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無数の天使たちが白く輝く翼を広げて迫りくる。軽装鎧に身を包んだ戦天使たちは手に槍を持ち、前方を飛ぶ霧伏たちを見る。彼ら天使を率いるのは、青銀に輝く兜を深くかぶった紅い髪の天使であった。

天使エリサエル。一見すると男性のように見えるが実際は女性である。女天使でありながら戦闘に関しては前線での指揮戦闘を行う、という少々珍しい天使である。ザラエルの直近の部下であり、槍の使い手としても知られている。そのアリサエルの率いる天使部隊となれば、流石の霧伏も苦戦は必須である。


「ち、エリサエルめ。俺を容赦なく殺す気でいるな」


遠目に霧伏は紅の髪の麗人を見て呟いた。霧伏は一部の天使を除いた大部分から敵視されている。普段ならば、そう言った友好的な天使の手前もあり、手出しできないエリサエルらでも、今回明確に霧伏が天使勢に反旗を翻しているから、喜んで敵として排除できるのだ。

エリサエルは真面目な顔で、叫ぶ。


「覚悟しろ、堕天使サマエルッ!!」


そう言った瞬間、エリサエルの背中から生える七対の翼が大きく羽ばたき、霧伏に向かっていく。

霧伏は手の中のあさぎを入沢に投げ渡す。入沢はどうにかキャッチすると、霧伏と目を合わせる。霧伏はここで足止めをするつもりなのだと一瞬で悟った入沢はあさぎと優輝を抱えて飛び去っていく。

それを追おうとした天使たちだが、その前に霧伏が立ちふさがる。いかに戦天使と言えども、霧伏を相手にすると腰が引けてしまう。


「何を怯んでいるか、神への反逆者を殺し、使命を全うせよ!」


それを叱咤するエリサエルの一声で覚悟を決めた天使たちが陣形を整え、霧伏の正面、下、上から攻める。乱れなき槍の突撃に、霧伏は静かに笑い、刀を抜いた。

刀を抜いた霧伏は正面から来た槍の穂先を切断し、上と下からの攻撃をすんでのところで回避する。そのままではぶつかるため、天使たちが一度槍をひき、止まったところを霧伏は攻撃した。天使たちの翼の付け根を刀で切り飛ばす。天使たちは苦痛の声を上げて、落ちて行く。

魔力による浮遊の力もあるが、大抵の天使は己の翼に頼っている。翼を失い、コントロールも失うのだ。

戦天使たちを何人か倒した霧伏を見て、やはり自分しか霧伏を相手にできぬと悟ると、エリサエルは部下たちに後退を命じ、入沢の追跡と悪魔への妨害を指示した。

それを阻もうとする霧伏だが、その前に銀色の槍を構えたエリサエルが立ちはだかる。


「エリサエル、退け」


「退くと思ったか、サマエル。いかに我らが神やガブリエル様が見逃そうとも、今回ばかりはそうもいかぬぞ」


エリサエルはそう言い、敵意に満ちた目を向けてくる。


「俺にお前が勝てると思っているのか、エリサエル」


かつて霧伏が天界にいた時、つまりサマエルと言う名前だった時、エリサエルは彼にかなったことは一度もなかったのだ。そのことを言われているのだと悟ったエリサエルは不敵に笑った。


「舐めるなよ、サマエル。私も鍛錬を重ねてきた。そして、今の貴様は本来の力の十分の一も出せはしない。その身で私と対等に戦えるというのかしら」


余裕さえ見せるエリサエルに、霧伏は内心舌打ちをしたかったが、弱みを見せればかえってエリサエルを増長させるだけだ。

さっさと片を付けて入沢と合流しなければ、と霧伏は刀を構えながら考えた。





式神を通してその様子を見ていた波佐間柊吾はとりあえず、霧伏が足止めされていることを知ると、自身の部下たちに入沢たちの確保を命じた。

目的は優輝と言う名の少年だけだが、姉を確保しておけばどうにかなるだろうと彼は考えていた。そのうえでの障害となるのは、入沢とそれを追う天使と悪魔たちだ。

今この街では天使と悪魔の勢力争いが起こっている。天使と悪魔は放っておいても自滅するし、彼らが争っているうちに仕掛けたトラップで、足止めは十分である。

クツクツと笑い、抉り取られた片目をむしる波佐間は、己の式に命じた。


「行け」


そして、式神の目を通じてそちらの様子を窺った。



入沢は突然、空中で止まるとキ、と空を睨んだ。

突然の停止に「どうしたの?」とあさぎたちが尋ねる。ここで止まれば、後ろから来る追ってくる天使や悪魔に摑まる。そう抗議する彼女に、入沢は言った。


「敵よ」


「何、また悪魔?それとも天使・・・・・・・・・・?」


あさぎの問いに、入沢は首を振り、口を開く。


「いいえ、人間よ。陰陽師と、その式神たちよ」


暗闇を見つめる入沢の前に、ヒトの姿をした式神が現れる。時代錯誤ともいえる絹装束に身を包み、烏帽子をかぶっている。まるで、平安時代の貴族のような姿の青年は妖しく笑うと、入沢に向かってくる。

その目は動物の目であった。

あさぎも式神は知っている。とはいっても、それは物語の中での、という注釈が入るが。

目の前の青年が人間ではないこと、そして、術者が別にどこかにいることはなんとなくわかった。


「どうして、人間が襲ってくるのよ!?」


「君の弟には、それだけ利用価値がある、と言うことよ。彼を狙って、あらゆる勢力がこの街で動いているのよ」


「そんな・・・・・・・・・・」


絶句するあさぎと優輝を抱えながら、攻撃を回避する入沢だが、何分二人を抱えている分、攻撃もろくな防御も出来ない。鬱陶しい式神を打ちのめすこともできない入沢は、ああ、と叫ぶ。


「煩いわね、狐ごときが・・・・・・・・・・!」


「・・・・・・・・・・・・」


式神は静かに笑い、その鋭い爪で入沢の頬の肉を切り裂いた。血が飛び、入沢は舌打ちをして狐の式神を見る。

その目が朱く輝いた時、式神は笑みを消し、静かにその場に止まってしまった。


『なんだ、どうしたというのだ!?』


焦った様子の波佐間柊吾の声が入沢の耳に入る。


「波佐間柊吾ね。相変わらず、詰めが甘いわね。私が式神相手に後れを取ると思った?」


そう言った入沢はキ、と式神を睨むと、式神の姿は煙に代わり、その魂が強制的に昇天させられた。


『なんという、力だ・・・・・・・・・・・』


まさか、入沢がこれほどのことを成せるとは波佐間は知らなかった。波佐間とて、情報収集は怠っていなかった。いずれ敵対するであろう霧伏と入沢のことも、十分調べたつもりであった。

入沢が行ったことは、無理やりに術者と式神の契約を断ち切り、なおかつその式神を無理やり引きはがす、と言うもの。これは到底人間ではすることは不可能であった。霧伏のようなもともと天使であったものならば、できても不思議はないが入沢のような人間ができるものとは思っていなかったのだ。


「まず、あなたの思い違いはそこね、波佐間柊吾」


波佐間の考えを見抜いたかのように、入沢は言った。


「私も人間ではないのよ。どうやらあなたは私のことを、魔術の使える人間と考えているようだけれども」


そう言い、笑った入沢は「まあいいわ」と言い、再び進もうとする。だが、波佐間とて、このまま見過ごすつもりはない。第二、第三の策はあるのだ。

波佐間は周囲に潜む術者たちに合図を出した。その瞬間、入沢たちの周りに数体の式神と、術符が浮かぶ。


「ふぅん、結界か。やっぱり、いろいろと手は打っているようね」


『当然だ、入沢茉莉。二重三重に手は打っている。さあ、貴様と言えども、これだけの術者と結界を抜けることは出来まい・・・・・・・・・・』


ましてや、お荷物があってはな、と波佐間が嗤う。


『さあ、その二人を渡せ。そうすれば、貴様の命は助けてやるぞ』


「お約束のセリフね、波佐間柊吾」


けどね、と入沢は言う。


「あんたも、悪魔も天使も、決してこの子を得ることはできないわ。自分たちのことしか考えられない、あんたたちにはね」


『同じ穴のムジナが、何を言うか。霧伏も貴様も、そうではないか』


「否定はしないわ。けど、彼らを私はしない。私はもう、過ちを犯したくはないから」


そう言った瞬間、入沢の後ろの空間が、ぐにゃりと曲がる。


『なんだ――――――――?』


「悪いけど、押し通らせてもらうわ・・・・・・・・・リオンッ!!」


入沢の叫びに堪えるように、後ろの歪から何かが腕を突き出した。その様子を式神の目を通してみている波佐間と周囲にいる術者は、驚きに目を見開く。彼らの目に映る、魔力の氾濫は、すさまじいものであった。入沢が呼び出しているのは使役霊、つまり使いファミリアであろう。だが、その力は通常の使い魔とはけた違いの物であった。

這い出してきた黒い影が、月明かりによって明らかになる。

白銀の毛並み。巨大な猫目。獰猛な叫びを上げるその姿はあまりにも巨大であった。

入沢たちをその背にのせると、白銀の毛を揺らし、その巨大な猫は周囲の式神たちを見て、一声鳴いた。

それだけで、周囲の札は引き裂かれ、結界は崩れ去る。式神たちの姿がぶれて、後ろに吹き飛んだ。


『なんだ、なんだ、それは!?』


「使い魔よ、私のね」


入沢はそう言い、笑う。

猫は獰猛な目で周囲に浮かぶ式神たちを見る。あまりの力に、術者たちも怖気づいていた。

使い魔とは、使役者の力以上のものを制御することは出来ないものだ。遠目から見ても、並みの悪魔や式神の比ではない猫に、波佐間は自分の測り間違いを知った。入沢を、過小評価しすぎていたのだ。

黙りこくる波佐間。そんな化rネオ目に映るのは、一方的な蹂躙であった。

入沢の使い魔はあっという間に式神と術者を蹴散らし、そのままその背に主人とターゲットを乗せて、闇の中に飛び去った。

しばらく呆然としていた波佐間だが、意識を取り戻すと慌てて部下たちに追跡するように言った。

まだ負けてはいない。まだ。

そう自分に言い聞かせる波佐間だが、その手は震えていた。



「痛ッ」


「・・・・・・・・・・・大丈夫?」


何かに痛がる様子の入沢に、心配した優輝が尋ねると、彼女は平気よ、と言った。


「この子を使役すると、私に負担がかかるのよ。だから、あまり使いたくはなかったけれど、流石にそうはいかないわね」


「・・・・・・・・・・・・私たちの、ために?」


あさぎの言葉に、入沢は静かに首を振る。


「あなたたちだけのため、と言うわけではないわ。この世界全てのためにも、あなたたちは絶対に守らなくてはいけない。いわば、これは私と霧伏のエゴ。だから、あなたたちが気に病むことはないのよ」


そう言い、美しく笑った少女は、果たしていったい何を背負っているんどあろうか、とあさぎは思った。自分と都市が変わらない様子だが、実際の年齢は恐らく違うのだろうな、と。

クレオパトラと言う名前の彼女の使役霊のやわらかい毛を撫でながら、あさぎは地上を見た。

黒く染まる街は、もはや彼女の知る街とは違うように見えた。悪魔、天使、陰陽師、そのほか多くの者たちが自分たちを巡って蠢いている。それは酷く、現実感が薄いことであるが、これが現実なのだ。


「どうして、こんなことに」


「・・・・・・・・・・・」


そんなきょうだいを見て、入沢は静かに口を開く。


「少し、酷な話になるけれども、それでも聞きたいなら、話すわ」


その言葉に、優輝を見てあさぎはゆっくりとうなずいた。入沢はそれを見ると、静かに話を始めた。





エリサエルは槍を手に、ボロボロの霧伏を見る。一方のエリサエルは切り傷は無数にあったが、致命傷はなかった。槍を手に、エリサエルは忌々しげに霧伏を見た。


「しぶといな、サマエル。どうして貴様はまだ立っている?」


天使としての肉体を失った霧伏に、立つ気力はもうないはずなのに、と。

そう言ったエリサエルを見て、霧伏は笑う。


「何がおかしい!?」


「だから、お前は俺に勝てないんだよ、エリサエル・・・・・・・・・・・・」


そう言った瞬間、霧伏が刀を構え、切りかかる。無駄だ、とエリサエルが動くが、その瞬間、霧伏の目がかっと開かれて、その刀がエリサエルの槍に触れる。

槍を両断し、エリサエルの右肩を斬りつけた霧伏は、エリサエルの胸ぐらをつかんだ。


「貴様、まだそれだけの力を・・・・・・・・・・!?」


「盲目的に神を信じ、ただただ人形であることを選ぶお前たちに、俺は倒せない」


「サマ、エルゥ・・・・・・・・・・・!!」


霧伏は刀でエリサエルの右の翼を切り落とす。そして、胸ぐらを離す。

地上に向かって落ちて行くエリサエルは、思いつく限りの罵倒を述べながら、闇に消えていった。

霧伏は口の血をふき取ると、一度近くの高層ビルに降り立ち、そこで少し息を整えて再び空に舞い上がった。

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