表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

3

サタン。神の最大の敵対者であり、悪魔の王にして地獄の支配者。その名は悪魔の象徴である。

「憤怒」を司る七つの大罪の一人であり、かつては神に挑んだ。他の七つの大罪とともに、神に反旗を翻し、長きにわたる闘争を行った。時には巨大な竜の姿で、またある時は現代人間の抱く悪魔の姿で、現れた。

神との闘争で地獄の支配域を広めたサタンたち悪魔だが、神や天使たちの交渉に応じ、地獄の支配権を確約され、人間界を間に置くことで長きに渡る戦争は終結した。

しかし、戦争は実際のところいまだ続いており、サタンや彼の信者たちは未だ、世界を得んと目論んでいる。

狡猾な蛇の如きサタンを見て、霧伏は口を開く。


「わざわざ俺たちを案内するとは、どういうつもりだ。サタン」


黒い瞳は敵意を隠さず、悪魔の王を見る。霧伏や入沢はサタンの配下ともいえる悪魔たちを数多く殺し、この地獄に叩きもどしてきた。故に、サタンから敵視される覚えはあっても、このように歓待されるとは思えない。

クツクツと笑い、サタンは小さな人間たちを見下ろした。


「そう警戒せぬとも、取って食おうなどとはせぬよ」


「どうだか」


霧伏が言うと、サタンは意地悪くにやりと笑うだけであった。信じる信じないはそちらの自由だ、とでも言わんかのごとく。

霧伏はまあいい、と息をつく。サタンとて、霧伏たちを相手にことを構えることは避けたいはずだ。少なくとも、現時点では。

サタンは指を鳴らす。すると、彼らの周囲の業火は消え去り、殺風景な荒野と、そこにぽつんと食卓が現れる。豪華絢爛な食事の数々だが、それは悪魔用の食事であり、人間ふうに言えば、「ゲテモノ料理」であった。

遠慮せず食え、と促すサタンに霧伏と入沢は誇示すると、うまいのになぁ、とサタンはゴリ、とよくわからない生物の頭部をかみ砕き、その脳髄を吸い出す。


「・・・・・・・・・・それで、サタン。俺たちが今調査している街に、どうして地獄がつながっている?これは、貴様の陰謀か?」


霧伏の問いに、サタンは咀嚼を止め、霧伏を見る。爛々と光る黄色の瞳が彼を射抜くように見る。


「仮に私の陰謀だとして、教えるとでも?」


「さあな。お前の考えなど、俺にはよくわからない」


サタンにとって、あらゆる物事はゲームなのだ。神との戦争も、自分の存在すらも。サタンはゲームを面白くするためなら、何でもする。例え、自分の命が危うくなろうとも、喜んで自身の命すらチップ代わりにするだろう。


「そうだなァ、教えてやってもいいぞ。何せ、貴様とは長い付き合いだからなァ、え?」


霧伏を見て、サタンは言う。


「なァ、サマエル?」


霧伏を見て言う悪魔の王に「いいから話せ」と促す少年に、悪魔の王は白けた顔をする。


「詰まらねえなあ。まァいい」


そして、悪魔の王は静かに語りだした。


「悪魔たちとそれから天使はかつてより、ある一つの伝説を信じている。それはお前も知っているだろう?」


サタンの言葉に霧伏は頷くが、入沢はいまいち状況をわかっていない様子であり、隣にいる霧伏に「伝説って?」と問いかけた。霧伏は入沢に説明するために、口を開く。


「最後の審判が迫りし時、暁と暗黒を司る子供がこの地に生まれる。子供を手に入れし陣営が、新たな神とともに世界を支配するであろう」


「なにそれ?」


入沢の疑問に答えたのは、霧伏ではなく、サタンであった。


「人間たちの言う旧約聖書の原典であり、宇宙の誕生とともに存在する『アカーシャの書』に刻まれし預言だ。かつての戦争において、『アカーシャの書』は消失したが、その文句だけは残った。天使どもとの休戦後も、両陣営ともにその予言の子どもを探していた。もっとも、もう数千年前にはその子どもが本当に表れるのか、と言うことは疑問視されていて天使も悪魔も眉唾物、と信じてはいなかった」


サタンはそう言い、だが、と笑った。


「つい最近、ある予言の力を持つ天使がこういったそうだ。『運命の子どもが生まれる』とな」


悪魔の言うつい最近は、人間時間に換算すればここ数年。つまり、と霧伏は今の話と現在の状況を照らし合わせ、結論を導き出した。


「この街にいる、ということだな・・・・・・・・・・・『運命の子ども』が」


霧伏の言葉に、「さぁなぁ」とサタンは言うと巨大な口を大きく歪めた。


「私はまだ直接手を下してはいないし、それを信じてはいない。飽くまでも噂だ。だが、現在あの街には我ら悪魔以外にもいろいろなものが来ている。天使に、狂信者、異教の者たち、それに貴様らのようなものがな・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」


霧伏は険しい顔でサタンを見る。なぜ、そのようなことを教えるのか、と目で問う霧伏に、サタンは狂ったように笑いながら言った。


「その方が、面白いからなァ・・・・・・・・・ゲーム、ってのは一対一じゃあ、味気ない。悪魔、天使、それに第三の陣営。面白そうじゃあないか、えぇ?」


「相変わらず、理解できないな、サタン」


霧伏はそう言い、立ち上がる。腰の鞘から刀を抜き、食卓を切り伏せる。そして、サタンにその刃を向け、言った。


「サタン。貴様の思惑通りに俺を動かせると思うなよ。天使も悪魔も関係ない。俺は、俺の思うままに動く」


その言葉に、不遜な笑みを浮かべ嗤うサタン。満足そうに、おかしそうに、彼は嗤う。


「それでいい、それでいいぞ、サマエル・・・・・・・・・・!」


かつて、サタンと同様毒蛇と呼ばれた堕天使だった男を見て、サタンは嗤う。

そんなサタンの視線を受けながら、霧伏は現世への扉を開くと、横目でにらみながら扉の向こうに消えて行った。

おかしそうに笑う主を見て、小太りの悪魔は口を開く。


「よろしかったので?」


「これでいいのだよ、エリゴグ。これで、ゲームは面白くなる」


どこからか取り出した、悪魔をかたどったチェスの駒を手で弄びながらサタンは嗤う。

そして、真っ赤な血が注がれた盃を掴むと、その中身を一気に腹の中に入れ、満足そうに目を閉じ眠りについた。




「まさか『運命の子ども』とはな。だが、それならばこの異常にも説明がつく、か」


元の空間に戻り、路地で二人は立ち話をしていた。

一人納得する霧伏に対し、入沢の方は未だよくわかってはいなかった。


「つまり、どういうことよ?あんたと違って、私は元は普通の人間なんだから、説明してよ!」


その言葉に、「ああ、悪い」と霧伏は言うと、入沢を見る。


「つまり、だ。このような異常事態なのは、悪魔どもがこの街でその『子ども』を探しているからだ。子供以外は関係ないから、自分たちの糧に喰っているんだろうな。そうしないと、長くこちらにとどまれない」


悪魔と言えども、無尽蔵にこちらに来れるわけでもなければ、居続けることができるわけでもない。魔力などのエネルギーや負の感情、血肉。それらを補給しなければ、その肉体は地獄に逆戻りしてしまう。

それを防ぐために、人間を喰らっているのだ。


「でも、それなら天使も静観しているわけにはいかないんじゃないの?」


「そうだが、日本と言う土地柄、やはり彼らも好き勝手はできない」


それに、バランスの問題もある、と霧伏は続ける。


「一度に多くの異物が混入すれば、その土地は急速に変化を促される。それは悪魔であろうと、天使であろうとも同じだ。天使はどちらかと言うと、秩序を尊ぶ者たちだ。バランスを崩すことは極力避けたいのだろう。消極的に、悪魔たちが諦めることを願っているのか、どうなのか」


霧伏はそう言うと、入沢を見る。


「どちらにせよ、天使は頼れないし、悪魔を放置するわけにもいかない。『運命の子ども』が真実か否かは別として、これを見過ごすこともできまい?」


「・・・・・・・・・・・まぁね」


正直、未だに理解できてはいないが、なんとなく事態の重要さだけはわかった入沢はそう言うと、にやりと笑う。


「それで、どうするの?」


「とりあえずは、サタンの思惑に乗ってやるさ。狩りをするまでさ」


そう言うと、霧伏は腰の刀を手でクイ、と持ち上げ、笑った。





闇が濃くなる時、悪魔たちの時間が始まる。

基本的に悪魔たちの活動時間は決まってはいないが、闇の魔力の濃くなる時間に活動するのが一般的である。古来、ヴァンパイアや狼人間などの伝説の生物も、夜に活動をしている。月の魔力、それらの存在はいまだ解明されていないが、やはり夜には闇の生物を活性化させる何かがあるのだろう。

この街のぁ熊たちも、その例にもれないようだった。

半月の月、暗闇の雲の中、悪魔たちはその翅を羽ばたかせる。しかし、その姿が人に見えることはない。よほどの霊感を持たない限り、彼らの姿を知覚することは困難である。時折、カメラなどの電子機器が彼らを捉えることがあるが、それも稀であった。

夜は彼らの世界であった。が-ドイルたちは、卑しい叫びをあげ、夜の空を舞い踊る。

そして、ここ最近の彼らのお気に入りの場所となった街の公園に降り立った。暗く、木々の生い茂る公園はほどよく暗い。ここはどの時間帯でも誰かしら人間がおり、そしてその人間が一人くらい消えた程度では騒ぎにならない場所であった。ここで夜ごと人間を分配し、彼らはその肉を喰らっていた。

あまり人間を喰いすぎるとすぐに餌がなくなるので、彼らは我慢していた。『運命の子ども』の捜索は、どれくらい続くかはわからないから自嘲しろ、と上位悪魔からはくぎを刺されている。

下手に逆らって殺されたくもないため、ガーゴイルたちは素直に従っていた。

そんなガーゴイルたちは、夜の林の中を歩く一人の女性を見つけた。学生服を身に着けており、遠目に見ても美少女に見える。若い女の血は新鮮で、その肉は非常にいい匂いがする。処女の血は特に極上である。

ガーゴイルたちは、今宵のディナーはあれだ、と皆でうなずき合い、翼を羽ばたかせ、空に舞い上がる。

人間に彼らは知覚できない。一気に空から襲い、その肉を引き裂いてやろう。そう思ったガーゴイルたちはヒュン、と風を切り少女目がけて落ちて行く。

だが、その途中で、少女が空を見上げる。そして、悪魔たちの黄色い目と少女の不思議な色の瞳が交錯する。


「!!?」


驚くガーゴイルたち。そして、そんなガーゴイルをよそに、少女は何事かを呟いた。

その瞬間、手前を飛んでいたガーゴイルが一匹、突如その身体を蒼い炎に燃やされた。

一瞬で塵と化し、消えた仲間を見てガーゴイルの一人が叫ぶ。


「マズイッ、そいつ、ハンターだ・・・・・・・・・・・!」


その言葉を受け、ガーゴイルたちは「逃げろ」などと口々に叫ぶが、そんな彼らをあざ笑うように次々と仲間が燃やされていく。


「あ、あ、あぁぁぁ・・・・・・・・・・・!!」


仲間たちの一番殿にいたガーゴイルは、仲間の燃やされるのをただ黙って見ているほかなかった。

ただのハンターならば、怯える必要もなかったろう。だが、ガーゴイルは悟っていた。彼らが襲おうとして立獲物は獲物ではなく、熟練のハンターであったのだ、と。

熟練の悪魔殺しを、悪魔たちは畏怖を込めて「ダークスリンガー」と呼ぶ。

そんな風に、思考が停止していたガーゴイルは、ついに仲間が全員死に、自分一人になったことにようやく気付く。そして、思い出したように翼をはためかせ、逃げようとしたが、そんなガーゴイルに人差し指を差し、少女入沢は「ばあん」と言う。

その瞬間、ガーゴイルの頭部が爆ぜ、頭部を失った体は青い炎に蝕まれ、消し炭に消えた。


「ま、こんなものよね」


入沢はそう言うと、次の獲物を求めて夜の街を歩き出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ