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第十話 貴女は烏、私は蛇

 闘士という職業は、その身が置かれる階級ごとによって受けられる恩恵――待遇に大きな差がある。

 新人という名札が外れた後の、第一階級から第三階級まで――この位置が下級闘士と呼称される範囲である。

 とは言え、第一階級と第三階級では、当然闘技場で戦う者として受けられる福利厚生の内容も異なる。

 第一階級においては、その扱いなどは新人闘士であった頃のそれと何ら変わりは無い。相も変わらずの四人部屋で、一戦ごとに支払わられるファイトマネーの増額も微々たるものだ。

 第二階級へと昇級した後に晴れて二人部屋となり、それは第三階級においても変わらない――個人部屋は、まだ先である。

 ストイックな環境であればあるほど、ハングリー精神が云々というのが闘技場側の方針らしく――より良い待遇・報酬を受けたければ我武者羅に上を目指すべき、とのこと。

 されど自身の身体を張り続け明日の行方も窺い知れない、闘士などという職に就く者たちにそのような気力が有るはずも無く。

 新人という立場をを除けば事実上の最下級であるというこの第一階級には、そのような栄光を夢見て足を踏み入れたは良いものの苛烈な現実に打ちのめされ――上がることも出ることも出来ずに、燻り続けている輩が大半である。

 そのような形で、上の階級上がるに従って過酷さが増して()くために――闘士の階級別の人口分布は、所謂ピラミッド形式となっているということもまた必然であろう。

 しかし其処を抜け出すことが出来れば、徐々に待遇は改善されてゆくこととなるのだ。

 必死に階級上昇を目指して――届かぬ理想に、心が圧し折れる。其処に残るのは、後悔と暗澹(あんたん)だけである。

 第三階級――其処こそ、常人が最大限の努力のみで到達することのできる限界点と言われているとかいないとか。

 兎にも角にも、その最も人が多い激戦区を伸し上った先には――更に苛烈な世界が拡がっているのだ。

 第四階級から第六階級――此処が、俗に言う中級闘士のための踊り場である。

 この中級闘士と呼称される立場を獲得することにより、初めて個人としての所有することが許される空間――一人部屋というプライベートスペースが、貸与されるのだ。

 それに伴い、勝利の際に受け取るファイトマネーも、この辺りからはそれなりの額となってくる。

 ……それが身体を張り、命を賭けるに値する額であるかどうかの判断は、個々人の価値観に委ねられるが。

 そしてこの階級の上にも、順に七、八、九……と続いて行くが――現在の陽向にとって重要なことは、後悔の無いように着実に一歩ずつ地を踏みしめて行くということに他ならない。

 つまり目下の目標は、陽向にとっての次なる階級――第六階級へと昇進することであろう。急がば回れ、とは良く言ったモノである。

 されど、慎重に神経に割き過ぎて、何時までも鈍亀の如き歩みでは――更なる恐ろしい目に遭わされてしまいそうであるということも、決して忘れてはならない。

 彼女(リュミエール)が痺れを切らさずに陽向を待っていられるなどと言う保証は、何処にも無いのだから。

 そのような嫌な予感に多少の悪寒を感じつつも、陽向は食堂へと向かっていた。

 現在は、昼時――丁度陽向も、幾らかの空腹を覚えたところであった。

 一人で食事を摂るよりはシュウたちと共に楽しみたい所だが、著しく階級の違う彼等とは未だ顔を会わせてはいなかった。

 それも致し方ない――下級闘士の訓練場へと足を運べば顔を見ることも出来るだろう、と。

 下級闘士とは、当然場所の異なる――宿舎棟ごとに設立された食堂に赴き、脚を踏み入れる。

 ――途端、陽向へと幾多の視線が突き刺さった。

 其処は、陽向が新人の頃に使用していた食堂よりも明るく開けた空間であったが、陽向へと飛び込む視線の中には様々な感情が滲ませられていた。

 が、その全てを――陽向は無視して歩みを進める。

 値踏み、好奇、威嚇、嘲笑――全てが無為。

 何故ならば――そのどれもが、日輪(リュミエール)の発する熱波の余韻にも劣るためであった。

 気負いは皆無、恐怖も皆無――一瞥にも、値しない。

 されどそのような周囲を歯牙にもかけない態度を面白く思わぬ者もいるようで、トレイの上に昼食を受け取り空いている適当な席へと着いた陽向を――四人の男たちが、取り囲んでいた。

 そのいずれもが、締りの無い顔にだらしのない笑みを浮かべていた。


「ヒャハッ! オイオイオイオイ……コイツぁ何処のお坊ちゃんだ?」

「へへっ、来るとこ間違えてんじゃねぇのか、ん~?」

「此処は俺たち中級闘士がメシを食う場所だぜ?」

「ひょろい場違いなガキは、お家に帰んなァ!」


 この手の輩は――相手にするに、値せず。

 辺りからは興味津々で愉快そうに笑う声から、厄介なのに絡まれたなとでも言わんばかりの同情の視線。

 それでも、陽向は己へと絡んでくる男たちを無視して、黙々と食事を始めた。


「ムシしてんじゃねぇよ、お坊ちゃんよォ~」

「折角、俺たちが話しかけてやってんだ。挨拶の一つくらいあってもいいんじゃねぇかァ」

「……ふむ。昨日より第五階級闘士として昇格したヒナタだ――これで満足か?」

「ナマ言ってんじゃねぇぞ小僧! 俺たちゃ第六階級の闘士だぜ!? ちょいとばかし敬意ってモンが足りてねぇんじゃねぇの!?」

「コイツぁ世間ってモンが、判ってねぇみてぇだな」


 ぐちゃぐちゃごちゃごちゃ――食事時にも拘らず、品性の欠片も見られる寸劇は続く。

 成程――この男たちは中級闘士の中では一番上の第六階級だからこそ、このような横柄な態度を取ることが出来るのか、と陽向は一人頷いた。

 しかし、それは置いといて――此処で出された食事は、以前の食堂で食べた物よりもずっと上等な物であり、陽向としても嬉しいやはり嬉しく感じる。

 食事は人間にとっての基本であるのだから、その満足度で人生における充足感の大半を占めていると言っても過言ではない。

 温かい食事は人に生きるための活力を与え、美味なる物はよりたくさん食べるために、明日を生きる希望の――正に、()なのだ。

 肉の質や分厚さ、スープに用いられる調味料一つ取っても、それは中々に陽向の舌を喜ばせるに値するものであった。

 されど、やはりと言うべきか――この世界に墜ちてから、陽向にとって平穏は己より遥か彼方に遠ざかってしまったものであるようだ。


「スカいてんじゃねぇぞ! このクソガキィ!」


 ――飛び散る料理に、割れる皿。パンと肉は地べたへと落ち、器よりひっくり返されたスープはテーブルの上に大きな水溜りを作り出す。

 嘲笑や暴言に一切の反応を見せないことに痺れを切らした男の一人が、陽向の前に置かれていた食事をトレイごと薙ぎ払ったのだった。

 静まる食堂、集まる視線――されど、誰一人として陽向へと手を差し伸べる者は存在しない。

 それはある意味で、この男たちが如何にこの階級近辺で幅を利かせているのかということの証明でもあった。

 ただし此処までされては、陽向にも黙っているつもりは毛頭無い。

 相手にするのも馬鹿馬鹿しいと、陽向も初めこそ沈黙を貫いていたものの――この手の輩は、一度付け上がらせるとズルズルと絡み続ける。


「あ゛? んだコラ!? やんのかクソガキ!」


 大切な食事時を邪魔されては敵わんとばかりに、一発くれてやろうと立ち上がり振り返った所で――陽向の視界に、それ(・・)は飛び込んできた。

 故に陽向は、男たちへと開きかけていた口を――思わず噤んでしまった。

 何故ならば、陽向の脳裏には、それ(・・)によって数秒後に展開されるであろう惨状が、容易に思い浮かんだためである。

 ――間違いなく、陽向が考え得る限りでの最も宜しくない状況に陥ることであろう、と。

 しかしながら、その惨劇の予感に気が付くのはそれ(・・)視界に捉える陽向だけであり――陽向の様子より自分たちを前にして怖気付いたと勘違いした(・・・・・)男たちは、その空威張りに拍車が掛かる。


「…………」

「どうしたァ? まさか、ビビったんじゃねぇだろうなァ」

「ハッ! なっさけねぇ野郎だぜ! 上等なのは、見てくれだけってかァ!?」

「ブルって声も出ねぇってかオイ!? 何とか言えやコラァ!」

「フヒヒッ! こんなダセぇ野郎が第五階級とはなァ! どんな手を使って此処まで上がって来たかはシラネェがよ! 大方、お偉いさんのナニ(・・)でもしゃぶって――」


 ――瞬間。

 そのような下劣な台詞を吐こうとした男は、己の口と眼窩より――銀朱(ぎんしゅ)の火炎を吐き出した。

 正直なところ、この手の様相は陽向にとっても理解の範疇であった。

 声にならない声を上げながらのた打ち回る一人の男の周囲で、その仲間たちが慌てふためく。


「――!?!!!!??? ア、ガッごっアガアッゴゴっ!」

「オイッ! だ、大丈夫かオイっ!?」

「アボォ! アヅェだずげだ、ダズケベ!」

「なんだ! 何だよコレェ!」

「だ、誰か!? 水だッ! 早く水を持ってこいッ!」


 阿鼻叫喚とは、正にこのこと――陽向の眼下で巡る光景は、等しく最小の下に顕現された地獄の如き様であった。

 そして、それが地の獄であるのなら――其処には、間違いなく裁きの王がいる筈だ。

 ほぅら――その声が、滑り落ちる。


「私の想い人(モノ)に――何をしている?」


 其処には自然に、当然に――太陽の如き女帝が君臨していた。

 食堂に存在する全ての者が、その声に耳を傾けざるを得ない。

 この場の言動の優先権全てが、彼女(・・)の下へと収束する。

 灼熱の存在感を髣髴させ、それと同時に絶対零度の空気をも漂わせる金烏(きんう)の暴君。

 見るのモノ視線を釘付けにし、魂をじりじりと焼き焦がすかのような緊張感を植え付ける。

 そんな彼女が――当たりの惨状には目もくれずに、陽向の下へと笑みを浮かべながら一歩ずつ近づいてくるのだ。


「ヒナタ――昨日ぶりだな」

「これは、ご機嫌麗しゅう――リュミエール様」

「あぁ、ご機嫌さ。私は非常に、ご機嫌だとも――貴様の顔を見たときからな」


 私は瞬時に、胃痛を引き起こしそうだがな――などという感情を、表層へは(おくび)にも出さず。

 獄炎(ごくえん)の内に咲く花のような笑みを浮かべるリュミエールへと、陽向は淡い微笑みを返した。

 幾らなんでも此処までの惨劇は望んでいなかった陽向は、何を思ったのかわざわざ中級闘士の利用する食堂へと足を運んできた――ニトログリセリンの如き危険度を秘めた、気紛れな姫君へと問い掛ける。

 早く帰ってはくれやしないかと、陽向は精一杯の対応を試みる。


「それで――本日はこのような場所に、如何なる御用でしょうか?」

「何――こ、恋人(・・)と共に食事を摂ろうと、脚を運んだまでのことだ……」


 ――?!

 何か、今――とても、認め難い単語を吐き出されたような気がした陽向であった。

 大人の女性然とした魅力を振り撒くリュミエールが、やや頬を紅潮させて――恋する童女のような表情で、上目遣いに陽向を見る。

 陽向の背筋に、先の悪寒など非では無いほどの――一抹の不安が過ぎる。


「はぁ、此方にはリュミエール様の良い人が居られるのでしたか」

「あぁ……私の目の前に、居るではないか」


 リュミエールの潤んだ視線の先に居るのは、陽向である。

 その後、一滴の期待を載せて背後を振り向くが――当然、其処には誰の姿も無い。

 と言うよりも、極力リュミエールの熱を帯びた射線に入らぬようにと、周囲の人間は部屋の脇へと避難済みである――それでも室内より退避しないのは、興味が勝るためであろうか。

 圧倒的な美貌を持ち、圧倒的な存在感を誇る――壮観の第十階級闘士である天日(てんじつ)王女リュミエールの登場に気圧されながらも、その挙動から目を離せないようであるのかもしれない。


「……おや? おやおや――現在、貴女の視線の先には……僭越ながら、私しかいないようですが?」

「意地悪……貴様はそうやって、私を焦らすのだな」


 過度の精神的負荷により、陽向の神経伝達網も焼け焦げそうである。

 こういうときこそ、習得していたアビリティの出番ではないのだろうか。

 しどろもどもになりながらも、陽向は何とか返答を行う。


「いえ……そのようなことは……」

「では、こうしてみても……貴様には、伝わらぬのか?」

「何を……っ!」


 そう言って、己の目の前まで近づいたリュミエールは、陽向の右手を――その白くきめ細やかな両手で掴み、彼女の胸元へと柔らかく運んでいた。

 その顔を最大限に紅潮させて、あまりの事態に言葉を失う陽向へと問い掛ける。


「こ、これで……どうだ?」

「ぁ、え……その……なんと言いましょうか……」


 すごく、大きいです――などと言える空気ではない。

 大きい、柔らかい、埋もれる――以下、説明不要。

 その間にも、怒涛の展開に脳も煮沸寸前である陽向へと続く、リュミエールの攻撃(乙女的アプローチ)は続く。

 ある意味で不似合いな――そして、ある意味ではとてもそのギャップにやられてしまいそうな、小首を傾げるという仕種付で、彼女は問うのだ。


「わ、私の鼓動を……感じるだろう?」


 それは、もう――嫌と言うほどに。

 リュミエールの瞳には、陽向の姿しか映ってはいなかった。

 彼女は、問う。


「貴様は――どうだ?」


 脈拍不全で逝くまでの秒読み段階は、当の昔に過ぎ去っている。

 リュミエールの体温は、陽向の事しか認識していないのかもしれない。

 彼女は、問う。


「私の気持ちを……理解したか?」


 全く以って、理解不能――だが、口にはしない。陽向も此処で、消し炭と成るのは御免被りたいのだから。

 陽向の右手越しに、彼女の乳房の柔らかさを貫くほどの激しい鼓動が伝わってくる。

 陽向は動けない――この鼓動同様に、加速し続ける己の鼓動がリュミエールの鼓動と重なってしまえば、何か恐ろしいことが起きるかのような錯覚を覚えていたのだ。

 されど、それも杞憂に終わる。

 そうして頬を紅潮させたまま陽向より手を離した彼女は、改めて問い掛ける。


「それで……どうだ。そ、その……私と昼食の席を共にしないか?」


 おずおずと聞いて来る彼女を前にして、陽向は幾分の冷静さを取り戻す。

 イレギュラーの連発により、多少自分らしくも無い面も晒してしまったが、女性の誘いを無視するわけにもいかないだろう。

 思う所は多々――山積みなほど存在するが、と。

 陽向は、何とか取り繕った表情を和らげて、リュミエールへと手を差し出した。


「えぇ――それは大層、身に余る光栄に御座います」

「――っ! そ、それじゃあ……!」

「はい――しかし、此処は少々貴女様に相応しくはないでしょう」

「あ、あぁ! そ、それでは、私がいつも利用している場所へ行こう!」

「畏まりました――それでは、お供させて戴きます。お手をどうぞ――私の愛しい姫君」

「ちゃ、ちゃんと貴様がエスコートするのだからなっ!」


 そう言って、陽向へと腕を絡ませるリ戦術核――リュミエールを引き連れて、食堂を後にする。

 陽向としても、現状において色々と勃発してしまった問題はさて……置かなくてはならない。

 何故ならば、是より先に赴くは上級など非では無いであろう程の――紛れもない、戦場(・・)なのだから。

 呆然と見送る食堂内の面々を捨て置き、陽向は柔らかい感触を腕に感じながも――その神経は、凍土の如く強張らせているのであった。

 古来より、人間は太陽という存在を信仰していた――俗に言う、太陽信仰である。

 故に、太陽は()として崇め奉られていたのである。

 このリュミエール――()の名を持つ彼女は、正に太陽であろうか。

 そして太古の神話において、神に目を付けられた人間は、よもや過酷な運命を辿ることとなるのであろうか。

 善悪問わず――神という偉大なる存在より与えられる想いは、人間という矮小な身にとっては、あまりにも重過ぎる。

 ――つまりは、そういうことであった。


        *


 ☞ 外的要因により、ステータスが変化します。


 ┏〖 ひなた の すてぇたす 〗━


  【力】25

  【技】30

  【耐】5

  【体】10

  【魔】40 → 45

  【精】60 → 65

  【知】40

  【速】30

  【運】1


 ┗


 ☞ ステータスの変化及び外的要因に伴い、

   アビリティーが捻じ込ま……変化・発生します。


 ┏〖 ひなた の あびりてぃ 〗━


  【三蔵(さんぞう)

   環境適応性、知識・技術の吸収率、自己の成長性、

   スキル・アビリティの発現率が極めて高い。

  【阿魔羅識(あまら)

   自身の性質の成長に伴って、最適なスキル・アビリティに変化する。

  【阿羅漢(あらかん)

   何者にも、動じない――何事にも、例外は付き物である。

  NEW!【陽慾恋利(ひよくれんり)日凛御殿(リュミエール)

   陽が昇る日中、ステータスに莫大なボーナス。

   赤烏(せきう)の想いが、愛を肥大化させてゆく。

   ヒナターッ! 名前! 名前! アビ名気付いてっ!

   ――Love is over ?

  【四諦(したい)

   捻じ曲げ有られた運命は、好機と災禍を引き寄せる。

   『結婚は人生の墓場』と言う名台詞がある。

   ――時として男は、諦めが肝心だ。

  【飛輪(ひりん)の偏愛】

   知覚外からの悪意・害意・敵意を含む現象を遮断する。

   逃がさないぞっ――ダーリン☆


 ┗


 ☞ 新規アビリティ習得により、新たなスキルが発生します。


 ┏〖 ひなた の すきる 〗━


  【愛河(あいが)】自身の魔力を物理エネルギーを有した現象に変換し、操作する。

  【我空(がくう)】自身の身体能力を一時、飛躍的にUPさせる。

  【天照武速(あまてらすたけはや)天津陽弧涅命(あまつひこねのみこと)

   日中のみ、行使可能。

   対象を圧倒的な熱量で焼き尽くし――消滅させる。

   その灼熱の加護は、最早呪いにも等しいだろう。


 ┗


 ☞ リザルトを終了します。

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