第十九話 開闢
信用とは、ほんの少しの衝撃と理不尽な凪にいとも容易く崩れ去る――そう、例えるのであれば、砂城のようなものである。
積み上げるには細心の注意と多大な労力を要求し、ふと気を抜けば波の前にも消失するのだ。
一度崩れ去ったものは、決して元には戻らない。
――ハンプティ・ダンプティ、塀の上。
――ハンプティ・ダンプティ、墜ちて逝く。
――馬と兵隊、捧げても。
――ハンプティ・ダンプティ、戻らない。
ずんぐり体系の人面卵では無いものの、崩壊後の構成は有り得ないのだ。墜落の後に待っているのは、己が霧散に等しい。
故に、人の身で出来ることなどただ一つ――新たに、信用を築き上げる他無い。
そしてそれは、信用信頼だけには止まらないのである。
詰まる所――この世の中に存在する、全ての事物に関して同じことが言えるのだ。当然、物質としての有無は問わず。
そしてそれを、現在進行気において陽向は実感することとなっていたのだから――。
「ヒャハハハハッ! 俺は本当に運がいいぜ! 何たって、今のテメェを殺れるんだからよォ!」
陽向の視界の先で踏ん反り返る男が――馬鹿笑いを続けながら、そう言った。
円形の舞台、血潮の戦場、堕落のステージ。
降り注ぐ人光、溢れる騒音――此処こそが、陽向たち中級闘士にとっての紛うこと無き闘技の場であった。
はてさて陽向も決して自惚れるわけではないが、今この時よりまで常勝無敗を誇る己を前にしても――あの耳障りな笑い声を響かせる男は、目障りなほどに余裕綽々であろう。
しかしながら、陽向にはそんな彼の自身の源を理解していた。
心底知能指数の低そうなほどに粗野な佇まいの男が、離れて立つ陽向へと会心の笑みを浮かべて叫ぶのだ。
――正しく、この闘技場全域へと轟かせんとばかりに大口を開けて。
「聞いたぜ! 聴いたぜ! 訊いちまったんだからよォオオオオ! テメェは前回の試合の後――完全に力が無くなっちまったってことをよォ! だからァ――今のテメェは何の取り得も無いただのお坊ちゃんだってことだぜェ!? ヒハッ! ヒャハハハハ!」
大声を上げて嘲笑い続ける男の言葉に、ざわめきを増す人、人、人――会場内の観客たち。
されど、それも無理のないことであろうと、陽向は静かに思案していた。
そう、『新進気鋭』『強靭無比』『期待のルーキー』――陽向を称えるそのような呼び声も、今は昔。
この陽向の前で無駄に踏ん反り返る男が、何処でその情報を仕入れたのかは知らないが――現在、中級闘士の間でも陽向のそれは、実しやかに囁かれていた噂であると言うことも知っていた。
とは言え、情報の流出口など陽向にも容易に想像することができる。
まず、先週の陽向とネロによる試合の最後の光景を目撃しての予測――あの直接的な状況より推測するにしては、情報が不確定すぎるであろう。
陽向自身も専門ではない為に確かなことは言えないが、呪詛に特化している者か――もしくは、リュミエールクラスでも無い限り、見抜くことは難しいと推測することができる。
多少なりともこの階級において、陽向も情報収集を怠っていたわけでもないが、陽向の間近に呪詛特化の闘士が居るなどと耳にしたことは皆無である。
そもそも、呪詛自体が闘士という職種としては非常に使い勝手の悪いものであるようなので、小耳に挟める程度に流れ来る上級闘士においても、そうそういるモノでは無いと見ても間違いないであろう。
故に――今更蒸し返すことでも無いが、そう考えるとやはりネロは狂っていた。
次に、医務室で陽向へと直接迫ったリュミエール、そして目の前でそれを聞いていたシュウたちの詮であるが――皆無、である。
その筋に関して、陽向は自信を持って、確信を抱いて声高に主張することが出来る。
リュミエールは、そんなことをわざわざするほど暇でもないだろう。陽向自身、己が言うのも何であるが、彼女が此方の評判を落とす真似をする訳が無い。
そしてシュウ、エルネストにバレット――人の弱体を言い回るほど、彼らの根性は捻子曲がっておらず、そのような事態に陥るほど陽向も彼等との間に安っぽい関係を強いてきたつもりも毛頭無い。
つまり、此方の詮も有り得ないのだ。
となると、残る可能性は――あの日あの時、リュミエールがその事実を開陳した時に、同じく医務室内で聞き耳を立てていた者に依る結果。
それが、此度の真相における最有力候補であろう。大方、その誰かがご丁寧に階級中に言いふらして回ったに違いない。
そう考えると、今週の周辺階級闘士に依る陽向への態度も頷ける。
陽向が第五階級へと昇級した後、リュミエールとの|アレ――そして何より、魔物相手であろうが人間相手であろうとも、確固たる戦績を修めていた陽向に対して初日以来の舐めた態度をとる者は存在していなかった。
しかしながら、それがどうしたことであろうか。今週において、流石に規律により直接的に害する輩は存在しない者の――食堂で、訓練場で、廊下で擦れ違った際に、陽向に対して怯えも見せずに嘲笑や雑言を容易く浴びせる者が、一定数存在していたことも考えると……。
その詮で、ほぼ確定であろう。
人間というものは、中々にして度し難いもので――ある内は、尻尾を振って媚び諂うが、無くなった瞬間には、掌返して喰らい付くのだ。
そして闘士という生物の世界においては、全てが全てで無いにしろ――その傾向も顕著に表れるのだ。
それは力というモノを、価値観の最上級として捉える世界だからなのかもしれない。
故に、今の陽向は――大多数の彼等から見て、最下級にも等しい存在として、その目に映っているのだろう。その、濁り切った瞳の中に。
「どうしたどうしたどうしたヒナタチャンよォ!? いつもの威勢はどうしたってんだァ!」
「…………」
「ダンマリたァ寂しいぜェ! ビビって何も言えないってかァ!?」
「…………」
「ヒヒッ! コイツは殴りごたえがありそうだなァ! テメェが泣いて謝って、俺様のケツでも舐めたら許してやることも考えといてやるぜェ?」
男は陽向を、完全に見下し、嘲り、弄るつもりであるという。
されど、陽向は決して口を開くことは無い――今の陽向の言葉には、確固たる重みが存在していないからである。
陽向は今、吠えても無為。
陽向が今、弁解した処で透過し逝くだけである。
よって、陽向に行えることは――ただ、一つ。
視線の先で口元を歪めながら余裕をかます男へと、陽向も己の口端を薄く吊り上げ、左手を伸ばし、掌を上に向け――指をちょい、と動かした。
「御託は不要――さっさとかかって来い」
「……あ゛? テメェ、自分の立場解ってんのか?」
一変――ヘラヘラと笑う男の表情が、一変した。
挑発し、嘲笑し、雑言を浴びせても尚。表情を欠片も変えぬどころか、逆に挑発する陽向に――男は、青筋を浮かべて口を引き攣らせていた。
相手を馬鹿にするつもりが、逆に莫迦にされ返したのであるから、溜まらぬものであろう。
陽向としても、この程度の輩の相手をしてやる気などは更々無い。
男は、叫ぶ――それは、おそらく捕食対象に嘲られたとでも、受け取ったのであろう。
「粋ってんじゃねェぞヒナタァ!」
「ふぅん――私は普段と、何も変わらぬよ」
「ッザッケんなよォオオ! その余裕もどうせ上っ面のモンだってのは割れてんだよォヒナタァ!」
「お前がどう感じようが私にとっては、関係無いが――一つだけ言わせてもらっても構わないだろうか?」
「あ゛!? んだコラ!?」
「――お前、口が臭いな。是だけ距離があるにも拘らず、お前の腐った口臭は容易く此方まで届いて来るぞ。野蛮人には、人としての最低限のエチケットも存在し得ないのか?」
一時、真剣な表情を作った後――陽向は、わざと薄ら笑いを浮かべて男へと吐き捨てた。
となれば、憤怒の様は容易に想像することができたのだ。
「……ッ゛ァ゛ァ゛ア゛アアアアアコんクソガキがァァアアアアア! 殺す! 殺す! テメェは弄って殺しても一度弄ってやるぜェェエエエ!」
「口を閉じろドサンピン――全く以って、腐臭がきつくて敵わん」
「ブッゴロス! テメェは許さねェ!」
「ふむ……許さなければ、私をどうすると言うのだね?」
「決まってらァ! テメェの顔面を散々っぱらぶっ壊してやるに決まってんだろォオオオオ!」
「成程、理解した。お前の口臭は、救い難いほどに迷惑千万だということを――そろそろ防護マスクが、欲しくなってきたな」
「ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア!」
容易い――全く以って容易かった。
この程度の挑発を返されたくらいで発狂するなど、大人の男としては我慢が足りないのではなかろうかと、陽向は溜息を吐いた。
血走った眼、剥き出しの牙――陽向の対戦相手は、既に臨戦状態である。
となれば、話は早い――陽向も只、構えるだけだ。
「ナメてられんのも今の内だァ! 無力なテメェを好き放題に嬲り殺して白星が貰えるなんざ、俺は本当に運が良いぜェ!」
「そうか」
「こんな大勢の前で大恥を掻くんだ! 気分はどうだァ、王子サマよォ!?」
「そうか」
「そして俺は、テメェをぶっ殺したことで株も爆上げよォ! それはどんな気分だって聞いてんだよォオオオオ!」
「そうか――茶番は済んだか?」
「――死ねッ!」
そうして、死合開始のゴングが鳴った。
――それほど大柄ではないにも拘らず、陽向の対戦相手は巨大な鎚を振り上げながら、陽向へ向かい猛スピードで突っ込んでくるつもりであろう。それは身体強化に依るものか。
されど、此処に来ても――陽向の行うべきことは、何一つとして変わらないのだ。
己の前に立ち塞がる敵を薙ぎ倒し、屠るだけである。
それは――今までの力が無くとも、変わりは無い。
「それでは――始めようか」
〖初期設定を行います……三、二、一――設定完了。
お早う御座います、ご機嫌麗しゅう――私の素敵なご主人様〗
陽向の小さな呟きに、何処からともなく答える声が一つ。
其れは外に非ず、されど中にも非ず。
故に其れは、陽向の認識範疇外に存在するものであり――同時に、陽向自身でもあったのかもしれない。
兎にも角にも、今は命の削り合い真っ最中。しかしながらこのような不確定な存在を放置、無視するわけにもゆかない。
よって陽向は、即座に問い掛ける。
「提督、ね――君は何だ?」
〖運命と言う名の下に無限に広がる大海を、自身と言う船を操り切り開く者――それが、提督たる貴方様。
私は貴方、貴方は私――敢えて言語において表現するのであれば、私は貴方様の中に眠る可能性の一端に御座います〗
されど、陽向の返答へと返ってくるものは、要領を得ない浮草の言のみ。
故に考えるのは後、と言わんばかりに陽向が動こうとしたところで――其れから、提言がなされたのだ。
〖ご主人様――まずはご自身の可能性を顕現させ、直ちに目の前の敵を殲滅することを推奨致します〗
「ふむ、そして……その具体的な方法は?」
〖意志を――闘う意志を、強く持って下さいませ〗
「意志、だと……? それくらい、私は初めから持っている」
〖――いいえご主人様。
貴方様のそれは自身の前に立ち塞がる障害の排除、もしくは降り掛かる火の粉を振り払う所作に過ぎません〗
「火の粉と言うには些か大きすぎる気もしないでもないが、それと君の言う意志とやらはどう違うと言うのだ」
〖欲しいものは、戦う意志。必要なものは、闘う意思。
認識を変更して下さい、知覚を変容させて下さい、理解を確立させて下さいませ。
さすれば、貴方様の求める力も覚醒することでしょう〗
「――成程。つまりは、こういうことか――やらされているでは無く、自分でやるということであろう?」
〖満点です――私の美麗なご主人様〗
ならば、と――陽向は、前を見据えるのだ。
徐々に迫り来る、巨大なハンマーを構えて走る男へと――。
陽向の口より、自然と神秘の祝詞が零れ落ちる。
「――私は、赫。
――私は、白銀。
――私は、紛うこと無き緋色の瞳を持つ者也」
〖システム起動――プログラム進行中〗
「称えよ、抉れ――悪鬼を滅せよ。
唄え、集え――我が手は悪滅の鎚と成りて。
単に其れは――白銀を纏う、魂の権現」
〖制限解除――承認〗
「纏えよ外皮、目覚めよ【ラーマ】――此度、即ち第七英雄叙事詩の顕現ぞ!」
〖第七権現――超動、致します〗
――世界が銀色に満たされる。
――空間が、ただ一人の感触で荒れ狂う。
〖Master――Are you ready ?〗
「Let`s rock !!」
そして、その中に――朱い、紅い、何処までも緋い核熱だけが存在していた。
陽向に生じたのは、紛れも無いまでの――集約。
力が、熱量が、魂の凝縮が並行される。
拳を握り、己のメイスに有らん限りの力を籠める。
そうして、陽向は玲瓏と共に――突破した。
――突破した。
〖Fantastic!〗
「Agrre――」
そして――突破した。
「……ぁ゛?」
初めに陽向の耳へと届いたのは、対戦相手である男の声であった。
陽向が振り返った先。声へと向かい、己の背後へと視線を送ると――其処に居たのは右上半身を綺麗に消失させた、男の姿であった。
前衛的な近代芸術の如く、そのアンバランスな形状となった身体を抱えたままの――棒立ちであった。
もう、動かない。動けない。
『…………』
次に陽向の耳へと聞こえ来るのは、観衆よりの深閑である。
試合開始前に賑わっていた、男の言葉を聞いた後の不安、嘲笑、期待等等――この広い会場の中で、今は陽向へと一切聞こえて来ない。
よもや彼等は、呼吸すらも忘れたかのようであった。
――そして、やはりと言うべきか。
陽向の耳へと届いた声は、彼に依るものであった。
『――うぉぉぉおおおおおおおお! 何だなんだよ何なんだよォ! やっぱオマエってば最高にクールじゃねぇか! んもうっ! やっぱり開始前のソイツの言葉は、全く以って全部まるっとウソっぱちだったんじゃねーか! 何処で仕入れた情報か知らないが、本当に実力だけじゃなくてそっちの方までいいかげんな野郎だったなその奇怪なオブジェ野郎! 判ってたよ!? 俺は勿論解ってたんだぜ! ヒナタ、オマエの力が衰えたなんてハナシが間違いだってことはよ! それどころか、相も変わらず今日も今日とて新技を見せてくれるなんざ、何たる意趣返しだぜ! 白銀のオウラ! 煌めく衣を纏いて輝くその姿! ご自慢のメイスは何処へ行ったかと思えば、その右腕に融合するってェ有様よ! コイツは一体どんなカラクリだってんだ! いずれにせよ、くっだらねぇ与太話に付き合わされたこっちの身にもなれってんだよなぁオイ! か、勘違いするんじゃねぇぞ! 別に心配してたわけじゃないんだからなっ! 会場の皆も、えぇそうだろ!?』
轟く轟音、降り注ぐ喝采――其れは全て、勝者である陽向へと与えられたものである。
されど、勝利の雄叫びをも上げること無く――陽向の思考は、駆け巡っていた。
先の瞬間、陽向の身体へと超常のエネルギーが流入し、己は銀の衣を纏っていた。
愛用のメイスは右手の先へと溶け逝き、拳を振り上げ貫くが如き様で――男の胸を抉り取っていた。
そうして、要件は終了したと言わんばかりに変身は解け、メイスも元の手の中へと帰還していたのである。
「――自分の意志で、闘う……か」
〖左様で御座います――ご主人様〗
独り言へをも律儀に返答を行う声へと、陽向は小さく苦笑する。
そうして最後まで、対戦相手の男の名を陽向は忘れたままであった。
*
☞ 戦闘に勝利しました。ステータスが上昇致します。
┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━
【力】3 → 33
【技】3 → 33
【耐】33
【体】3 → 33
【魔】3 → 33
【精】33
【知】3 → 33
【速】3 → 33
【運】33
┗
☞ ステータスの上昇に伴い、新規アビリティが発現します。
┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━
【三蔵】
環境適応性、知識・技術の吸収率、自己の成長性、
スキル・アビリティの発現率が極めて高い。
【四諦】
捻じ曲げ有られた運命は、好機と災禍を引き寄せる。
【毘紐天】
其れは柱、偉大なる柱。
世界の姿を維持し、反映させる――大いなる柱。
それは、超常の権現の力を纏う。
NEW!【九曜の理】
導く九つの可能性が、真価へと誘う。
┗
☞ 新規アビリティの習得により、スキルが発生します。
┏〖 ひなた の すきる 〗━
【ラーマ】
毘紐天、第七の権現――とある叙事詩の主人公。
それは薔薇色の、緋い瞳を持つ偉大なる英雄を纏うに等しい。
己の闘う意志を、確固たる力へと変化させる。
【クールマ】
毘紐天、第二の権現――神をも助けた神秘の亀。
乳海攪拌の際に大蛇をも引き回したそれは、
恰も力強さの具現である。
己の持ち得る魔力を、物理手段に用いる力へと変換する。
NEW!【スーリヤ】
九曜の一――其れは、紛れも無く太陽の神。
太陽の!
熱情は、熱量へと変貌を遂げる。
――えへへっ、また来ちゃった☆
┗
☞ リザルトを終了致します。




