第十二話 灼熱に踊れ
この――前という時間に生じる感覚は、毎度変わらない。
ペーパーテストの前。
進路指導室に呼び出される前。
ガンシューティングゲームの最終ステージ前。
初デートの前、などなど。
事態の大小重要度に違いはあれど、何かが始める――始まる前には、其処に流れる時間は得てして独特のものとなる。
当然それには個人差が有り、シチュエーション毎に異なるものだ。
しかしながら其処には、間違い無く確固たる揺らぎが存在していた。
他者の事などは知らぬとも、陽向にとっては――その感覚が、常に有り得るものであったのだから。
――神経がうねる。
――血液が激流を為す。
――筋肉が隆起する。
――鼓動が猛る。
されど――思考は、著しく冷却を貫いていた。
地底で蠢く溶岩流の如き胎動を求めて止まない肉体を余所に、陽向の心は霜夜の様に等しい。
それはまるで――予めプログラミングされた既定の動作を繰り返すだけの機械の姿見、さもあらん。
しかし其処には、紛れも無く陽向という一人格が存在し、自身の魂の脈動による証明は確立される。
故に陽向は、歩みを進める。
薄暗く――通り行く者の頭に迷霧を吹き付けるかのように錯覚させる、この石造りの通路を通るのも既に五度目。
障翳の中の道標と成るべくか――等間隔で浮遊するかの姿で設置されたボンヤリとした光源は、宛ら栄華への金光であろうか。
はたまた妖しく揺蕩う清光は、得てして底無し沼へと誘う悪意の鬼火か。
その真意は――これから決定するのである。
――栄光か、墜落か。
それを決めるのは、是より戦場へ降り立つ、陽向の腕一本に掛かっている。
長い通路の終着へと辿り着いた、陽向の目の前で――蒼い門が開く。
この度の戦場は、陽向にとっても久々の日中――光輝照るお天道様の下で開かれる。
熱気の流入が陽向の肌を焼き、肺を満たし、網膜を引き締め――芯へと突き刺さるのだ。
一歩――陽向が己の戦場へと足を踏み入れた瞬間に、会場中の視線が集約する。
それは、稀代の英傑を期待する眼差しか――それとも、目障りな白虫が潰され様を睥睨するのか。
いずれにせよ、既に陽向には退くという選択肢は存在しない――存在し得なかった。
『それじゃ野郎共……次の死合だァ!』
陽向の耳へと――。
そして会場へと響き渡る声は、例によって例の如く――この度し難い地獄の窯の中で繰り広げられる、生命の奪取を面白可笑しく実況する司会者の声である。
炸裂するマイクパフォーマンスに、観客も一層大盛り上がりである。
毎度毎度、自身の試合時にはこの男が喋繰り廻している――他の司会者は居ないのであろうか、と陽向は疑問を浮かべた。
そんな思案を無関係に、男の口は本日も良好に稼働する。
『こーんな真昼間っから、闘技場なんて不健全なトコにわざわざ来てる暇人共――耳の穴かっぽじってよぉぉおく聞け! 青星の門から登場したこの男ッ! お前らもバッチし知ってるよなァ!? この期に及んで知らねえとは言わせねぇぜ! 期待の新人と呼ばれたのは、今も昔ィ――驚異の四階級飛ばしを成し遂げて、今じゃとっくに一端以上の闘士だぜ! 誰が呼ぶ人が呼ぶ――俺が呼ぶゥ! そうだお前ら皆サマ御婦人方、ガキんちょジジイにババアもお待ちかね――興奮しすぎてポックリ逝くなよォ! 気の弱ぇえ奴は、今直ぐ目ェ瞑って耳ィ塞いで墓穴掘って埋まってろ! ――なぁにィ!? コイツの怒号は忘却の河をも越えるってか! ソイツぁヤベェよ、お客さん! 一度ヤツに睨まれりゃ、敵は消滅爆発四散――レディはうっとり大洪水だァ! 『美しき殺戮の化身』『幽暗からの使者』『銀光屠殺』『審判の霹靂』『壊貴月蝕』『茜色の大河』――その名もヒナタだァァアアアアア!』
歓迎の歓声、嘲りの罵声――それを陽向は物ともせず。
下級闘士の小競り合いを鑑賞するための闘技場よりも、幾分広く感じられる戦場へと陽向は視線を這わせる。
だだっ広いという会場地形の仕組み自体に、変化は見られない。
闘士の為の戦場自体が拡がったということは、それに伴い周囲を取り囲む観客席の規模も拡張され、収容人数も増大していることだろう。
ただし、陽向にとって――実際にこの場で戦闘行為を繰り広げる闘士たちにとって重要なことは、其れではない。
会場の範囲拡大は、単に観客の収容人数を増やすためだけだとは非常に考え難い。
それは何か、この場所が――道化師が躍るための舞台が、広くなくてはならない理由が存在するに違いない。
そして――そのような陽向の思案は、不幸にも的中する嵌めになってしまった。
『そして今回のヒナタの相手は――なんと人間じゃねぇ!』
不可解な司会者の宣言に陽向は考察を打ち切り、訝しげに耳を傾ける。
そういえば、と――ヒナタは、とある事実に気が付いていたのだ。
毎度のパターンからすれば、奴のふざけたマイクパフォーマンスと共に陽向の相手となる闘士の紹介が有るはずなのに、と。
加えて、中級においても次なる対戦は然るべき場所に掲載されるというにも拘らず、今週陽向の相手に関する情報は伏せられていたのである。これでは勘繰るな、警戒するなという方が無理であろう。
そして、実況者から発せられたこの言葉――確定である。
以前より陽向は、新人闘士の時に行ったルームメイトたちとの雑談の中や、周囲より聞こえ来る情報により耳にしたことはあった――魔物相手に繰り広げる、大立ち回りだ。
魔物と相対しての見世物になるということ自体は兎も角――陽向としても、まさか昇級直後に人間以外の生物と殺し合いをさせられることになるとは思ってもいなかった。
そもそも陽向としても、この世界に墜とされてから魔物の存在は知識として理解していたが、戦闘行為はおろか――直接目で見たことはないのだ。
新人時でも観覧可能であった下級闘士の試合にも、陽向は数度足を運んだこともあったが、その中では一度も魔物が登場することも無く――プログラム自体も、其処では決して組まれることはなかった。
都市の外――その周辺で遭遇することがある程度の魔物では、下級とは言えある程度場数を踏んで鍛えられた闘士の相手には及ばず、わざわざ見世物にする程のものでもない。
それは人間の生活圏に存在することによって、有害となる野生動物のようなものである――そのようなただの害獣駆除にも等しい作業を見せたとこで、観客は沸かず需要もほとんどないだろう。
しかしながらそれとは逆に、一定以上の力を有した魔物が相手では少しばかり鍛えただけの人間では、生きた餌にしか成り得ない。
確かに無力な人間が凶悪な魔物に凌辱され、生きながらに腸を引きずり出される様へと嬉々として齧り付く輩も存在するであろうが――曲がりなりにも、性別人種身分年齢制限無しで観覧可能な健全な娯楽を提供するということを謳い文句にしているらしきこの闘技場においては、その手の催しは滅多に行われることが無いと言われている。
とは言え陽向としても、このような見世物の当事者となってしまえば、心の準備も何もあったものではない。
陽向がそのような思考を張り巡らせている間にも、事態は滞り無く進行して往く。
『それじゃ、警備班――観客席への防壁はキチンと張れよ? 門もきっちり閉めて、バリアで覆っておくんだぜ――忘れましたじゃすまされねェ! 最前列のお前らも、勢い余って身を乗り出すなよ!』
その台詞を皮切りに、陽向の周囲へ聳える観客席の全面と遥か頭上へと――刹那、煌めく彩光が覆い被さる。
七色に輝く虹の薄膜は、瞬く間に輝きを失い、無色透明の防壁へと姿を変えた。
――そして、変容する戦場。
青星の門前へと立つ、陽向の対極へと展開される――鈍い光を放つ、二藍の巨大な図形。
これまた陽向は初めて目にするが、それは人ならざる存在を召喚する――魔法陣と呼称されるシステムであった。
そうして、それより湧き出る異形の腕、腕、腕――散り散りに生まれ出ずるそれ。
紫黒の腕の指先逆――肘より盛り上がった巨大な眼球が、一斉に陽向へと不快な視線を飛ばし来る。奴等の掌には、これまた巨大な口が付いている。
それが、一、二、三……数えるだけで、嫌になるほど湧き出るのだ。
それを見て、観客より一層の興奮が湧き上がる。
されど――そのあまりに異様な生物を見た陽向の脳裏には、不快感と幾多の疑問が浮かび上がった。
あの見たことも聞いたことも無いモノは、一体何であろうか、と。
そんな陽向の疑問を汲み取ったのか、実況は丁度良く情報を吐き出す。
『おぉっとォ! 魔法陣より今回登場した魔物は、なんと〖顔面潰し〗の集団だァ! コイツの性質は、至極単純明快理解可能――このキモチ悪ィクソったれ化け物は、畏れ多くもあのデカイ手で人間サマの顔に掴みかかって、そのまま凶悪なまでの怪力で――頭蓋骨を握り潰しちまうんだぜェェェエエ! そんでもって、掌に付いたデッカイ口でモグモグとくらァ! ヒャッハーッ! どうだヒナタァ――怖気付いたか!? この麗しの優男に嫉妬の限りを燃やし尽くすモテない野郎共! 今日はそんなうっぷんを晴らすことができるかもしれねぇなァオイ!? ヒナタァ、コレでオマエも顔面崩壊ブサイクの仲間入りだなァ!』
失礼千万、陽向の恐怖を煽るような文句を放って――実況は、会場を焚き付ける。
男共からは、爆音染みた歓声。
女性陣よりは、空間を引き裂かれんばかりの悲鳴。
趣向の異なる狂騒の合唱は、闘技場と言う名の舞台をより一層盛り上げる。
されど、陽向にとっては――それも些事に等しい。
自身の前に立ち塞がった障害を、以前と同じく淡々と排除することに努めるだけである。
今も尚、遮断された魔法陣の中では異形の腕たち――顔面潰しが蠢いている。地より浮かび上がった陣より発せられる透き通る紫の壁を、凶悪な指先で掻き毟り続けているのだ。
陽向にとっても、その光景は悍ましくもあり――同時に壁でもあった。
奴らがどれほどの脅威を内包しているかも依然として不明であるが、この程度の階級に宛がわれる魔物すらも退けられないようでは、この先陽向の進む道も無いに等しい。
故に――行うことは、只一つ。
『さァて――観客のお前らと同じぐらい、あの化け物共も待てないってよォ! まぁ待て待て――落ち着けってば野郎共! 我慢の無い奴は、女性に嫌われるぜ!? ――よォし! いいね!? いいな!? もう逝っちゃうぜェ!? ヒャーッ! もう待てねェ限界だァ! そいじゃ、魔法陣――解除ォォオオオオ!』
実況者の嬉々に溢れた絶叫と共に、光を失う魔法陣――そして、火蓋は切って落とされた。
視線を前方へと固定し観察する陽向へと、数多の腕が――己が指を稼働させ、地面を高速で動く地虫の如く迫り来る。
紫色の地平が迫り来る様を髣髴とさせるその姿は、相対するものに多大な嫌悪感を植え付けるものに違いないが、陽向は淀み無く冷静にスキルを起動する。
そして何より、幸いなことに――現在は、日暈拡がる日輪の下であった。
陽向の全身に、無尽蔵とも錯覚するかのような熱量が駆け巡るのだ。
「身に余る愛欲であろうとも、私は飲み乾して魅せるさ――【反照燦爛・亜召呼耶音尊】」
須臾――陽向の体内で、更なる膨大なエネルギーが爆発するのだ。
――迸る熱量。
――絶対的な躍動。
今此処に――比肩する者、存在せず。
既に異形の大群は、陽向の目前まで迫っていた。
潰すため、喰らうため、蹂躙するために陽向へと一斉に飛び掛かるが――その動作すらも、その選択すらも遅かった。
化け物の思考などは人間にはとても理解などは出来ないが、そのときの顔面潰したちは、一体何を考えていたのであろうか――一体、何を想ったのであろうか。
手にした重厚なメイスを後ろへと放り投げた陽向の姿を目にして、何を思うのか。
集った寸前で、陽向もまた――異形の上空へと飛び上がっていたのだから。
それは、圧倒的なまでにブーストの掛かったことにより可能となった芸当に他ならない。
このまま何処までも飛んで行けるかのような錯覚を覚えるが、そのような詰まらぬ思考を振り払い、陽向は詰めを練り上げる。
陽向の目に映る世界は、ゆらりと減速しながら進む。
襲い来る異形も、周囲を取り巻く防壁の先の観客たちの表情すらも。
――改めて、顔面潰したちは何をその内に刻みつけられたと言うのか。
陽向は、王手を撃ち抜いていたのだから。
愛を囁くかのように、悲劇を絶叫するかのように――陽向は、吐き出した。
「灼熱を抱き、飛輪に溶けよ。灰も、塵も、影も残さぬ。彼の者の爛れは、常世の抱擁。燃べ尽きろ――【天照武速・天津陽弧涅命】」
そして――消滅。
それは、審判の光。
それは、断罪の矢。
それは、滅却の焔。
ただ、ただ――消滅という他、表現しようがなかった。
陽向が再び、地に足を付けたときには――戦場に立つ者は、ただ一人。
あれほどの
静まり返る――ただ、静まり返るしかない。
あまりの異様さ故、突然の衝撃故――。
知覚し難い事態、認識し難い結論――誰しもが、言葉を失う。
されど、陽向は背を向け――防護が解除され口を開けた門へと、脚を運ぶのだ。
陽向にとっても――本日の営業は、終了となる。
今は居ぬ異形の徒と、呆然としたまま――それでいて、数秒後には巻き起こすであろう喝采を溜め込む観衆へと向けて、陽向は小さく呟いた。
「金烏を間近で見た感想は、如何だ――私は、御免被りたいな」
幸いにして――誰の耳にも、届かなかった。
*
☞ 戦闘勝利により、ステータスが上昇します。
┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━
【力】25
【技】30
【耐】5
【体】10 → 20
【魔】45 → 55
【精】70 → 80
【知】40 → 50
【速】30 → 40
【運】1
┗
☞ ステータスの上昇に伴い、新規アビリティーが発現します。
┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━
【三蔵】
環境適応性、知識・技術の吸収率、自己の成長性、
スキル・アビリティの発現率が極めて高い。
【阿魔羅識】
自身の性質の成長に伴って、最適なスキル・アビリティに変化する。
【阿羅漢】
何者にも、動じない――何事にも、例外は付き物である。
【陽慾恋利・日凛御殿】
陽が昇る日中、ステータスに莫大なボーナス。
【四諦】
捻じ曲げ有られた運命は、好機と災禍を引き寄せる。
【飛輪の偏愛】
知覚外からの悪意・害意・敵意を含む現象を遮断する。
【成劫】
ステータス変化の際、上下に拘らず幅が大きくなる。
NEW!【虚空蔵】
魔法スキルの威力に、大きなボーナス。
┗
☞ 新規アビリティの習得により、新たなスキルが発生します。
┏〖 ひなた の すきる 〗━
【愛河】自身の魔力を物理エネルギーを有した現象に変換し、操作する。
【天照武速・天津陽弧涅命】
日中のみ、行使可能。
対象を圧倒的な熱量で焼き尽くし――消滅させる。
その灼熱の加護は、最早呪いにも等しいだろう。
【反照燦爛・亜召呼耶音尊】
日中のみ、行使可能。陽が高いほど、効果が高くなる。
自身の全能力を爆発的に上昇させる。
NEW!【鳥之石楠船上・天盗】
その身は鳥、その身は船――何者も届かぬ楠の翼。
短時間のみ、飛行が可能となる。
┗
☞ リザルトを終了します。




