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第二話 決別の鎚

 陽向がこの世界(・・・・)に送られて――成り行きのままに闘士となってしまった、その翌日。

 早くも、陽向は対戦カードを組まれているのであった。

 その通知自体は昨日の夕飯後に陽向たち新闘士へと通知されていたことだから、今朝になって慌てふためいているわけではない。

 起床後の少しばかりの時間に、陽向はバレットへと声を掛けていたのであった。


「別に、早過ぎるってこたぁコレっぽっちもねぇよ」


 相も変わらず、男四人が生活するには些か窮屈とも言えるこじんまりとした空間。

 新闘士たちに与えられた共同部屋の一室――陽向の寝床も存在するその部屋の中で、どっしりと胡坐をかいたままのバレットがそう言った。

 その言葉に、陽向はさらりと聞き返す。


「ふむ……バレット、君はこれが適当であると?」

「ったりめぇだろ! オメェよ、考えてもみやがれ。闘士を飼うのにだって、当然銭がかかるんだぜ。商売のタネを遊ばせておくわきゃねぇだろうが――『働かざる者食うべからず』ってよォ!」

「おや? その格言は、此方にもあるのか……」

「あ゛? カクゲン?」

「今、君が口にしたばかりだろう――働かざる者食うべからず、と」

「おうよ! コレは俺のジロン(・・・)ってヤツだ。ニンゲンがまともに生きて行くにゃ、誰だって労働しないとイカンからな。メシを食うためにゃ、汗水垂らして働けってことよ!」

「あぁ、全く以ってその通りだな。バレット――君は一見粗野であるが、中々に思慮深く、何より物事の本質を真っ直ぐに理解するための()を持っているようだな」

「ハハッ! そ、そんなに褒めるんじゃねェよ! ケツがむず痒くならァ!」


 粗野と言った部分には気付かずに、豪快に笑って照れを隠すようにその傷だらけの頭をバレットは掻いていた。

 やはり、と言うべきか――人間は第一印象が肝心と言うモノの、実際にその人となりを理解するためには、面と向かって対話を試みることが重要であると、陽向は齢十八にして改めて気付かされることとなった。

 昨日のエル同様に、このバレットと言う男も中々に悪い奴ではなさそうであった。

 と――幾分か逸れてしまった話の軌道を、陽向は修正してバレットへと差し向ける。


「それで、話を戻すのだが……」

「あー、何だったか……あぁ、そうだ! オメェ――ヒナタはアレだろ? 闘士となったばっかなのに、準備も無しに()らされるのがフマンだって言うんだろ?」

「まぁ、その、何だ……不満と言うか、心の準備と言うか……」

「今更、何言ってやがんでぃ! 覚悟も準備も、ココに来る奴らは踏ん切りつけてんに決まってんだろ。……そりゃあ、皆が皆たァ言わねェけどよ」

「それでは――その踏ん切りが付かない者たちは、どうするんだ?」

「――死ぬんだよ」


 端的に、そして包み隠さず真っ直ぐに――バレットは、事実のみを口にした。

 途端、急に陽向の体感温度が低下したように錯覚するが――それは室温が下がったわけではなく、自身の心の芯が急激に冷却されたことに依るものであったのだ。

 ごくり、と。

 無意識の内に、陽向は堪っていた唾を呑み込んでいた。

 それを知ってか知らずか、バレットは淡々と話を続ける。


「魔物相手なら当然のこと、人間相手でも相手次第じゃ普通に殺されるぜ」

「し、しかし……勝敗の采配においては、降参も認められているのだろう?」

「そりゃあよ、相手が受け入れればのハナシよ。オレぁ、相手をブッ倒したらそれで十分だと思うけどよ――中には、弱ェ奴を積極的に甚振って楽しむ悪趣味なヤロウだって、わんさかいるんだぜ?」

「それはまた、何とも……」

「それだけじゃねぇ――オレらが戦うところは、当然観客が見てるワケだ。つまり――強い、有望、格好良い闘士には、信奉者が付くって寸法よ」

「信奉者……あぁ、ファンのことか」

「ふぁん? オメェはちょくちょく、良く分からん言葉を使うなァ」


 表現の違いにより些か話の腰が折れてしまったが、気を取り直して陽向は問い続ける。


「詰まる所、より多くの信奉者を獲得するために、戦い方や対戦相手の殺し方を工夫(・・)するってことか?」

「ま、そんなトコだな。信奉者――ヒナタの言うふぁんが増えれば、テメェ自身の人気が上がる。人気が出れば、色々と得することもあるからな!」

「得……か」

「多かれ少なかれ、それだけたァ言わねェがオレだって稼ぐためにココに来てんだ。大半の奴が食い扶持を稼ぐため、クソッタレな人生から一獲千金を夢見て来てんだからよ。ダメな奴ァ、おっ死ぬだけよ!」


 多少の得の為に平気で人を殺す――その言葉を口にすることが、陽向には出来なかった。

 それは、目の前の男が――バレットの目がとても、とても真摯な色を帯びていたからかもしれない。

 言葉を呑み込んで黙り込んでしまった陽向の心境を察知したのか、バレットは先とは打って変わり豪快に口を開いた。


「そんなワケだからよ――相手もがむしゃらに突っ込んでくんだから、遠慮するこたァねェんだよ! 敵が誰であろうと、さっさとブチのめしてこいや! 勝てば上手いモンが食える! 金も貰える! 名も挙がる! 良いこと尽くめだぜ!」

「そうか……あぁ、全く以ってその通りだな」

「やっと分かったか! ゴチャゴチャ言ってる暇があれば、体動かせってな。ヒナタよォ――最初はオメェのこと、只の勘違いボンだと思ってたが、どうもそうじゃなさそうだな」

「うん? 昨日、シュウからでも何か聞いたのか?」

「聞いたってほどじゃねェけど、オメェはオメェでそれなりに大変だってことくらいは理解できたぜ」

「……ありがとうバレット」

「よ、よせやい! 礼を言われるようなことじゃねェよ!」


 そうは言うが、そんなバレットの御蔭で陽向としても心の整理が付いたということは事実であった。

 荒々しくも、何処か穏やかな空気が室内に広がった所で――部屋の扉を開いて、室外に設置された共同便所からシュウが帰ってきた。

 そして、開口一番――。


「おっ! 何、二人で男の友情築いてんだよー」

「あ゛ぁ? テ、テメェ、恥ずかしいコト言ってんじゃねェぞ!」

「何だよ、照れんなよー。なっ? ヒナタ、バレットと何話してたんだ?」

「――少しばかり、闘士としての心構えを説いて貰っていただけさ」

「そういうことなら、俺たちも混ぜろって――な、エル?」

「……別に、雑談に混ぜて欲しいわけじゃない」


 そう言って、片方の二段ベッド上へと掛けられたシュウの呼びかけに――今の今まで寝ていたはずのエルから、返事があった。

 もそり、と――幾らか乱れた金色の七三を手直ししながら、気怠そうに身を起こしてくる。

 そして、それにいち早く反応を示したのは、バレットであった。


「あ゛? テメェ、起きてたのかよ!?」

「……ぼ、僕がいつ起きようと勝手だろう! 僕は朝が苦手なんだ……莫迦でかい声でがなり立てないでくれたまえ」

「バカだと!? 朝っぱらからケンカ売ってんのかァ!」

「そ、その朝っぱらから騒いでいるのは君の方だろう! 全く……折角、同好の士を見つけたというのに、ヒナタが君に影響を受けて野卑になったらどうするつもりだ?」

「同好の士ィ? テメェみてェな根暗になるよりァ、万倍マシだろ!」

「し、失礼なことを言わないでくれ! 今日は早速僕たち新人の対戦が組まれるから、僕はより一層魔法の講義をヒナタに行っていたわけで!」

「ハン! 魔法自体を貶す気はねェが、男はやっぱり己の肉体を使ってナンボだろ! メインは身体! 魔法は、あくまで補助だぜ!」

「こっ、これだから無知は困るのだ! 魔法の偉大さを理解しようとすらしない輩は、これだから困る。いいかね――そもそも、魔法とは……」

「ははっ、お前ら朝っぱらから元気だなー」


 ワーワー、ギャーギャーと騒ぎ立てるバレットとエル。

 それを笑いながら諌めているシュウを前にしていると、心の底で淀み揺蕩っていた不安も、幾許かは霧散していくようだ。

 ――そしてこの部屋の喧騒は、闘士宿舎の管理者が青筋を立てて飛んでくるまで収まることはなかったのであった。


        *


 陽向は――舞台に立たされていた。

 金属と、土と、血の匂いが染みついた、石造りの薄暗い廊下を渡った末に目の前にと開かれた巨大な門――その先に広がる、眩いばかりの空間であった。

 広い広い、円形の踊り場。其処に立たされるは、己と敵。

 そして周囲を取り囲み高みより見下ろすは、この生命の盛り場を一目見ようと押しかける数多のオーディエンス。

 これから行われることは、命の削り合い――儚くも、散る瞬間にこその美しさを求め熱狂するような観覧会。

 それは、血沸き肉躍る殺戮舞踏の劇場だ。


『――――!』

『――――!』

『――――!』


 轟音の如き多重奏にも似た歓声が唱和するように――場内には、観衆の興奮が、声となって膨れ上がる。

 それは地獄より響く地鳴りのように、弱者を委縮させるものであろうか。


『さぁて、次は本日十八戦目の新人戦だ! お集まりの皆サマも、そろそろ飽きてきたってか? いやいや、それは違うってモンよ! もう少しだけ、お付き合い頂戴な――こういう新たな命知らず共の中にこそ、未来のヒーローが埋もれてるってのが世の常なんだぜ!』


 進行役のマイクパフォーマンスに、一層観客は沸き立つ。

 視界進行兼解説役の彼は、如何にして、その声を広大な空間の隅々まで轟くような声を響かせているのか――恐らく、魔法の応用であろう。

 その仕組みに興味が無いわけでもないが、今それは置いておく。


『それじゃ、早速今回の闘士を紹介だ! 赤星の門より登場するは――御年齢二十歳、農民上がりのジョージだ! この男、貧しい兄弟を食わせるために自ら闘士に身を窶した、今時家族想いな野郎だぜ! くぅ~、何とも泣かせるハナシじゃあねェか! 是非とも、勝って勝って勝ちまくって――弟たちに美味いモンでも食わせてやんな!』


 煤けた皮鎧に、サイズの合っていない兜。

 その手に持つのは、刃渡り三十センチほどのカタールであろうか――陽向はそこまで刀剣に対して目が利くわけでもないので、ジャマダハルやサイフォスかもしれない。

 どの品も使い古されているように感じるのは、此処で無料貸し出しを行っている程度の物でしかないためであろう。

 兎にも角にも、そんな得物を持って最低限の装備を身に付けた――ジョージと呼ばれた男は、対面の陽向から見ても分かるほどに体を硬くしているようであった。

 陽向も人の事は言えないが、恐らく彼は人間に武器を向けることが初めてなのかもしれない。

 その様はある意味で人としては当然の姿なのかもしれないが、この期に及んでそれでは厳しいものがある。

 とは言え、あれで斬られれば痛いだろうし、刺されれば場所によっては血が出る程度じゃすまされない。

 さらに、陽向にも今更他者の心配をしている余裕などはない。

 と言うよりも、闘士の身の上話を交えたような情報まで、観客の前で開陳されるのであろうか――その場合、情報は何処から仕入れてくるのか。

 志望動機の自己申告制か、それとも密偵でも雇って個人情報を浚いでもしているのか……。その場合、むしろ無駄に手間もコストも掛かるのではないか。それでは、良く分からない経緯で闘士となってしまった己の場合は、一体どうなるのか云々――と。

 詮の無い考えが、陽向の頭の片隅を(よぎ)った。

 そして、そのような陽向の思考などは関係無く――沸き立つ観衆を他所に、進行役の声が再度響く。


『お次は青星の門より登場した――あ? ちょっと待てちょっと待て、ちょいと待っておくんなせぇ! ……この銀髪緋眼(あけめ)の優男ッ! 何とナント――ヒナタという登録名以外の情報が、一切不明だぜェ! どう言うコト!? ちょっと一体どういうことなの、キチンと資料用意しとけよ管理部この野郎! マァ、それはさて置き――この経歴不明の色男! 俺様の予想だと、どこぞの大富豪の落し胤と見るね! だってだって、皆さんよく見ておくんなましッ! 上等な服に艶のある肌、サラッサラの綺麗な髪! その手は絶対に労働なんてしたこと無いような、金持ち特有の指先だぜ! お前はどこのお嬢様だよってんだコンチクショウ! あ゛ぁ? そんな細腕で、その手に持った厳ついメイスを満足に振り回せるんですかねぇ!? さぁさぁ、お坊ちゃまのお手並み拝見と行こうじゃないか! おい、ジョージ! 遠慮はいらねえやっちまえ! どうせ即死でなきゃ回復魔法でチョチョイのチョイよ! あの綺麗な顔をブッ飛ばしてやれェ! ちなみにコレは、男前に対する嫉妬でも私怨でも憎しみでも溢れんばかりの羨望でも、ましてやモテない人生二十五年の積もり積もった男による逆恨みでもありませんので悪しからず……ホントだよ?』


 私怨てんこ盛りなキレッキレのマイクパフォーマンスにより、会場を埋め尽くす観衆のボルテージは最高潮に達しているようだ。

 陽向としても些か以上に思う所が無いわけでもないが、今は目の前の作業(・・)を片付けることが最優先事項である。

 そう、これは作業だ――淡々と、手順道理に処理するだけの些事である。

 陽向の視線の先でカタールを握ったまま、緊張した面持ちの相手の事も――もしかすると、自分の事すらも思考の遥か彼方へと追いやっているのかもしれない。

 そもそもこんな場所で躓くようでは、この先の進退すらも望むべくも無いのだ。

 故に、周囲の雑音を切り離し――陽向は目の前の()へと意識を集中させる。

 其処に居るのは、陽向と同じ昨日成り立ての闘士であるが、己には関係の無いこと。

 緊張しているのは、あちらも同じ。

 寧ろ、あのふざけた司会進行により、陽向の精神はとっくに解され――既に、冷え切っていた。

 何処か、時間が圧縮されたような感覚に陥りながらも、陽向は昨日出会ったばかりの者たちの姿を脳裏に描いていた。

 此方へ来て、初めて安堵させられたシュウ。

 陽向にとっては未知の領域である魔法について、懇切丁寧に指導してくれたエル。

 闘士として――此処で生き延びるための踏ん切りをつけさせてくれたバレット。

 ――既に、陽向の中に迷いなどは存在し無かった。

 慣れない防具は、動きを阻害しそうだから付けるのを止めた

 ――陽向が持つは、右手のメイスのみ。

 それは握り部分に柄頭を持ち、複数の部品で構成された合成棍棒の一種である。

 使用法は至極単純――振り上げて、叩き付けるだけである。

 その重量、凡そ三キログラム程度であろうか――通常であれば、陽向にとってもそこそこの重みを感じるはずであるが、


「私に力を与えておくれ――【火大(かだい)】」


 人知れず――ぼそり、と。

 陽向が呟いた言葉により、その問題も解消される。

 実際に、こんなにも早く未知なる神秘の恩恵を賜ることになるとは思ってもいなかったが、使えるモノは活用するだけである。

 昨日のエルとの勉強が早速生きたのか、起床時に気が付いたら覚えていたこの魔法スキル――その後、朝食前にエルへと問うと、どうやら彼の理解している魔法とはまた異なる形として陽向のそれ(・・)は発現しているらしいが、詳細については結局不明であった。

 されど、使えれば良い――コレに尽きる。ぶっつけ本番で発動させた割には、滞りなく作動しているのだから問題はないだろう――たぶん。

 そうして――そうこうしている内に、開始の合図が切って落とされた。


『それじゃ――存分に()り合なァ!』


 銅鑼の如き鐘の音が鳴り響くと同時に――陽向は、疾走する。

 己の身体能力を一時的に増幅させる【火大】というスキルの行使により、全身をエネルギーが躍動するのだ。

 痛いのも、苦しいのも、死ぬのも――真っ平御免だと、叫ばんばかりに。

 頭の天辺から指の先まで隈なく張り巡らされたそれは、陽向の動きを何倍にも機敏に――力強く顕現させる。

 先の瞬間まで、それなりの距離があったのも束の間。

 気が付けば、陽向の対戦相手――ジョージと言う名の新米闘士の姿は、既に目前であった。


「ひっ!」


 彼からすれば、瞬く間と感じられたのか。

 瞬時に接近した陽向を前に、怯えを声に換え、それでもジョージは辛うじて右手に握りしめたカタールを振り上げようと試みているようであったが――時、既に遅し。


「ッォオラァァアアアアア!」


 よもや、自身の口から飛び出したとは思えない様な怒号を載せ。

 強く、速く――思いっきり、振り抜いた。

 疾風の如き速度に乗った陽向は、走りながら側部へと振り上げていたメイスを――横殴りにジョージの胴体へと叩き付けるのだ。

 肉を打つ音、骨の(ひしゃ)げる音、内臓の潰れる音――そして、被害者より絞り出される苦悶交じりの吐息。

 可笑しな形に――敢えて表現するのであれば、体を()の字にして、ジョージは浮き上がった身体のコントロールを失い、与えられた運動エネルギーの儘に吹き飛んでゆく。

 普通であれば、人はああも容易く飛びなどしない――明らかに、スキルにより強化された陽向の身体能力によるものだ。

 ――が、それだけでは終わらない。

 気を抜けば、自分が殺されるかもしれない――きっちりブチのめせ、と。

 相手が奥の手を持っているという仮定で動け――厄介な魔法やスキル、アビリティを持っているかもしれない、と。

 それから――必ず、生きて帰ってこい、と。

 そんな思いを意識の端に残しながらも冷徹に、陽向は次の手で確実に撃ち抜く。


「叩き潰せェエエエ――【空大(くうだい)】ィィイイ!」


 未だ、地にその体がついていないジョージの身体へと――陽向の追撃が、捻じ込まれる。

 陽向から幾分離れた場所まで飛んだ(・・・)ジョージが地に堕ちるその瞬間、その上部より発生した不可視の力の塊により――彼は、叩き潰されることとなった。

 羽虫を叩き落とすが如く、容易く地面へと身体ごと接吻する。


 ぐじゃり。


 ――地に堕ちたのか、地に縫い付けられたのか、地に減り込んだのか。もう、判らなかった。

 当然の如く、適度に変形(・・)したジョージは、ピクリとも動かなかった。

 じわりじわりと、何処からともなく血みどろが広がる。

 ただ――終わった、だけであったのだ。


『…………』

『…………』

『…………』


 あれほど熱狂していた観客の声も、ハイテンションな実況も――聞こえない。

 闘技場内は、遠巻きの者の息遣いすら聞こえんばかりに静まり返っていた。

 一連の動作が、一瞬の出来事が――まるで白昼夢のようであると陽向は感じていたが、右手に残る肉を打つ感触と、辺りに漂う形容し難い不快な臭いが、陽向にこれが紛れも無い現実であると訴えていた。

 ――そして、動き出す。

 敢えて、表現するのであれば――爆発染みた、音響の炸裂。


『――ぉぉぉおおおお決まったぁぁああああああ! うっひょぉおおおおお! コイツはすげぇ! マジでありえねぇ! この日、この場所、この戦いを生で見れたことに感謝する! 新人同士の闘いで、こんなにも一方的且つ凄まじいモンが見れるとは思いもしなかったぜェ! 生きててよかった! 生んでくれたオフクロありがとうッ! なんとナント、どうせ新人同士のもたくさした泥仕合だと思っていたら! ゼロから瞬時にトップスピードに乗ったヒナタが、対戦相手の――えーと、名前なんだっけ? ジョニー? ジョー? ジョン……は、俺が昔買ってたペットの名前だったぜまぁいいや! ヤツを一撃でブッ飛ばしちまった! 肉塊! ゴミ屑! スクラップの一丁上がりだァ! それだけでも勝負は決まってたってのに、容赦無く魔法による追撃をブチ込んで再起不能に叩き潰したこの男――ヒナタはとんでもねェダークホースだ! 甘いマスクに騙されるな! その緋色の瞳には、一体何が写っているのか? お前に慈悲はないのか!? 鬼! 悪魔! ヒナタッ! コイツァ、美男子の皮を被った悪魔――それとも、稀代のエンターテイナーか!? 冷徹残虐圧倒的な鋭さだ! 冷たいながらも激情を携えたその瞳に、奥様うっとり間違い無しだぜ! やだ……アタシ男だけど濡れちゃいそうっ! いずれにせよ、極稀にこういうヤツが来るからこそ、この仕事はやめられないんだ! それじゃあ、お前ら観客の皆サマ――勝者ヒナタヘ! 新たなヒーローの誕生に惜しみない拍手を! ……あー、それから治療班。そこに転がってる何トカって奴さっさと回収してくれや――まだ、この会場使うんでな。運が良かったら助かるかもなー……ジョン? それじゃ、この盛り上がりのまま速攻で次の対戦に入るとするぜェ!』

『ヒナタ! ヒナタ! ヒナタ!』

『すっげぇ! ちょ、コイツ凄ぇって!』

『こっち向いてぇー!』


 数多の歓声を背に、既に冷めた心持で――陽向は熱気が充満する舞台から、足早に去るのであった。

 幾許の気怠さを感じる中で、すれ違うように治療班とやらの足音が陽向の耳へと届いてきた。


        *


 ☞ 戦闘に勝利しました。ステータスが上昇します。


 ┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━


  【力】5 → 10

  【技】5 → 10

  【耐】5

  【体】5

  【魔】10 → 20

  【精】10 → 20

  【知】10 → 20

  【速】5 → 10

  【運】5


 ┗


 ☞ ステータス上昇に伴い、新たなアビリティが発現します。


 ┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━


  【木鶏(もっけい)】環境に対して、極めて順応性が高い。

  【白眉(はくび)】知識の吸収率、技能の習得率が極めて高い。

  【謫仙(たくせん)】成長性が極めて高い。

  【明珠(めいしゅ)】アビリティ及びスキルの発現率が、極めて高い。

  【弁才天(べんざいてん)】魔、精、知にボーナス及び成長率UP。

  NEW!【大黒天(だいこくてん)】力、技、速にボーナス及び成長率UP。


 ┗


 ☞ 新規アビリティ習得により、新たなスキルが発生します。


 ┏〖 ひなた の すきる 〗━


  【火大(かだい)】自身の身体能力を一時的にUPさせる。

  【空大(くうだい)】自身の魔力を物理エネルギーに変換する。

  NEW!【業魔(ごうま)】自身の行う攻撃の際、その威力を倍加させる。


 ┗


 ☞ リザルトを終了します。

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