第二十話 昏い日、明るい陽
行けど行けども、獣道。
進め進めど、まだ先見えず。
己が応酬、天地巡りて貫き醒めよ。
「あと、一回……あと、十回……あと、……回」
亡霊のように、幽鬼のように。
されど、その落ち窪んだ眼の中の鈍い光だけは――夜霧の中で迷い児を仄暗い底無し沼へと誘う鬼火のように、ただ爛々と明滅を繰り返していた。
陽向の前には、鼓膜を苛むかのように呟き続ける――男が、立つ。
視点は朧気、存在は翳み。
それでも尚、死兵の如き佇まいで――舞台の上へと、上がっていたのだ。
陽向の中を、数多の感情が蠢いている。数多の感傷が、滲みだしている。
そして、精神を無限の閃光が貫いているのだ。
嗚呼、単に其れは――紛れも無く、余響であった。
*
「――羅刹枠?」
「おうよ!」
聞き慣れない単語を反復した陽向へと、そう相槌を打ったのは――シュウであった。
現在の時刻――は、正確には判らないが、余裕が過ぎ去るほどに早朝であることだけは確実である。曙にすら、まだ早い。
前回の……彼女を交えた身焼き魂焦がすような一大イベントからは、既に一週間以上経過しており――陽向とシュウは二人して、草木は起床し始めるかという曙前、朝食を採るまでの時間を利用した体力造りに励んでいた。
と言っても、何も特別なことはしていない――闘士が侵入を許可されている、闘技場の敷地内で只々走り続けるだけである。
力だ技だ魔法だスキルだと騒いだところで、根本的な部分で――そして、最終的にモノを言うのは己の肉体である。
闘士に限ったことではないであろうが、人として順当に生きてゆく以上、健全な精神と肉体は必要不可欠なのだから。
よって、陽向は闘士としてこの坩堝に放り込まれてからというものの、トレーニングを一日たりとも欠かしたことは無かった。
下級闘士以下の新人の時より、鍛錬や勉強の施設が著しく制限されている状態においても――基礎体力作りのためのジョギングと、全般的な筋力トレーニング一式は継続し続けていたのである。
第二階級のシュウと第五階級の陽向で、制限が解除され使用できる施設にも大幅に差が生じているという現状においても、連れ立って敷地内を走ることくらいであれば可能である。
よって陽向は、都合の着くときにはこうして現在も交流のあるかつてのルームメイトたちと共に体力造りに励んでいた。
基本的に、と言うか――シュウに関しては特定の用でも無い限り、ほぼ毎朝陽向と共にジョギングを行っている。
バレットに関しては、試合の翌日はしこたま酒を楽しむ為……それ以外でも良く遅くまで酒を飲んでいるため、早朝では起きて来ないこともしばしばである――が、鍛錬自体は十二分に行っているようなので、その先に関しては陽向の口を出す領域ではないだろう。
そしてエルネストはと言うと、どうにも彼は生来持った朝に対する弱さということも相俟って――まず、この時間帯に起きて来ることは無い。されどその分、夜遅くまで勉強や研究を行っているとのことであったので、ライフスタイルにしてはそれぞれと言った処であった。
故に陽向にとって、本日この時間帯に鍛錬を共にする相手はシュウのみであった。
しかしながら、人気は少ないものの――この薄暗い空の下においても、陽向たちのように自主的に敷地内を走っている者の姿は、ぽつぽつと見て取ることが出来た。
――実を結ぼうと結ばずとも、自己の向上を図ることは納得に繋がるのだから。
兎にも角にも、そのように軽く汗を流している最中に、シュウより問われた単語について陽向は再び反復したのである。
当然、と言うほどの事でもないが――依然として、双方足を止めることは無い。緩やかに、毎日見慣れた景色を置き去りにしながら、そう問うた。
「羅刹枠とは、何だ?」
「あー、まぁ……陽向は、俺と初めて会った時のことって覚えてるか?」
「無論――私にとって、忘れようにも忘れられんさ」
「そっか……そういえばお前、此処に来た経緯すら一切不明だったもんな――まだ、何も思い出したりはしないのか」
「思い出すも何も――事実として、突然の事であったからな。手掛かりも原因究明の手立てすらも皆無なのだ」
「コトがコトだもんなぁ……」
「あぁ、よっておいそれと他者に話せることでもないしな――此方は紛れも無く被害者だと言うのにも拘らず、異常者扱いされるのも癪であろう?」
「ははっ、そりゃそうだ。ヤク中扱いは、ゴメンだよな」
「まぁ、そのようなものであるから――其方の方は、自由の身になってからゆるりと調査することにするさ」
取らぬ狸の皮算用――とは違うやもしれぬが、陽向は今できることから片付けて往くと決めたのだ。
故に、其方は後回し。
依然として、仲間たちにしか話していない事実はさて置き――陽向は、些か脇へと逸れてしまった本題へと軌道を修正する。
「それで――私の疑問と、君との出会いに何の関係があるのだ?」
「おう! わりぃわりぃ……話が逸れちまったな。
……お前さんは、覚えてないか? 俺が説明した、闘士の事をよ」
「説明……?」
「ヒナタは、自分がどうしてあの部屋――新人闘士就業希望者の集められた大部屋の中に居たのか、判らないって言ってただろ?」
「そうだな――今もまだ、あの日の光景が、昨日のように思い浮かぶ」
「そして、俺は説明しただろよ。闘士として、部屋にあの部屋に来た奴には二種類存在するってよ」
――あぁ、成程。
陽向は、自身の内で了解の相槌を撃った。己の隣を走るシュウの言いたいことが、即座に理解出来た瞬間であった。
それはまるで、虚空と暗影の中に浮遊するパズルのピースが合致するかの様である。
符合が接続を為し――陽向は、するりと口を開いた。
「自主的に闘士の道を選択した者と――重罪を犯して送られて来た者、か」
「――そうだ」
陽向の解答を肯定するかのように、シュウは何処か厳かさを秘めた口調で呟いた。
「自主的に来たのは、俺たちみたいな自分から闘士として歩もうとした普通の奴等。
そして、国に更生不可能と判断された凶悪な犯罪者共は――紛れも無く、その後者。
能動的に死地へと送り込まれた、見世物だ」
静かに、重く――此処では無い遠くを見るかのようにして、シュウはそう零したのだ。
そんな彼に対し、陽向は確認を重ね往くかのようにして――更に深くへと追求する。
「確か……そう、重大な罪を犯した者に対する|処置と言うやつさ。
と言っても、死刑が確定している癖に踏ん反り返ってるような図太い奴らが、進んで見世物なんかにゃなるわけがねぇ……」
「そこで、彼らをより有用に動かすための恩赦というもの、か」
「おっ、キチンと覚えてたな?
って言ってもお前さんのアタマが、そう簡単にホイホイと物事を忘れるようなお飾りじゃないってことくらいは判ってたけどよ」
爽やかにカラカラと笑ったシュウは再び表情を引き締め、陽向へと続きを説くのであった。
「とにかく……そいつらを動かすために、例えば――『第○階級で×連勝したら、既定の恩赦を云々』だとか。
『何処何処階級の、誰それを打ち負かすことが出来れば○○』、『××階級で一年滞在することが出来れば』みたいな寸法ってわけよ」
「それは、勿論――個人ごとに設定される目標は、異なっているのであろうな?」
「そりゃ、当然だろ。奴ら犯罪者だって、それぞれ強さが違うんだからな。
中にはアホみたいに強い奴も居るんだから、そんな野郎に簡単な目標設定しちまったら楽にクリアされちまうだろうよ?」
「で――あろうな。解ってはいたものの、ならば幾分安心できるかもな」
「オイオイ、この話聞いてビビったとか言わないよな?」
「まさか――重罪を犯した犯罪者相手だからと言って、手も心構えをも変える気は無い。
私が言っているのは、そんな催しを観覧している一般人たちの話だ」
「――何?」
首を傾げるかのように聞き返すシュウへと、陽向は己が思案をさらりと吐露した。
「つまり、だ――恩赦の中にも、様々な種類があるだろう」
「ん、まぁ……そうだろうな。詳しいコトは、あんまし知らねえけどよ」
「その中に、もしも――何勝したら釈放、などという物が存在すれば、どうなるかは火を見るよりも明らかであろう」
「あー成程ね! ヒナタの言いたいコトが、やっとこさ解ったわ。
要するにアレだろアレ――まかり間違って、ヤバい奴が外に出ることになっちまったら大変だってことが言いたいんだろ?」
「あぁ、その通りだ。
私は月魄の民ではないが、やはり凶悪な犯罪者が世に出てくる可能性は、相当な恐怖なのではないか」
もし――もしも、自分たちが生活を営んでいる場所に、猛獣の如き危険な存在が解き放たれる可能性があるなどと、想像すらしたくないのではないか。
そのような疑問を浮かべた様子を陽向の横顔より察したのか、シュウはそれを軽く笑い飛ばした。
「心配スンナって! こう言っちゃなんだが、今の今まで釈放クラスの恩赦を成し遂げた犯罪者闘士は居ないんだぜ」
「――そうなのか?」
「もっちろん、奴等は腕っぷしの方も中々に凶悪だけどよ――それだけで出られるほど、奴らに対する条件は甘くない」
「それは、やはり……恩赦に届く前に、その命を散らせこの世を去るということか」
「そうだな、大半は滅茶苦茶厳しい対戦カードを組まれて、文字通り見世物になって嬲り殺しよ――ヤバい魔物相手に丸腰とかよ。
無力を晒しながら生きたままに食い殺されるなんてのは、惨いっちゃ酷いかもしれないけど――。
奴等はそういう目に遭わされても仕方ないんじゃねぇの、ってくらいのコトもシャバでしてきてるから……何とも、な」
「ははぁ、成程――」
「後は、明らかにその犯罪者闘士よりも格上の闘士と闘わされて、首を刎ねられるとかってのが関の山だろうな。
其れでも偶に、かなり|イイ処まで行く奴も居るみたいだけど、最終的には闘技場の運営側より無理難題を押し付けられて沈むってよ」
「それでも、足掻き続ける奴は後を絶たない、か……」
「そりゃお前、どんなクズだって助かる可能性があるんならソッチに賭けるに決まってるだろ?
只でさえ奴らは、百戦錬磨の極悪人だ――そんな貪欲な野郎共がせっかくの好機に飛びつかないワケなんかないだろ?」
「どれだけ屍の山を目にしても、どれほどの魂を谷底へと放り投げても」
「最終的には、自分が助かれば関係ないってね――一足先に地獄に落ちた先輩たちの姿は、奴らにとって教訓ではなく攻略情報の一つでしかないのさ」
――そして己自身にとってもな、と。
静かに、陽向は頷いた――依然として、脚を止めることは無い。
そうして、シュウの話を聞いて凡その仕組みを理解した陽向は、先の先へと話題を回帰されたのである。
「その辺りの事情は解った――つまり、『羅刹枠』とはそんな犯罪者闘士に関係しているということだな」
「そういうことだ。死に物狂いで襲い掛かってくる様から取って、『羅刹』の出場する『枠』――皮肉なもんだ」
「しかし一般闘士と比べたら、それも当然のことなのかもしれぬよ。
退くことはおろか、停滞すら許されないのだからな。
無論、そのような輩と相対したところで――私のやることは、微塵も変わらぬがな」
「はははっ、ヒナタはそう言うと思ってたぜ」
でもよ――と。
立ち止まって真剣な表情をしたシュウは、最後に一つだけ――陽向へと紡ぎ出した。
念を押すように、繰り返すように。
「もし、そういう場面に直面した時――奴等相手には、いつも以上に気を付けろよ。
お前なら、何も問題なんてないとは思うけど……一応、な」
朝メシの時間だ――そう言って、シュウは陽向に背を向け下級闘士の宿舎へと踵を返して行った。
立ち止まっていた陽向の首筋に流れる汗は――不安感の発露の如く、冷えていた。
*
「まぁ、そういうことであると、薄々感づいてはいたがな……」
何処か疲れたように吐き出された陽向の台詞は、現在自身の目前へと展開されている事態に対するものである。
例によって例の如く、掲示板に己の対戦相手の名が表記されていない時点で、薄々以上に知覚はしていた。
厄介事の匂い、修羅場の薫り――奈落の灯。
されど、シュウとの会話したその週末に――このような展開に苛まれるとは、流石に陽向も予想だにはしていなかった。
故に故まで故よりも、苦き明晰夢の如き有様である。
墜ちてきそうな鈍色の曇天に、陽向の意気も消沈――などは微塵もしなくとも、快活とまでは世辞にも言えぬ。
離れた場所より淀み来る男――宵を纏った、恰も陰気な亡者の如き佇まいであった。
そして其処へ――おそらくこの世で陰気などという言葉とは一番縁遠いであろう男の声が、この円形の世界へと響き渡った。
『晴れの日は、やりますか――はい、やります。
曇りの日は、どうですか――はい、やります。
それでは、雨の日は……ァァァアアアアアアア闘るってんだろコンチクショウ!
雨だろうが雪だろうが雷だろうが嵐だろうかッ! 年中無休休日返上三千世界の果てまでも――この俺の声が届かない日は無いんだよクソったれがァアアアアア!
さぁ、それではやって参りました――皆さんお待ちかね!
今日は……今日は何とッ! 足を運んだお前ら運が良かったなァ!?
何となんとナントッ! 依りにも依って羅刹枠の始まりだァァアアアアア!
待てないか!? もう待てないってかいやしんぼめッ!
良いぜ――それじゃ、さっそくそんな命知らずの紹介だ!』
実況の台詞に、集まった観客たちはより一層沸き立った。
されど陽向は、開始合図の前にも拘らず、視線の先に存在する男から目を逸らさなかった――逸らすことが、できなかった。
『いよっしゃぁあああああ! まずは、赤星の門より登場したこの男――お前らの中には、知らない奴なんていないよなァ!
糞の中のクソッ! 生きてるよりは死んでる方が世のため人のためってもんだぜ――エェ! 〖死肉屋〗ブルーノさんよォ!?
あんだけ有名になったんだ! あんだけ鬼畜の所業を重ねたんだッ!
この糞虫がとッ捕まったと聞いた時には、国中の人間が祝杯を挙げたほどだろォ!
話題冷めやらぬも可笑しくないぜ! なんたってコイツ――半年前にお縄頂戴したばかりのかの有名な鬼畜殺人犯なんだからよォ!
知ってるだろ! 知ってるだろ? 忘れたなんて言わせねぇぜ!?
女、子供ばかりを狙ったこの男の風上にも置けねぇ変態野郎! ゴミ! クズ! 人類の敵ッ!
こんな野郎は死んで当然ッ! こんなクソは裁かれるが世の常よォ!
そして、今日ッ――コイツの胸は、断罪の矢で貫かれるのさァ!
――俺たちのヒーローの手によってなァ!』
爆音、激震――沸騰する場内。
それは轟きの果てまでも、音波が染み入る様であろう。
陽向は、思考する――何だかんだと、怒涛の如く陽向の脳内へと情報が飛び入って来たわけであるが、己の行うことは何も……何も変わらない、と。
そして続けざまに、実況の狂気が乱舞するのだ。
『イェェエエエエアアアアアアア! 皆さんお前らお待ちかねッ!
リップサーヴィスじゃあなくホントのホントにお待ちかねたぜ色男ォ!
コイツこそ――空の彼方より飛来した、銀の流星さもあらん!
蕩ける緋は何処までも――嗚呼、何処までも尾を伸ばして刻むのか!?
行くぜ皆ッ! 呼ぶぜお前らッ! 気合を入れて称賛しろォオオオオオ!
〖無為の明星〗〖交わる天激〗〖甘き苦悶〗〖億劫の詩〗――呼ぶぜ呼ぶぜ呼ぶぜェエエエエエエエ!
来いよ行こうぜ無限の彼方までッ! コイツこそ、悪意に鉄槌を振り下ろす美麗の裁定者――ヒナタだァァアアアアアア!』
白熱――では、無い。
例えるならば、これぞ灼熱――肌を焼き、魂の鼓動を高揚させるものではあるものの、あくまで危機は無い灼熱。
試合前にも拘らず、頭上より降り注ぐ数多の喝采をその身に浴びながらも――陽向は、視線を前方より離すことは無かった。
そうして、そんな陽向の視線に気が付いたのか――ブルーノと呼ばれた男が、淀んだ瞳で見詰めてきた。
「……なぁ、お宅」
「……何だ」
こんなにも距離が開いているにも拘らず、ねちゃりという音が聞こえてくるかのような粘着く口調で、八千代を待望するかの如く――ブルーノは、陽向へと口を開いた。
その男の口元が泥と糞尿と枯葉が混じった腐葉土のように、黒ずんで見えたのは陽向の錯覚であろうか。
「あと……一回なんだよ」
「何がだ?」
陽向の問いに、ブルーノは答えを示さない。
そして、繰り返す。
「あと……十回なんだよ」
「だから、お前は何を言っているのだ?」
再度たる陽向の問い掛けにも、ブルーノは依然として明瞭な解を吐き出さずにいた。
――三度、繰り返す。
「あと……俺は、百回なんだよ」
「成程――此処において、それだけの闘士として試合をこなせば、何らかの恩赦が受けられるというわけか」
ブルーノの紡ぎだす台詞の断片より、予想立てて納得しようとした陽向であったが――それは、大いに間違いであったと言うことを知ることになる。
「くふっ……ぐふっふっぁぇへえふふふ!」
「何が可笑しい? ――お前の笑顔は、あまり魅力的には映らぬよ」
「あと、千回なんだよぉ……」
「……言いたいことがあるのならば、明確に明瞭に具体的に端的に適切に纏めた上で、口に出してくれないだろうか?
私もあまり、暇ではないのでな――と言うよりも、先程よりその数、増えてやしないか……」
鬱蒼と生い茂る麹塵に染めて、ブルーノは確信を吐き出した。
それは宛ら、無辜であった。
「足りない……足りない……足りないんだよぉおおおおお!
何人殺しても、何人犯しても……何人、食べても……」
「…………」
「初めは、一回で止めようと思った……。
次は、十人で止めようと、思った。
それで、百人を目指したけど……捕まった。
これじゃあ、もう殺せない。もう犯せない。もう……食べられない。
なぁ……くれよ? 俺に……くれよ! 俺を満たしてくれよ!
此処から出して、ヤらしてくれよぉおおおおおおおおお!
来る日も来る日も、男の相手ばっかなんてもうウンザリ、だ。
あの目を……そう! 怯えた、怯えて鈍色を帯びた瞳をくれよ!
震える吐息を舐り廻すような、死肉の中にテメェをブチ込むあの感覚を!
甘さを、柔らかさを、儚さを贈れよォオオオオオオオ――!」
慟哭、嘆き、絶叫――陽向の耳朶を叩くのは、不快感だけである。
故に、陽向は切り捨てるのだ。
「――知らぬ」
「ぁ……?」
「貴様の事など知らぬ、貴様の癖など知らぬ、貴様の存在意義など知りたくも無いわ」
「ぇへっ、へへへえうぇへへへへぇ……お宅も俺が、イカれた変態だって言うんだろ?」
予定調和とでも言わんばかりに歪んだ笑みで問い返すブルーノへと、陽向は晏然とした口調のままで言の葉を吹き付けた。
「どうでも良い――」
「へふぃ……?」
「貴様がイカれていようと、女子供ばかり貪り殺した外道であろうと――今の私には、何の関係も無い。
何の――関心も湧かない」
「ぐひっ?」
「貴様の罪を裁くのは、私の役目ではない。
貴様の被害者を弔うのも、私の仕事ではない――とは言え、其方の方は冥福を祈ることくらいは出来るかもしれぬがな。
――貴様は、大層な事件を起こしたそうだな?」
「ぅぃいいひひっ! そ、そうだぜ! 俺は……」
「あぁ、もう結構。私は貴様に、まるで興味が無いんだ」
まるで氷花の如き閑雅の様で吐き出す陽向を前にして、その氷塵染みた視線を受けたブルーノは――先の淀みとは裏腹に、確固たる動揺を曝け出す。
「……ッ! やへッ! そ、その、そそそそそそのそのそのその眼を止めろォオオオオオオオオ!」
「…………」
「ヤヘヘヘヘヤッ! やめやめ、ぁ……止めろって言ってんだろォオオオオ!
見るなァ! その眼で俺を見るんじゃネェエエエエエ!」
「貴様の起こした残虐な事件の数々は、それなりの認知度を抱えているのかもしれぬがな――きっと貴様自身には、誰も関心などは持っておらぬよ」
「な、何を言って……」
「……時間が惜しい。そろそろ、片付けるか」
「っふぉぃいいいいいいああぁぁぁああああ! 俺をッ! 俺を見ろッ!
俺を見つめろッ! 俺に怯えて、俺を認識しろォオオオオオオオ!」
「見るなと言ったり見ろと言ったり……全く以って、我儘な奴だな。
この世界は何から何まで貴様の思い通りには、動きはしないのだぞ。
その歳になって、まだこの程度の基本的な事すらも理解していなかったのか?」
頑なに視線の誘導を促すブルーノであるが、それは陽向の知ったことではない。
陽向としては、これ以上このような茶番に付き合う気など無いと――会場の何処かに存在しているであろう、実況者の彼へと呼びかける。
「進行係――そろそろ開始の合図を貰えないだろうか? 今日は友人と食事の約束を交わしているのだよ」
「むっむうむむむむむぅつむ無視してんじゃねェエエエエエ!
お前の――今、此処でお前が見るべき相手はッ! この俺だけぉおおおおおお!」
「あぁ……貴様のことが、まだあったな。さっさと来い――」
「や、へっ! やややっっと俺の事を見……」
「――そして、沈め。誰にも抱かれること無く、朽ち果てよ」
そうして、陽向の纏う空気が変質した。変貌した。変状した。
未だブルーノは、錯乱と共に何やら陽向へと喚き散らしているようであるが――既に、どうでも良い。
陽向は、己の内なる者へと問い掛けた。
「――首尾はどうだ?」
〖コンディション――オールグリーン。一片たりとも問題は生じておりません――私の苛烈なご主人様〗
「それでは、始めてくれ」
〖承知致しました――本日のメニューは、如何為さいますか?〗
「そうだな……しっかりこんがり、遺恨も残らぬほどに――念入りに、な」
〖オーダー――承りました〗
そうして、開始の合図は――叩き落とされた。
「ぅぅぅううあうァァアアアアアアアアアアアアアアア!」
先手はあちら――見ていた誰もが、そう感じたに違いない。
ブルーノが叫ぶと同時に、陽向の足下からは幾多の腕が生え広がる。
それが何らかの魔法スキルに依るものである、と言うことくらいは陽向にも理解できるが――塵の凝縮か、はたまた地の変貌か。
――関心は、無い。
故に、陽向は唄うのだ――己が変身の為だけに。
「真言譲受、侵攻神劫――。
さりとて、さりとて――己が希望の、絶栄極みて。
天の甲より、泰の傍ら」
〖システム進行――熱量充填中〗
「煌めけ彩華――満天回顧。
色めけ綺羅星――乳白輪廻」
〖プログラム同時進行中――処理速度向上〗
「纏え纏えし、戴山演戯。
出でよ【クールマ】――第二の顕現、神の権現!」
〖第二権現――超動、致します〗
陽向の右腕に全身の魔力が凝縮して往く――それは何処までも、純然たる白銀に満ちていた。
メイスは、ガントレットの如く癒着する。
「キヒィ……!」
遠くで――何処か遠くで、試合相手である誰かの声が聞こえた気もするが、陽向には既に関係の無いことである。
そして、陽向の変身は――これだけに止まらなかった。
〖注文はしっかりこんがり、ですよね――私の欲張りなご主人様?〗
「無論、理解しているな――私の愛する従僕」
そして、重ねる――のであった。
歌の共鳴、魂の共振――情熱は、何処までも……あぁ、何処までも響き渡る。
「貴女は姫君、私の姫君――」
〖……えっ? そのような唄でしたか……?〗
「可憐な貴女の唇を、私は常世で舐りたい。
清廉な彼方の微笑みを、私の律動で満たしたい」
〖まぁ、それでも逝けますけれど――〗
「迸る熱情で、私の邪を焼き尽くし。
競り上がる貴女の感傷で、私の魂を蕩けさせ」
〖背後より――遥かな後方より、莫大な熱量を感知。
現在は打つ手が皆無なので、当事案を無視します〗
「その眼で見て、その舌で食み、その腕で抱き留めて――。
慮らず、曖昧過剰。
【スーリヤ】――日華の君よ、私を甘やかに撫でておくれ!」
〖認証完了――っ!? 限界容量オーバー致します!
解析……不明、不明、不明。原因看破出来ませんでした。
――このまま続行致します。
覚悟は宜しいですか――私の情熱的なご主人様?〗
「無論、この身――模糊の彼方でも」
集中、集約――そして、変換。
陽向の右手へと集まり続ける魔力が、己を融かすほどの熱量へ変貌し――膨れ上がるのだ。
力は鼓動を為して、破壊力から劫火へと変質を遂げた。
陽向の中へと、声が響く。
〖Master――Standby ready ?〗
「GO to heaven !」
――熱量の発露、であった。
陽向の、熱さを持て余した右腕より放たれる其れは――熱線の照射であった。
周囲の害意を一片も許さず、目前の敵意を無為に帰す。
――辺りに静寂が戻った時には、舞台の上には陽向だけが存在していた。
陽向だけしか、存在してはいなかった。
元へと戻った、メイスを携えて。
〖Beautiful!〗
「So-so」
何処かで、陽向へと微笑む――女神の声が、聞こえたような気がした。
〖されど――あの文言は、流石に如何かと想います〗
「得体の知れないプレッシャーを感じたのだから、仕方ないだろう……」
言わぬが、花――秘め事は、心の中へ。
*
☞ 戦闘に勝利しました。ステータスが上昇致します。
┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━
【力】33 → 66
【技】33 → 66
【耐】33 → 66
【体】33 → 66
【魔】33 → 66
【精】33 → 66
【知】33 → 66
【速】33 → 66
【運】33 → 66
┗
☞ アビリティは、しばらく据え置きです。
┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━
【三蔵】
環境適応性、知識・技術の吸収率、自己の成長性、
スキル・アビリティの発現率が極めて高い。
【四諦】
捻じ曲げ有られた運命は、好機と災禍を引き寄せる。
【毘紐天】
其れは柱、偉大なる柱。
世界の姿を維持し、反映させる――大いなる柱。
それは、超常の権現の力を纏う。
【九曜の理】
導く九つの可能性が、真価へと誘う。
┗
☞ 戦闘勝利により、新たなスキルが発します。
┏〖 ひなた の すきる 〗━
【ラーマ】
毘紐天、第七の権現――とある叙事詩の主人公。
それは薔薇色の、緋い瞳を持つ偉大なる英雄を纏うに等しい。
己の闘う意志を、確固たる力へと変化させる。
【クールマ】
毘紐天、第二の権現――神をも助けた神秘の亀。
乳海攪拌の際に大蛇をも引き回したそれは、
恰も力強さの具現である。
己の持ち得る魔力を、物理手段に用いる力へと変換する。
NEW!【パラシュラーマ】
毘紐天、第六の権現――その意は、己を持つラーマ。
彼の者は、純然たるアヨーディヤーの王。
己が残滓を、斬死に換える。
【スーリヤ】
九曜の一――其れは、紛れも無く太陽の神。
熱情は、熱量へと変貌を遂げる。
もぅ、いきなり激しく使うだなんて――強引なんだからっ☆
NEW!【マンガラ】
九曜の一――其れは、恰も火星の神。
己が意識を、超速へと変貌させる。
┗
☞ リザルトを終了致します。




