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【番外編】乙女心は、いつだって電撃戦

        1


 今日も今日とて、本当に――本当に何一つ変わり映えの無い日常を送るはずであったにも拘らず。

 学園の門を潜り、落ち着いた、それでいて決して不快感などは催さない程度には鮮やかな色彩の石畳の上を歩いていたはずであった。

 早朝と言うほどでは無いけれど、時間的余裕もあり、この時間はまだ出席簿に遅刻の判を押されるほど時間帯でも無かったりする。

 ――避けられないことは、喜んで受け入れねばならない。

 なんて台詞を吐いた奴がどんな気持ちであったのかなどは知らないが、人間には許容限界というものが存在する。

 要するに、出来ることは出来るし、出来ないことは出来ないのだ。

 ――訂正。

 どれだけ頭で解っていたとしても、納得など出来ない事など実の所幾らでも存在するのだから、全く以ってどうしようもない。


「待て――そこの貴様」


 背後より、この声が己に掛けられたものであるのだと正しく認識するまでに、陽向(ひなた)は凡そ二歩半分の歩数を有していた。

 自身の周囲を取り巻く柔らかな桃色の花弁が舞う並木道の中、まるでそれは春容の中に降り落ちた玲瓏(れいろう)の様であるかに――声色しか知覚していないにも拘らず、それにより陽向が受けた印象は、何処か浮世離れしたような錯覚すらも覚える。

 そうして辺りを見回しても時間帯的に人も少なく、指名を自覚した陽向がその声の主への心当たりの見当すらもつかぬままにゆらりと振り返ると、


「そうだ、貴様だ貴様っ! 今しばらく、そこを動くなよ」


 ――命令染みた。

 嗚呼、正しく命令と表現するのが何より的確であろうと言っても差し支えないほどに傲慢で、それでいて何処と無く愉快そうな声音で陽向へと向かい歩いてきたのは、見ず知らずの一人の美女であった。

 時に温かく照らし、そして時に苛烈に燃え上がる太陽の中に住むとされる神秘の赤烏(せきう)の如き自己主張の強い真紅の長い髪。ヘリオライトの如き双眸は、赤より(あか)い滾り蕩けるようなカーマイン。

 艶やかな唇は、先に吐き出された台詞に相応しいほどに女王然たる傲慢さを微塵も隠そうともせずに、悦を含みて吊り上げられている。

 すらりと伸ばされた長い肢体を包むのは、今場所に存在する若者としては当然(・・)でもあろう学園指定の女生徒用制服である。肩口の校章が刻まれたワッペンの色から判断するに、学年は陽向の一つ上の先輩なのであろう。因みにこの学園にも指定制服は存在するものの、その着用は自由となっている。所謂、私服登校も許可されていた。

 それは兎も角。

 ウエストは一切の無駄なく芸術染みたくびれを確保しながらも、女性的なシンボルである胸元には豊かな印象媒体がたわわに鎮座していた。

 そうして気付いたときには、陽向の眼の前へと件の彼女はその豊かな胸を張り、堂々たる王者の如き佇まいで踏ん反り返っていた。現在、陽向と彼女の間に空いた距離は、凡そ立ち位置三つ分。

 はて――彼女は一体誰で、何のために陽向を呼び止めたのであろうかとの思考を改めて巡らせる前に、


「――牛がいなければ、飼い葉桶の掃除をする必要は無い。されど牛が居るお蔭で、人間が一人で行う以上の作業効率を得ることができるとは思わぬか?」


 そんな目も眩むほどの(・・・・・・・)美女は、何の脈絡も無く突如陽向へとそのような問答を突き付けてきたのである。

 ――電波さんかな? それとも春の陽気に脳梁を侵食された憐れなお人なのであろうか、なんて――相手にしてみれば失礼極まりない形容であったかもしれないが、この場においては中々に適切な評価では無かろうか。

 さてど返答したものかと、陽向は彼女の飛輪を髣髴とさせる紅玉の瞳を見返しながら、吐息と共に緩やかに言の葉を吐き出した。


「まぁ、そうですね。もしも自身の尽力により多大な成果を齎したいのであれば、その飼い葉桶の清掃作業と等しく、期待の分だけ自ずと面倒事も増量して往くことでしょう」


 陽向のそんな答えに満足したのか、微笑みを絶やさぬままに美麗の上級生は此方へと一歩近づいて来る。

 未だ彼女の問い掛けの真意などは解らぬが、上級生よりの会話を袖にするのもと考えた陽向もまた、薄らとした笑みを浮かべて対峙するのだ。

 続いて艶めかしくも見えるような薄桃色の唇より、突発的な逢瀬の応酬を継続させる。


「そうだ……しかしながら、面倒事を避けていては成果などは何時まで経っても得られるものでは無い。人間が一人で出来ることなど、たかが知れているのだ」

「人は誰しも、一人では生きて往けません――えぇ、一般論ですけれど」

「ふふん、そうだろう?」


 また、一歩――稀代の美少女は、陽向へとその身を近付ける。

 既に二人の距離は手を伸ばせば容易に届くような近さであり、それを如何様に理解したのか。彼女は燃え滾るような熱と妖艶な鋭利さを綯交ぜにした微笑と共に、陽向の頬へとその細く白い指を伸ばし――柔らかく、一撫ぜした。

 勿論、突然このような美人に触れられて動揺が皆無であるはずなどないが、それを容易く表層に出すのも男としての矜持に関わるし、何より陽向が意識しているみたいで恥ずかしい。

 更に事はそれだけで終わることも無く、彼女は続けざまにこの男心を擽るかのような鼓動のサルタレロを引き延ばす。


「生きて往く上では、他者よりの協力が必要不可欠。もしも高度な目標の達成を目指すのであれば、尚更多くの者の助力が無くてはならぬことよ……」

「ですが――他者が己に関われば関わるほど、そんな他人に対しては嫌でも気を使わねばならないことを初めとして、幾多もの厄介事や面倒事を抱えて往かねばなりません。そうでしょう?」

「されども、そのような一切の面倒事を避けていては何も無し得ない。寧ろ、進んで片付けてこそ、己が願う結果へと近付くことになるのではないか? あぁ、そうだとも――故に貴様は、私について来るべきなのだ。何せ……貴様はこの私が、直々にその可能性(・・・)を見出した男なのだからなっ!」


 そうして、更に踏み込んで来た煌めく美貌の上級生は、もう少しで唇すらも触れ合うような距離の中でその瞳の光を、陽向の網膜へと焼き付ける。

 鼻孔を擽る甘さ、花の薫る吐息。

 突如降って湧いたような意味不明さだとしても、このような迫力の下に晒されてしまえば、大概の人間は首を縦に振らざるを得ないのではなかろうか。

 それでも、陽向は自身の芯でそんな甘き熱量を伴った誘惑のような命令を突っぱねた――何だか怖いから、極力やんわりと。


「余裕があれば、ね――先輩の主義に沿うことが出来なくて誠に残念ですが、私のような凡夫は自分自身が抱える日常に集中することで精一杯なのですよ」


 当然、私は大した奴じゃないんですよアピールも忘れない。此処で己の矮小さを前面に押し出して、何だか良く解らない人には何だか良く解らない内に御引き取り願う心づもりである。

 大体、貴女誰ですか――なんてことは、流石にこの空気の中じゃ言えやしない。


「ふふっ、ふふふふふっ……私の命令に対しても、首を縦に振らぬとは、な……。やはり、この私が目を付けた男なだけあるものよ」


 ――が、駄目っ! 

 【悲報】陽向氏――何やら恐ろしげな美人に、ますます気に入られてしまった確立が天元突破。私の恐怖が有頂天である、この怖気はしばらく治まることを知らないだろう。

 美人は美人でも、肉食獣や猛禽類ですら眼力だけで容易く縊り殺してしまいそうな女性はノーサンキューである。熱視線が掃射される度に、陽向の陽向君(・・・)は縮み上がる。

 そして先の陽向の返答にますますの好感触を抱いてしまったらしき彼女は、追い打ちと言わんばかりに必死で打開策を模索する陽向へと畳み掛けるのだ。


「貴様が成長することを願い、人生の中でより多大な甘き果実を実らせることを望むならば、飼い葉の掃除と同様に面倒事であろうと喜んで請け負うべきではないかな――否! この私、リュミエール・ディ・ソレインレミナスの下に、貴様は来るべきなのだっ! ふふっ、ふふふふっ、ふふふふふふふふふふふっ……」

「…………」


 ふぇぇ……このお姉さん、完全に頭のビョーキだよぉ……。こんなの絶対おかしいよぉ。

 あまりに一方的な理論に、二の句も継げぬとは正にこのこと。未曽有の恐怖にその身を晒され、幼児退行しかかった精神を引き戻しながら、この事態を前に陽向は呆然と為るだけであった。奇跡も魔法も、無いんだよ?


「ん、どうした? あまりの嬉しさに、言葉も出ないか。ならばこの私の目に留まったことを、光栄に想い大いに誇ると良い! 何なら、感涙を溢れさせても良いのだぞ。嬉しいのに泣けるのは、本当に幸せだっていうサインと言うであろう?」


 尚、当の陽向はと言うと、リュミエールの吐き出す言葉の端々に含まれる――神経を柔らかくなぞられるような甘ったるい感触に、恐慌状態寸前である模様。涙すらも強張り出ない。

 ――ホームルーム開始五分前の予鈴が鳴り響くが、それは陽向の遥か彼方の世界の出来事に思えてしまうほどの衝撃的な朝であった。


        2


 超能力――なんて、言葉にすると意外と陳腐に感じるかもしれない。

 この世界を支配していた、古来より既存であった物理法則を容易く否定し、捻じ曲げ己に都合の良いように改変してしまうほどの影響を携えた力の総称。

 それが何時から世に現れ始めたかということは、未だ正確には把握されていなかったりする。

 その他の社会現象的なあれこれは……まぁ、こうして現実となっている以上――何と言うか、良くある創作物(フィクション)の世界で展開されているようなそれとそう認識にも事実にも大差は無いものである。

 地域で、国で、そして世界中で次々に発症する特殊な能力を持った者たちをどうするかということが目下の課題となったわけであるが――それはもうお決まりとも最善策とも言うべきか、そのような人間として有り余るような力を持った者たちが健全な成長を促すための教育機関を設立し、力を制御し真っ当に(・・・・)社会で生活を送ることが出来るように。

 このクレール・ドゥ・リュヌ学園こそが、この地域に構える超能力者のための教育機関であった。

 超能力の発現平均年齢は実に疎らであり、第二次性徴を迎えた後であれば、凡そその可能性の射程内へと収まる。その後は加齢に従って、能力発現の割合が徐々に減少して往く。十代に入った途端、ある日突然超能力が発現することも珍しくは無く――逆に最高齢では、七十代の老人が不可思議な能力を宿したこともあるのだ。

 それ故に、この場所は学園との名を掲げてはいるものの、確かに大多数は若人とは言え様々な年齢の人間が在籍していることもまた現実であった。

 更に身体能力や頭脳の回転力と同じように、超能力の強弱にも必然的に差が存在し、下はマッチ一本分の火を起こす程度の者から。上に往けば、指一本で重厚な戦車すらも塵に変えるほどの人間離れした能力者まで存在している。正に、若者の人間離れ。

 能力が存在した者は、何れかの超能力者育成のための教育機関へと通うことが義務付けられ、そこで既定の年数を過ごし能力の遣い方や倫理観の教育などに努める決まりであると法律で定められていた。よって、人員の中途入学なんてものは珍しくもなんともなかったりするのだ。

 ――以上、ふわっとした世界観説明終了也~。


「――っと! ちょっとアンタっ! 私の話、ちゃんと聞いてたんでしょうね!?」

「ぁ……ぇっと、あ、あぁ……」


 気が付けば本日の授業も前半戦が終了し、どうやら現在昼休みへと突入していたらしい。

 チャイムの音色は聞きそびれてしまったものの、周囲のクラスメイトたちはガタガタと机と揺らしながら各々のランチタイムへとなだれ込むようである。

 と――いつもなら、此処で陽向もまた自身の昼食を広げ始めるところであるが、本日は昼食よりもどうやら先客(・・)が存在しているようであったのだ。

 夜の帳を纏うような艶やかな長い黒髪をシニョンに纏め、ノンフレームの細い眼鏡を付けている。そしてその奥に鎮座する、長い睫と意思の強さが印象的な切れ目からは、陽向へと厳しい視線が送られて来る。鼻筋は通り、薄い淡雪のような肌は、いっそ無垢なる美術品にも匹敵する。

 彼女――ベアトリスの清廉さを体現しているかのような白いブラウスの胸元を押し上げているのは、朝の――あの色々な意味で強烈極まる彼女(・・)と同じくらいに、女性らしさを主張して止まない遥か柔らかき(予想)理想郷。

 加えてベアトリスが纏う上品な濃紺のロングスカートの先からは、黒いストッキングを通した細い脚が艶めかしくも見えていた。

 受けていたのか聞き流していたのか解らぬ授業はさて置き、現在座ったままの陽向の目の前には一人の女性が存在しており――どうやら陽向は、その彼女より大層な剣幕で捲し立てられていた。


「あー、もうっ! アンタ絶対聞いてなかったでしょ!」

「――失礼、ベアトリスさん。授業が終わって、少し気が抜けてしまっていたみたいでね」

「授業が終わって気が抜けてた、ですって? ふんっ! 今日のアンタは授業中もずぅっと、心此処に在らずってカンジだったじゃない」

「おや、私はずっと君に見られていたのか。これはお恥ずかしい限りだな」

「は、ハァ!? 勘違いしないでよねっ! 別に、アンタのことが気になって見てたわけじゃないんだから!」


 陽向の受け答えの何処が気に入らなかったのかは解らないが、目の前のベアトリスはそのような言葉と共に頬を紅潮させて、此方から目を逸らしてしまった。

 この学園に入り、此方のクラスに編入し、このベアトリスと出逢って陽向が理解したのであるが――どうやら己は、この目前の少女とあまり相性が良くないのであろう。

 と言うよりも、陽向に含むところは無いのだが、ベアトリスの方が陽向へと一方的に厳しい感情を抱いているようなのだ。軽く観察してみても、他の人間と対話するときは温和で笑顔も溢れているにも拘らず、陽向が相手だとそれが一変する。

 きっとこのクラスの委員長も務め、いつも凛々しいしっかり者の彼女の目には――ふとしたときに、だらしなさなんかが目に付いたりしてしまい、あまり陽向の姿は好ましく映っていないのだろう。

 それでも目を三角にしながらも、色々と世話を焼いてくれることも多いのだから、ベアトリスという彼女は相当に人間が出来ているのに違いない。今回もきっと、授業をきちんと聞いていなかった陽向への話であろう。

 よって陽向は、ベアトリスへの感謝を込めて――目尻を下げて、小さく謝罪した。


「済まない――ベアトリスさんに、心配をかけてしまったかな?」

「ばっ、バッカじゃないの! アンタってば、バカなんじゃないのっ! な、な、何で私がわざわざアンタなんか心配しなくちゃなんないのよっ! たまたま……そう! た、たまたまアンタの方に視線が行ったときに、その……」

「そうだな、私の勘違いだったよ。でも……ありがとう」

「――っ! ぁ、ぇ……ぁぅ……。もぅ、ばかっ……」


 艶やかな黒曜石(オヴシディアン)の瞳をじっと見つめ、彼女の意に感謝を述べて微笑んだ陽向は、またしても小さくベアトリスに怒られてしまった。

 そしてもじもじと内股を擦り合わせるような挙動をしていたベアトリスは、はっと我に返ったかのように――更には何故だか弁明するかの如き勢いを以って、早口で陽向へと捲し立てて来た。


「それでっ! アンタはいっつも(・・・・)ぼーっとしてることも多いけど、今日は何だかその……違うかなって思って!」

「…………」

「別に無理に、事情を訊き出そうとかって言うつもりはないけど……」

「いや、折角だから相談に乗って貰っても構わないだろうか?」

「――! そ、そうねっ! アンタがどうしてもって言うなら、聞いてあげてもいいわよ!」


 ぱっと、花が咲くような可憐な笑顔を浮かべ、ベアトリスは前の空席の椅子を拝借して、机を挟んで陽向へと向き合い席に着いた。

 やはり委員長は格が違った――同じ美人でも何処ぞの女王様系上級生とは異なりキツ目の態度とは裏腹に、陽向のようなダメな一クラスメイトにすら時間を割いて付き合ってくれるのだ。本当に、有難い限りである。

 何時の間にやら持参していた弁当箱を机の上へと広げていたベアトリスを見て、陽向もまた自身の昼食を机脇に掛けていた鞄の中から取り出すことにした。


「ちょっとアンタ、また(・・)コンビニ弁当なわけ?」

「ははっ、どうも男の一人暮らしだとね。と言うか、またとは?」

「へっ? ぁ、いや……と、とにかくっ! アンタはまだ十代なんだから、キチンと栄養バランスも考えて食べなきゃダメでしょ!」

「そう言う君も、私と大して年齢が変わらないだろう」

「年齢は同じでも、私はアンタより一ヶ月先に生まれてる分年長なんだからねっ」

「おや、私の誕生月を知っていたのか。しかし、いつの間にそんな些細な情報を……」

「そ、そんな細かいコト今はどうだっていいじゃない!」


 やはりクラス委員長ともなれば、同じクラスの級友のことくらい把握しているのであろうかと、勉強熱心な彼女へ陽向は関心の意を示したつもりであったのだが――どうやらそれは、あまりベアトリスのお気に召さなかったようである。

 ただ折角のランチタイムを無碍にするのもどうかと、やんわりと……そして即座に陽向は話題を戻す。


「私には料理の心得も無いし、健康に良くないということは解っているのだが……どうにも、な」

「何言ってるの、今時男も女もないわよ。若い頃に手を抜くと、年取ってから困るのは自分なのよ」

「そうだな。やはり、私も料理の一つくらい覚えるべきなのだろうか……」

「――それで、あの……その当てとかは、あるわけ?」

「ご期待に添えず、残念ながら。適当に本屋か図書室でも漁ってみようかな――それにしてもベアトリスさんの弁当は、とても色鮮やかで美しいな」

「ぇ……そ、そぉ?」

「その弁当は、君の手作りなのだろう」

「うん、まぁね……えへへっ」


 やはり自分の作った物を手放しに褒められると嬉しいものなのか、陽向の前で珍しく頬を緩ませるベアトリス。

 いんげんとパプリカを巻いた、ベーコンの野菜巻き。

 ミックスベジタブルが鮮やかに食欲をそそる、アルミホイルで区切られた小さめのグラタン。

 冷めているにも拘らず、微かに香ばしい匂いの漂うえのきとしめじのバターソテー。

 そして綺麗に紅く染まったチキンライスが、女の子らしく可愛らしい小さめのお弁当箱に詰められていた。

 完璧に過ぎる完璧っぷり、女子力グラツィオーソである。

 そして穏やかな時間が始まる前に、上機嫌なベアトリスは陽向へと、


「ぁの、さ……」

「どうした。何かあるのであれば、遠慮なく言って貰って構わない」

「アンタも、毎日コンビニの弁当やらスーパーの惣菜ばっかじゃ……体にも良くない、でしょ?」 

「あぁ、だから今日から早速君の言う通り、料理の練習でも――」

「わ、私が!」

「ん……?」

「私が……ぁ、アンタが、どうしてもって言うなら……その、明日からアンタのお弁当を作っ……」

「もしかして、私の料理の練習に付き合ってくれるのか」

「えっ!? ……あっ、そ、そうよっ! アンタって見た目に依らず、結構鈍臭そうだもん! 包丁だって、持たせたら気が気じゃないわよ」

「しかし、君にも君の都合があるだろう。完全に私事である、このようなことに付き合わせるのも――」

「私が良いって言ってんだからいいの! 人の好意くらい……す、素直に受け取りなさい。いいわねっ!?」

「――解った。それでは有難く、御教授願うよ。ベアトリス先生?」

「へへっ、よろしい! じゃあ早速、今日の放課後から特訓だからねっ」


 自分から面倒を抱えたはずなのに、陽向の前で微笑むベアトリスの表情は、いつにも増して可憐で煌めいているように感じられた。

 ――こうして、陽向の穏やかな昼休みは流れて往く。

 何か、そう――何か重要なことを忘れているような気がするが、うん、まぁ……きっと恐らく多分、気の所為であろう。気の所為であってほしい。

 一寸先は闇、臭い物に蓋などと言ってはいけない。

 だからもう少しだけ、この心地良い空気に揺蕩っていても罰は当たらないだろう。

 ただし……良く見てゆっくり進むべきである。駆け出せばその分、人は躓きやすいのだから――と。

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