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相棒である入沢が悪魔狩りを行いながら情報を集める一方、霧伏も独自に動いていた。

何も、情報を知る者は悪魔のみではない。積極的に関わりたくはなかったが、事情が事情だけに天使や同業者たちと会わざるを得ない、と判断したのだ。

まずは霧伏は夜の街の中心部にある、一見普通のバーに向かう。街の中心部であるため、街の有力者もよくここを利用する。霧伏の外見は少年であり、大人とは思えないものであるため、バーに入った瞬間、不審な目を向けられる。敵意と警戒に満ちた大人たちの瞳。それを全身に受けながら、霧伏は平然と足を進め、バーの席の一つに座った。


「坊主、来る場所を間違えていやしねえか?」


バーテンダーの言葉に、霧伏は「いいや」と答える。


「あっているよ、心配には及ばないよ」


「ガキはおねむの時間だぜ」


横から声がかかる。一つ飛ばした場所に座る大柄の男が、嘲笑を浮かべて霧伏を見る。距離があるのに、吐き出されるアルコールの臭いが霧伏の鼻を刺激した。


「さっさと消えろよ、餓鬼はよぉ・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・」


男の言葉を無視し、バーを見渡す霧伏に、男は激昂する。酔いが回り、正常な判断ができない男はそのまま霧伏に拳を振る。

霧伏はさ、と手を翳す。そして、男の強烈な一撃をいともたやすく受け止める。そして、男の身体が見えない力ではじかれたように吹き飛び、向こう側のテーブルに突っ込み、倒れ込む。


「てめぇ」


「用があるのは、貴様ではない」


そう言い、霧伏はバーテンダーを見る。


「下に行きたいのだが、通してもらえるかな?」


「・・・・・・・・・・・!」


その言葉で、バーテンダーは目を険しく光らせる。


「どうして、下に行きたい?」


「情報がほしい。この街の異変についての、な」


そう言うと、バーテンダーは静かに霧伏を見ると、「わかったよ」と重々しく答えた。


「これ以上、ここで暴れられても堪らんしな」


そう言い、バーテンダーは離れたところに立つ黒服の大男に目くばせする。霧伏は立ち上がると、その黒服の男の方に向かう。その途中、先ほどの男が睨んできたが、特に反応もしなかった。男も、霧伏がそちら側の人間なのだと知ると、矛を抑えるほかない。

霧伏が黒服とともに消えると、殺伐としたバーの雰囲気は消え、また元通りに戻る。


地下へと続く階段を無言で降りる亜伏。案内する黒服も無駄な言葉は何も言わず、ただついてくるように指示しただけであった。

これほどの街ともなると、悪魔の一匹や二匹、どうしても存在する。そういった存在を狩る者たちや、エクソシストや陰陽師、それにオカルト研究者などが集まる「秘密クラブ」があるものだ。ヨーロッパではカタコンベなどを改造し、秘密クラブとするところもあるという。

日本に存在するため、ヨーロッパやアメリカとは違い、エクソシストやキリスト教系のものは少なく、どちらかと言うと陰陽道や神道、仏道などの者やそれに属さぬ山伏や自然主義者などが主流となる。

霧伏も幾度か陰陽師やそれ以外の者たちとも関わりを持っており、そこそこ名は知れている。とはいえ、流石に姿が余りにも若いため、名前を言っても信用されない。結果として、今回のようにチンピラをの師、自分が普通ではないことをアピールする羽目になる。こんなことは好みではないのだがな、と霧伏はため息をつく。


黒服が足を止める。霧伏はその後ろから、重い扉を見る。幾重もの結界で守られたそこの扉が開き、霧伏を出迎える。霧伏はゆっくりと足を進め、深淵の奥に進む。

奥に進むと、漆黒の闇が消え、一つの風景が見えてくる。

古の異物や、魔術の品々で囲まれた空間。そこには数人の魔術師や陰陽師たちがいる。中にはエクソシスト風の姿の者もおり、突然現れた霧伏を品定めするように見ている。

霧伏は周囲を見渡し、顔見知りを発見すると、そちらに向かって歩いていく。


「やはり、貴様がいるとは思っていたぞ、波佐間」


霧伏きりふしたつみ・・・・・・・・・・・・・!」


奥の席に座る、長い黒髪の男は霧伏を見て、忌々しげにその名を呟いた。二十代後半の男は、その秀麗な顔を険しくし、隣にいた女たちを自分から話すと立ち上がり、霧伏の方に歩いていく。長い髪で隠れた左目はよく見えないが、右目は怒りの炎で燃え上がっている。

波佐間柊吾。それが男の名前である。

日本における陰陽師などの代表的な一族の一つ、狭間一族の若き党首であり、野心的な男である。

陰陽師、とは言うものの、その性質は大きく異なっている。江戸時代、キリシタン大名に従った狭間一族はその際、エクソシストの技術を取り入れており、従来の陰陽師とは違う新たな体系を作り上げた。そのせいで、当時は迫害されたが、その後の陰陽師の礼遇期を生き延び、戦後力を増してきたのだ。

波佐間修吾は狭間一族の当主の座を得るため、他の代表的な三家、波佐はざ狭見きょうみ波佐観はざみと権力闘争を行い、見事にこれを勝利した。

退魔師としての才能、それに先を見通す力、野心。これらを兼ねそろえた彼は、若くしてその座を勝ち取り、日本内では絶大な力を持っていた。

かつて日本で起きたとある事件で、波佐間柊吾は更なる力を得ようと、とある遺物を巡り霧伏と対決した。その際、彼は左目を霧伏に抉り取られていた。

その時の怨みは未だ忘れていない様子であり、若き男の顔はますます怒りに染まっていく。


「どの面を下げてここに来た?」


「この街での異変に、貴様ならば顔を出すだろうと思っていたからな。わざわざ、出向いてやったのだ」


霧伏が言うと、波佐間の顔はますます般若の様に険しくなる。波佐間の余裕のないようすに、周囲の者たちも何事か、とちらちらと視線を向けてくる。

霧伏は冷たい視線で周囲を見ると、波佐間を見る。


「ここでは少々、話をするには煩すぎる」


霧伏が言うと、波佐間は若干落ち着きを取り戻し、「ついて来い」と言い、奥の個室へと向かっていく。


個室に入ると、波佐間は奥の席に腰を据える。


「ここならば、厳重な結界が張ってあるから、誰も会話を聞くことは出来ん。たとえ、神であろうと悪魔であろうとも、な」


もともとの結界に加え、波佐間自身が張った結界もあることに霧伏は気づく。さすが、歴代最高の術者であることだけはある、と霧伏は感嘆した。


「それで、貴様がわざわざ私のもとに来た理由は?」


波佐間の言葉に、霧伏はその黒い瞳を向ける。


「貴様は、この事態をどれだけ把握している?」


霧伏の問いに、波佐間は肩を竦める。


「大方、貴様と同じところだろう。天使と悪魔が探す『運命の子ども』・・・・・・それが個々に、この街にいる。それが原因で、今この街はバランスが大きく崩れ、魔性の者たちがうろちょろしている」


そう言った波佐間が、どのように『運命の子ども』を知ったのかは、想像に難くはない。狭間一族が古くから仕え、奉る彼らの『神』が、おそらく漏らしたのだろう。

天使と悪魔に属さぬ第三勢力。日本に現れた『運命の子ども』を、日本にいる神々が易々とほかの物に奪われるのを黙っているはずがないのだ。

狭間の神は、それを手にして日本、そして世界を支配する気でいるのだろう。狭間の神は力こそ強いが、未だ高天原の神々の中では最高位に及ばない。運命の子どもを使い、悲願を果たそうということだろう。

それは、波佐間にとってもチャンスである。彼の奉る神の支配が強まれば、波佐間自身の力も肥大するのだから。

まったく、と霧伏はため息をつきたくなる。皆、自分の優位利益ばかりを考えて行動している。世界のバランスなど、考えるのは二の次三の次だ。

かくいう自分も、似たようなものだがな、と自嘲めいた笑みを浮かべた。


「しかし、地獄の悪魔どもや天使を相手に、果たして狭間だけで事足りるのか?」


「それは抜かりはない。部外者の貴様に詳しく説明する義務も必要もないが、こちらとて全力で挑ませてもらっている」


そう言い、波佐間は嗤う。


「霧伏巽。貴様に受けたこの傷の仇、近々払う時が訪れることになるだろう」


「・・・・・・・・・果たしてできるかな」


そう言い、立ち上がった霧伏を睨む波佐間。その視線を見返す霧伏。やがて、波佐間がその視線を逸らすと、霧伏は要は棲んだとばかりに扉を開く。そして、クラブの入り口に向かう。

その霧伏の背中に向かって波佐間は叫ぶ。


「後になって後悔しても遅いぞ、霧伏巽!」





バーを出た霧伏が次に向かったのは、この街で一際高い高層ビルの屋上であった。

常人離れした身体能力を駆使し、ものの数分で屋上まで到達した霧伏はそこで、闇に染まる空を見る。そして、目を閉じ、ぶつぶつと小さく、呪文のようなものを唱える。

わざわざこのような場所に来たのは、ある目的の為である。地上で行ってもいいのだが、地上だと人目があるし、呼びかけるには高い場所の方が効率もいい。

人間にはよくわからない意味不明の言語にしか聞こえない、言葉の羅列。

霧伏はそれを唱え終わると、静かに沈黙し、それを待つ。

そして、目を開け、霧伏は背後を見る。


「・・・・・・・・・・・だめもとで呼び出したが、まさか来てくれるとはな」


彼の後ろには、上半身裸で腰布を撒いた異国人が立っていた。流れるような金髪に、筋骨隆々とした肉体。それだけならば、変わった姿の人間であったが、彼の背中からは六枚の翼が生え、その白い眼はあまりに異常であった。


「無視したところで、貴様は何度でも呼び続けるであろうからな。ならば、と思ってな」


出向いてきた、そう言い、天使の男は霧伏を見る。


「直接会うのは、ずいぶんと久方ぶりだな・・・・・・・サマエル、いや、今は霧伏巽、と呼ぶべきか?」


「どちらでも構わん」


霧伏が答えると、「ならばサマエルと」と男は言った。


「ザラエル、早速だがお前たち天使はこの状況をどう見ている?」


ザラエル、と呼ばれた天使は顔を変えずに霧伏を見る。ザラエルと言う名は、人間にはあまり知られていない名前だが、天使や悪魔の間では名の知られたものである。悪魔などとの交渉役として知られる天使であり、戦の天使の一人としても知られている。

ザラエルは能面のような顔色を変えず、静かに口だけを開く。


「『運命の子ども』については、未だこちらは存在を確認していない。よって、現時点では静観する」


「・・・・・・・・・・フン。人からは神の使いであり、人間の救い手と信じられる天使が、人の死をただ静観するだけとはな。笑ってしまう」


霧伏の言葉に、ザラエルは静かに言葉を紡ぐ。


「我らが最も重要視する者、それは秩序と安寧。最終的に我らが神にとって、良き世界を作り出すこと。それがわれらの存在意義だ。お前もそれはわかっているはずだ」


「ああ、だから堕天した」


霧伏はそう言い、ザラエルを横目で見る。


「仮に、『運命の子ども』を確認したら、お前たちは介入するのか?」


「それが、我が神の望みならばな」


「たとえ、この街が戦場になろうとも?」


「無論」


迷いなき回答はいっそ、潔いものであった。悪魔が欲望に忠実ならば、天使は神に忠実な種族だ。盲信的で、機械的。

だからこそ、彼らには理解できないのだろう。人間というものの存在を。生命への価値を。


「よくわかった。なら、お前たちも俺の敵、ということだな」


「サマエル」


咎めるような口調のザラエルに、それ以上は言うなと手で制する霧伏。


「ガブリエルと、神に伝えておけ。俺は天使にも悪魔にも、他の誰にも加担はしないとな。俺は、俺自身の望みのため、使命のために戦う、とな」


「・・・・・・・・・・・・・・」


口を一文字に引締めたザラエルは静かに、重く頷くと、かつての同胞を見る。

白いその目は、どことなく哀しみを抱いているように見えた。


「わかった。戦いになった際は、容赦はせぬぞ」


「こちらもな」


そう言い、霧伏が背を向けると、ザラエルの姿も風とともに消えた。わずかに彼がいた残滓として、光の粒子だけが風に乗っていた。

霧伏は何気なく、ビルの屋上から地上に飛び降りる。両手を広げ、霧伏は暗黒の空から地上を見る。

不浄の地上、罪に塗れた人が這いずる街。人は救いがたい生物だ。姿かたちが異なるだけで悪意を向けるどころか、同じであるはずのものにさえ、悪意を向ける、救いがたい生物だ。

だが、そんな彼らを、霧伏は愛していた。

くだらない争いで、多くの命が理不尽に奪われていいはずがないのだ。

サタン、神。そんな者たちのゲームの駒では、決してないのだ。

霧伏と入沢。たった二人の反逆者。あまりにもそれは小さすぎる。

けれど、霧伏は笑みを浮かべる。

今までも、似た状況は潜り抜けてきた。今更、何を恐れる必要があるだろうか。

ダークスリンガーうものは、静かに笑い、夜の闇に消えていった。

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