様! 勝者ヒナタに盛大な喝采を! あ、ぴんぽんぱんぽーん――えー治療班治療班、至急地べたでのた打ち回るハゲを回収してやって下さい』
『――――!』
『――――!』
『――――!』
『――――!』
場内に響き渡る雷鳴の如き喝采に、陽向は背を向けて――自身の入場口であった青星の方へと歩みを進める。
「カルバン――これで、満足か……?」
門を潜った先の通路の中、ぼんやりとした灯りだけが点々としている。
そんな陽向の呟きは、淡い幻灯の中に溶けていった。
答えは――当然、返って来ない。
*
☞ 戦闘の勝利に伴い、ステータスが上昇します。
┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━
【力】15 → 20
【技】15 → 20
【耐】10
【体】15
【魔】25 → 30
【精】25 → 30
【知】25 → 30
【速】15 → 20
【運】5
┗
☞ ステータスの上昇に伴い、新たなアビリティが発現します。
┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━
【木鶏】環境に対して、極めて順応性が高い。
【白眉】知識の吸収率、技能の習得率が極めて高い。
【謫仙】成長性が極めて高い。
【明珠】アビリティ及びスキルの発現率が、極めて高い。
【帝釈天】運以外にボーナス及び成長率UP。
【末那識】既存のアビリティ及びスキルが、変化しやすい。
NEW!【阿那含】外的要因により、判断を誤らない。
┗
☞ 新規アビリティ習得により、新たなスキルが発生します。
┏〖 ひなた の すきる 〗━
【愛河】
自身の魔力を物理エネルギーを有した現象に変換し、操作する。
【折伏】物理攻撃成功の際、対象の耐久をDOWNさせる。
【我空】自身の身体能力を一時、飛躍的にUPさせる。
NEW!【空華】自身の魔力を練り上げ、幻影体を創造する。
┗
☞ リザルトを終了します。




