勇者…魔王になる
.
.
.
高い天井に豪華絢爛なシャンデリアが見える。以前王宮で見たものも色褪せるような豪華さ。そして何よりも
「高っ」
ゆうに数十メートルはあろうかと言う高さの天井を持つホールだった。
「あら?起きましたか?そのまま死んだのかと思ったのですが…」
俺がホールを見渡し呆けていると、ドラゴンの娘キサラがホールに荷物を持って入ってきた。
「起きたのなら、早くこれに着替えていただけますか?お嬢様も時間がありませんので。」
そう言って手に持っている荷物を俺に手渡した。
「……あの?ここで着替えるのか?ホールでって…」
「ホール?人間は自分のお部屋をホールと呼ぶのですか?」
「は?」
この凄まじく広大なホールは部屋だった。ありえねーだろ。俺の部屋なんてベッド一つでいっぱいだぞ?この部屋にはベッドどころか……
やめよう。俺のボキャブラリーでは説明もできない。
「早く着替えていただけます?それとも凄っく嫌ですが、お着替えを手伝いますか?」
俺は慌てて断りキサラを部屋から追い出した。
ガチャ
扉を開けて部屋を出ると、魔王とキサラが待っていた。魔王は俺を見るなり抱き付き、良かったぁ~と涙目になっている。
母さん…俺、魂までもっていかれました。
「その鎧もにあっていますよ?とても素敵です。」
真っ黒なゴテゴテした鎧のわりに、重さを感じない。後ろになびくマントには不思議な光の粒子を纏っているように見えるところからして相当な魔法処理をされているのがわかる。これは間違いなく伝説級の防具だ。
「よく似合っていますよ?シオン」
ティアは俺を上から下まで見渡し満足そうに頷く。
「これなら立派に魔王にみえますね。さすがはお嬢様のお父様がプレゼントされた鎧です。貧相な人間でも立派に魔王にみえますね。」
は?魔王?何を言ってるの二人とも…
「ごめんなさいねシオン。お父様のところに行く前に少し溜まったお仕事を片付けるのを手伝っていただけますか?」
魔王はテヘッとばかりに上目遣いに舌をだす。
「ティア…お前のお願いを断るわけがないだろう?」
そういうと魔王は花を咲かせそうな笑顔でだきついてきた。
「シオン大好き!最初は大変だろうからキサラと一緒にお願いね?詳しくはキサラにマニュアルを渡してあるから、その通りにお願いしますね?あ!台詞間違えたらダメですよ?最近は何かとクレームが多いので。」
魔王が何やら色々言っていたけど、抱きついた魔王の甘い香りが俺の頭を真っ白にしてしまい、何も入ってはこなかった。
母さん…俺幸せにやってます。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――
―――――――――
俺達はゲートをくぐると、薄暗い部屋にはいる。隣のキサラに話しかけると、シッ!と言葉を遮る。
「詳しくは台本がありますので、最悪はアンチョコとして使うと良いです。間違っても慌ててはいけませんよ?私は先に出番がありますので…」
そう言うとキサラはヒトガタから黄金のドラゴンの姿になり、暗闇の先に歩いていった。
暫くすると凄まじいドラゴンの雄叫びが聞こえてきた。
暫くすると、青い鎧に身を包んだ人が俺に剣を向けて何かを叫んでいる。
そうだ台詞台詞…
「えっと…勇者よ!わが生贄の祭壇へよくぞきた!われこそは全てを滅ぼすもの……?」
ん?なんだ。このくだりは。
すると、耳元からキサラの小声が聞こえてきた。
「ほら!早く続きを。あと少し棒読みになっていますよ?」
「あ、あぁ…え~…勇者よ!なにゆえもがき生きるのか?滅びこそんが喜び。死にゆくものこそうつくしい。さぁわが腕の中で息絶えるがよい!」
俺が台本をちら見しながら読み終えると、目の前の青い鎧の男は突然雄叫びとともに襲いかかってきた。
―――――――――――――――――――
――――――――――――――
―――――――
「あぁ~ひどい目にあった。」
「お疲れ様です。はい冷たいオシボリで顔を拭くと良いですよ?」
キサラが俺にオリボリを渡してくれ、俺は顔にのせる。ミントの香りがほんのり香るオシボリで顔を拭くと何とも言えない安らぐ気持ちになった。
「まぁまぁでしたよ?始めてにしてはですけど…」
キサラは向こうをプイッと向いたまま俺を労ってくれ、俺はキサラの頭に手をのせ、ありがとうよと礼を言うと…キサラは少しだけ頬を赤くしているのが見えた。ドラゴンと言っても小さな女の子…俺はそう思うことにした。
「シオン!」
部屋にはいるなり、魔王が駆け寄ってきた。
「お嬢様。はしたないですよ?」と注意するキサラを無視して抱きついてきた。
「で?ティア…あれは何だ?」
「あれ?あぁお仕事の事ね?色んな世界で魔王をしないとならないのですよ。魔王を倒さなければ物語りが終わらないではないですかぁ。」
魔王は笑顔で言いのけた。
魔王の話によれば世界はたくさんあって、それぞれに物語りがあるんだそうだ。ルート?とか言うものによっては神様も魔王もいない世界になるが、魔王がいる世界では突然止めるわけにもいかず最後まで続けたり、場合によっては鎧を変えて数百年後にまたやらないといけないんだとか…。
今回はちょうど出番のタイミングが重なったらしく、俺を頼ったらしい。
って言うか、人間って……世界の理を知ってしまい落ち込みそうですよ。
「まぁ、落ち込むのはそこまでにして早く着替えてお父様とお母様のところに行きましょ?」
魔王は全く疲れている様子もないままに、笑顔で俺の手をひくのだった。