第二十一話 蒙昧勇者
新人闘士となった者は、初戦よりの四試合で己の力量を図られ――個別に異なる階級へと振り分けられる。
勝っても負けても――生きてさえいれば、いずれかの階級へと昇ることが可能なのである。
その後、下級と呼称される者たちの坩堝では、四連勝ごとに一段上の階級へと昇級する形となっている。
――そして、第四階級。俗に中級として見做されるそこからは、己の階級数プラス一回での連勝が主な昇級の手段として確立されているのである。
第六階級であれば七連勝。上級へと上がり、第八階級であれば九連勝といった具合のシステムになっているのだ。
例外として、第九階級から第十階級への昇級時においては、この法則に漏れるのであるが――今の陽向には、まだ関係の無いことである。
故に、陽向自身が現在進行形で目を向けなければならない処は、ただ一つ――己が身を置く第五階級。
で、あるが――と。陽向は、緩やかに時を振り返る。
魔物――顔面砕きの集団に、一人、二人、三人……そして、前回のブルーノで四人目。
つまり、既に陽向は第五階級において五連勝を為しているために――次の死合に、昇級が掛かっているというわけであった。
次で勝てば、文句無しに第六階級。地べたを舐めれば、またせっせと連勝造りの始まりである。
もたつくつもりは無い、陽向に残されている道は――加速し続けるのみなのだから。
――世界は何処までも膨張を繰り返し、斎の顔をした如何物師が、嫌になるほど蔓延っているのだ。
玄奥に、そして荒涼に――上昇する気流の如く、天へと向かい逝くのであろうとも。
陽向は――未曽有の銀蛇纏う故に。
――倒し続ける。
*
物価――という概念が、存在する。
それは時代、地域、文化などによって、著しく異なるものである。
人間の数だけ、価値観という物は存在している。
されど、社会と言う概念を形成して生きてゆく以上、人間は自身以外との折り合いをつけて行かねばならない。
そしてその疎通をより明確に図るため、万人に――とまでは言わずとも、その地で生活を営む上で必要になる価値観の均一化。
その最たる例が――通貨、貨幣価値の統一である……のかもしれない。
それは必ずしも、個々人にとって納得のゆく価値観への変換では無いのかもしれないが、人の輪の中で生きている以上――何れかの時点で、人は人たるために妥協しなければならないのだから。
食料の値、技術の値、知識の値に娯楽の値――重要度の差はあれど、基本的にはそれにおける変動の流れは緩やかなものである。
――しかしながら。
時として、価値観というものは容易く――あぁ、全く以って容易に掻き回されるということも、また事実であった。
現在陽向は、上級闘士の為の輝くステージ――を観るための客席へと腰を下ろしていた。
まさかまさか、まだ陽向自身は中級闘士であるがために、あの場所へと足を踏み入れる資格は無い。
陽向が前日にそれなりに値が張る、上級の戦場観覧チケットを手渡されたが故であった。
誰からなどとは、今更言うまい――その唐突なプレゼントに思う処が無いわけでもないが、第六階級闘士の陽向としても、自身よりも上のレベルの闘いを見て勉強すること自体は吝かでも無い。
――第六階級。
そう、陽向は既に六連勝目を上げており、滞り無く昇級を果たしていたのであった。
淡々、と――陽向の脳内に存在していたであろう先の記録は、既に泡影の有様。
陽向としても、こう言っては試合相手に多少なりとも失礼なのかもしれないが――単に、特色の無い相手であったとしか言い様が無いのだから仕方あるまい。
死合相手であった彼の力量は、決して貧弱であったとは言い難い。おそらく、第五級闘士としては十二分なものであったのだろう。司会実況者の闘士紹介の時には、相手もまた六連勝目を賭けた云々という情報が流れ聞こえてきたのだ。
それ故に、陽向もいつも通り――開始の合図より、全力の一撃を叩き込んで終わらせた。
禍根も無く、遺恨も無に。
無論、双方命を落とすことなく試合を終えることが出来たため、陽向は昇級――対戦相手の彼は、再び連勝を目指すことであろう。
兎にも角にも、そんなこんなで陽向の行く先は……上級への七連勝、と。次なる明確な目標が、鎮座していたのであった。
したがって、此度の観覧会は、陽向にとってもどうして都合の良いものであったのであるが――彼女が陽向にタダの招待券を渡すとは思えなかった。
そして陽向の思考に間違いも無く、今回の闘技は――平時の単なるモノでは無かった。
期待というモノが、具象化したかのような熱気を孕んだ場内。
何処か平静を忘れたかのような、天日。
あと幾許かで視覚化しるのではないのか、というほどに膨張を続ける萍水か。
そうして、開闢の音色が木霊するのだ。
『――来たぜ、今日ッ! 遂にこの日がやってきたァァアアアアア! お待ちかねってレベルじゃねぇぞ! 待ちに待ち過ぎ待ち侘びて――俺っち、とうとう心臓が飛び出しそうだぜェ!
それもその筈、お前らだって同じ気持ちだろ!? なんたって何たって、本日は滅多に御目に掛かれない――あの方々の御目見えだァアアアアア!
分かる判るぜ解るよなァ! 無謀な命知らず共が、天上の彼方へと挑みかかるって寸法よォ! 何たる親不孝ッ! 何たる無鉄砲! その命ッ――さっさと天に返す気か!?
太陽に焼かれる雲霞の如くッ! 歓喜に滅ぶ激情のようにッ! 天より舞う奇跡が様でッ! 月に沈む絶望の此方ッ!
さぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今日を逃すと間違いなく――数ヶ月はまた悶々と過ごすことになっちまうぜェ! そんな欲求不満を溜め込んだままなァ!』
震天脈動さもあらん――うねりは轟音と成りて、天高くまで響く。
本日、この時この瞬間。陽向が一観客として闘技場に存在しているのは、やはりどうしてこのためである。
強制力を伴った、プレゼントと言う名の闘技観戦チケット――即ちその本人、リュミエールが舞い踊る様を網膜へと焼き付けよとの舞台なのだから。
そして何より、この日の演舞はそれだけに止まらない。
主演女優は最高ランク闘士であるリュミエールだけに非ず――第十階級闘士のである彼女たちの煌めきすらも見ることの出来る、数ヶ月から半年にたった一度のチャンスであるとか。
つまり本日は、第九階級の高みにまで上り詰めた闘士たちが、己が最高峰の栄誉を求めて死地の巨人へと挑む奈落の祭典というものであった。
至高に挑む資格の最低条件が、第九階級に在籍していること。加えてそれこそが、進んで自らその身を墓穴に沈む唯一の条件なのであった。
第十階級闘士への挑戦権は、この至高演舞の時期に第九階級であれさえすれば良い。
したがって、逆に言えば命が惜しければわざわざ第十階級の者と矛を交える必要は無いとのこと。
裸一貫伸し上った闘士として事実上の終点である第九階級であれば、正直生活には微塵も困らないほどの報酬を得られている。高レベルな戦いに、強大な魔物との一騎打ちなどなど――そうして手にする物は、堅気よりもずっと大きい。
それでも……それでも。更なる高み――頂上が黙視できぬほどの超常へと挑戦したくなるのが、此処まで来た者の性なのかもしれない。それは気高き向上心か、はたまた死闘を重ね完全に崩壊してしまったブレーキの成れの果てなのか。
だが、此度の陽向にはこれっぽっちも闘士としての出番は無い。当然である。
されど、愛しの彼女より受け取ってしまったチケットを無駄にしては後に何が降り掛かるか解らぬ。
ただ、自身よりも上位の闘士たちの闘技を観覧することができるのであれば、これまた得る物もあることであろうとの打算に依るものも大いに含んでいた。
兎にも角にも、陽向としても休日の枠が埋まってしまったことを嘆くよりも、第十階級闘士出演の高額なチケットを無駄にしてしまうのも云々と――。
悶々よりは、明瞭な観察へ――戦場に非ずとも、此処は紛れも無く戦場也。
最高額のチケットにより齎された特等席に身を置く陽向が思考を切り替えたところで、舞台は幕を上げていた。
『んぅぅうううううんんんんんんんんンンンンンンンンンンンンンン! 今日の御品書きはコレだァァァアアアアアアアアアアアアアアアア! タイマン二回に多対一二回! なぁに、それでもコレっぽっちも恥ずかしく無いぜェ! 何たって何たって! オマエらが俺から挑むのは、紛うこと無きこの国の頂点なんだからナァァアアアアアアアア!
そーんーでェ! 第九階級からの挑戦者はァ、全部で十人ッ! オイオイオイオイおーいオイッ! いいのかいいのかいいんですかァ!? ヘタすりゃ今日で貴重な第九階級の闘士たちが十人もこの地この世から泣き別れすることになっちまうかもしんねぇぞ! 本当にオマエらっておばかさぁん! でもしょうがないよな!? 男っていうのは、そんなモンだろォ!
――んじゃ、早速そんな命知らずの親不孝モンたちの紹介だァ!
えー、まずは……ッァアアアアアアしゃらくせぇ! 汗臭ぇ野郎ばっか十人も細かく説明してられるかってんだ! 巻で行くぜ巻でェ!
【虎狼】ファルシュ! 【下手屋】サボン! 【聖貴志】アガット! 【塵雷】スウィク! 【明星】ヴォヘベヘ! 【虚躰】グロズ! 【禁正】ルマニウ! 【雨怪】マタル! 【虹撒き】ソロンゴ! そして我らが【武震】ユウリョウだァ!
――いよっしゃァ一息で言ってやったぜ! 言ってやったぜ! どいつもコイツも、第九階級に恥じない男共だ! まぁ、今まで見て来たオマエらなら、そんなこたァ百も承知だよなァ!?
兎に角、コイツらが今日の新たなヒーロー……もしくは生贄なのさァ!』
拡声と共に片方の門が開かれ、紹介された闘士――この度の挑戦者である十人の男たちが、闘技場内へと現れた。
観客より彼らへと、歓声と言う名の爆音が降り注ぐ。
それは期待であったり、羨望であったり、応援であったり。
真逆、幾許かの嘲笑なぞも含まれているのかもしれないが、現状においては意味を為さないことであろう。
会場の気温は上昇し、熱気は気流すらも生み出さんと不可視の渦を巻いているかにすら感じられる。
人種も、体躯も、得物も、佇まいすらにも統一感の欠片も無い彼らであったが――陽向が遠目に見る限りでもありったけ、溢れんばかりの闘気が……男たちからは滲み出していた。
――視覚に非ず。
それでも、これは誰の目にも明らかなほどに……。
此処が物語の一頁なのであれば、おそらく眼前に広がる光景は雄々しく猛る勇者たちの荘厳か。彼らの一人一人が内包する生命力が、今にもはち切れんばかりに大気を鼓動させるのだ。
嗚呼、正にこれは英雄の姿で。
嗚呼、故に其処には勇者が実在しているのだ。
――ただし。
それは、彼らの立っている場所が――此処では無い、別の何処かであったならばの話であるが……。
不運にも、彼ら挑戦者が立つのはこの闘技場で。
不幸にも、彼ら勇者候補の相手は、人の形をした超常の様で。
人知を超越した、別の存在で。
だから……。
彼らが別の世界、別の土地、別の国、別の地域、別の舞台――否。ほんの少しだけ違う、今日以外の死合であったのならば……彼らは間違いなく、英雄であったのに。
――ふしあわせにも。
陽向は漠然と、そのような感覚を享受していた。
*
――あぁ、本当に。長い夢を見ていたようだ。




