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二人は件の場所に来ていた。警察による操作は終わり、血の痕跡などは消されている。事件で死亡した男性の家族は今は家を離れ、この街から少し離れた場所にある妻の実家にいるという。二人は勝手に家の玄関まで進む。下手に姿を見られても面倒であるため、少女が上着のポケットから何かを取り出し、小さくつぶやく。


「上達したな」


「そりゃあね」


少女はそう言い、ルーン文字の刻まれた札を地面に投げ捨てる。地面に落ちる前に、札は青い炎に包まれ、その灰は風に乗って消えた。北欧神話の神々や、彼らを信奉したバイキングの流れを継ぐ者たちにより発展したルーン魔術。今ではそれは失われたと思われているが、この二人はそれの使い手である。

気配を消す魔術を使用したのだが、わざわざルーン魔術を使用したのは保険であった。下手にバチカン式やギリシア正教式の魔術、陰陽術などを使えば同業者に見つかる可能性もあるからだ。

二人はなかなか面倒な立場であり、できることならそう言った存在とはから見たくはなかったのだ。


「・・・・・・・・・・・ふぅん」


男性の死んでいた場所を見る二人。少女は息をつき、玄関の前を見る。

彼女の目には、消し取られたはずの血が見えていた。そこに宿る、魔の匂い、死者の魂の痕跡を。


「違う層に追い詰められ、死後、ここに戻されたようね」


「少なくとも、低級の悪魔ではないな。奴らなら、わざわざ層を変えることはできない」


低級悪魔はそもそも、抜け穴からこちらに来ることはできても、自由に行き来できるわけではない。このような手の込んだことを、低級悪魔如きではできないのだ。


「キナ臭いな」


街の空気は淀んでいる。少年の特別な目で見なくとも、この厭な空気はわかる。

少女はブル、と震える。それは寒さからではなかった。


「とりあえず、見るべきものは見た。ここはもういいだろう。ほかにも、見るべき場所はたくさんある」


そう少年が促すと、少女は頷き、魔術を解除した。



失踪事件の現場を次々回る二人。

どこも悪魔の痕跡こそあれど、事件の全容につながる者は見当たらなかった。

被害者は老若男女であり、時間帯もあらゆる時間にわたっている。逢魔時、すなわち昼と夜の境に多発するわけでもなく、昼夜問わずに事件は起きている。司法解剖の結果も、バラバラである。あちらとこちらでの時間の流れが違うとしても、そうさしたる問題ではなかった。


「一つ、気になるのは犠牲者に小学生以下の子どもが含まれていない、ということだな」


少年はそう言い、少女に見ていた書類を手渡した。少女はそれを見て、なるほど、とうなずく。


「これだけの人数が行方不明なのに、子どもには犠牲者が一人もいない。おかしいわね」


「それ以外の年齢層はいずれもいなくなっている。何か引っかかるな」


少年はそう言うと、自販機から買ってきた缶コーヒーのプルタブを片手で開けると、クイ、と口に運んだ。

悪魔の中には、子どもの生き血を吸うものもいる。これだけの悪魔の事件が起きて、子どもが犠牲にならないわけがないのだ。子供とは、いわば奴らにとって最上の得物。抵抗も少なく、なおかつ、純粋な魂は彼らの力の糧となる。薄汚れた大人の欲望よりも、よほど至高なのだ。


「そもそも、どうしてこの街にこれほどの悪魔がいるのかしら?」


「さあな・・・・・・・・・・・それも、何か関係しているかもな」


考えられる要因は色々とある。世界規模の異変、神や事物への侵攻がなくなったこと、日本ではキリストなどの天敵が存在しないこと、飽くまで妖怪への認識こそあれども、悪魔に対してはそれほどではないがために社会に浸透しやすい、ということ。だが、どれを考えても、これは異常事態である。

いっそ、天使どもに聞くか、と少年は考えたが、排他的な天使どもが彼の声にこたえるはずがないのだ。ましてや、彼や少女は天使からすれば厄介者であり、敵意を向けられはするが、善意を向けられるはずはない。


「ねえ、霧伏。少しお腹すいてきたわ。少し落ち着かない?」


少女はそう言い、腹をさする。少年は左手の腕時計をちらりと見ると、もう昼時を過ぎている。なるほどな、と少年は感じると、同意の頷きを返す。基本一週間に少し食べれば体が持つ少年であるので、こういったことには自然、疎くなる。一方の少女は元の生活が未だに抜けておらず、常人と同じく一日三食を心がけていた。

少女が近場の店を探し、周囲に目をやっている間に、少年は近くにあった公園で遊ぶ用事を見つけた。母親たちから離れ、砂場で遊ぶ子供たち。子供たちは、少年が目を向けると、皆がそろって少年を見返してくる。

その目に、少年は驚愕した。

子どもたちの目は、いずれも黄色く輝いていた。不気味な、悪魔の瞳であった。


「!!?」


少年が驚き固まっていると、それを不自然に思った少女が少年の肩を叩く。


「どしたの?」


「あれを・・・・・・・・・・・・・」


そう言い、子どもたちを指さす少年。けれど、そこには先ほどの黄色い目の子どもたちはおらず、普通に楽しそうに砂遊びする子供たちだけがいた。

呆然とする少年を見て、不思議そうに首をかしげた少女は早く行こうと促す。

少女に押されながら、少年は再び子供たちを見る。だが、そこには何もおかしなところはなかった。


(闇の気配も何も感じなかった・・・・・・・・・・・見間違いか?)


釈然としない思いを抱えたまま、二人は歩いていく。

その後ろ姿を、黄色い目で子供たちは不気味に見つめていた。




近場のファミレスに入り、二人は食事をする。と言っても、少年はコーヒーを啜りながら本を読んでおり、食べているのは少女だけであった。


「本当に霧伏、お腹よく空かないよね。羨ましいよ、その身体」


「お前だって、いざとなればそうできるから打だぞ、今は」


「そうだけどさあ」


少女はそう言い、ご飯を口に運ぶ。


「それで、何を読んでいるの?」


「過去に似た事例がないかを見ているんだ」


少年はそう答え、少女を見る。


「おい、入沢。もう少し上品に食べたらどうだ?年頃の女がみっともない」


「煩いわね。どうせ私は田舎出身の女ですよ」


そう言い、入沢と呼ばれた少女は最後の米粒を飲み込むと、手を合わせた。


「それで、これからどうするの?」


「とりあえず、低級悪魔どもを捕まえて吐き出させる。あいつらも、少しくらいは情報を持っているだろう」


幸いなことに、掃いて捨てるほど下級悪魔はいるし、時間もある。そう言い、不敵に笑う霧伏少年を見て入沢は顔を顰めた。


「ほんと、野暮ったいメガネかけてそうやって笑ってると、オタクっぽいよ。あんた」


その入沢の嫌味を聞き流し、霧伏はコーヒーを飲み干すと立ち上がる。少女もそれに従い、立ち上がる。

会計を済ませ、二人が店内を出ると、二人の姿を見ていた人々の記憶からは二人の記憶が消える。

二人のいた席の下では、ルーン文字の刻まれた札が人知れず青い炎に包まれ、消えた。




人気の少ない路地に来た二人は、そこで立ち止まり、周囲を見る。


「ちょうどいい具合に開いているわね」


そう言い、少女が近くのコンクリートの壁に手をかざすと、ぐにゃりと空間がゆがみ、穴が開く。もちろん、これは物理的な力で開いた穴ではない。超常の力で開かれたいわば異次元への扉。常人には見ることは極めて困難であり、はたから見れば二人は壁に手を置いているだけだろう。それでも、これからすることを見られては厄介だから、路地裏までわざわざ来ているのだ。


「どっちから先に行く?」


「レディファースト」


「・・・・・・・・・・わかったわよ」


霧伏が言うと、少女はもう、と言って穴の中に消えた。続いて霧伏もそれに続く。

二人を飲み込んだ名は閉じていき、やがて穴の痕跡は消えた。



周囲に見えるのは、焼き尽くさんばかりの業火に、剣のような山々、灰色の雲、血の川。不気味な石が周囲に転がり、その石はまるで苦しむ人の顔のようである。

霧伏と入沢は周囲を見渡す。


「まさか、ゲヘナとつながっているなんてね」


入沢が感嘆していう。

ゲヘナ。またはヘル、または地獄ともいう。冥府とも呼ばれる『あちらの世界』である。

悪魔や餓鬼、悪霊たちの住まう世界。普通ならば、結界により人間界とは行き来が制限されているはずである。

地獄にある無数の階層、そのうちの最上階とはいえ、地獄とつながっていることは問題である。


「異層とつながっていることはわかっていたが、まさか地獄と直につながっているとは思わなんだ」


霧伏はそう言うと、いつの間にか手にしていた刀を鞘から取り出した。

遠くから彼らを眺めている餓鬼や小悪魔たちを睨み、霧伏と入沢は足を進める。遠巻きに見ている連中はどうせ何も知らないだろうし、知っていたところで話すだけの知能を持ち得ないものばかりだ。二人の探す存在ではない。


「とはいえ、地獄までからんでくるとなると、話は変わってくる」


霧伏が言うと、入沢が口を開く。


「地獄もかかわってくるなら、天使も介入してくるんじゃない?さすがにこれは放ってはおかないでしょう?」


どうだろうな、と霧伏は返す。


「悪魔との協定がどうなっているか、俺は知らないしな。それに飽くまで事件は日本で起きている。日本の神々とは、天使どもも折り合いが悪いからな」


かつて、日本にキリスト教が伝搬してきた時より、日本古来の神々とキリスト教などの天使たちは反発をしており、勢力争いをしてきた。未だにそのいざこざは続いており、そのことがこの日本において天使たちがそうそうでばれない遠因にもなっている。

そして、厄介なことに日本の神々は神々でまた、自分勝手であり、信仰の薄れた今では大した力もない。到底助けになるとは思えない。


「あ~あ、神だ天使だ、言っても、結局私たちは私たちで解決しなきゃいけない、ってことね」


入沢はそう言い、不満そうに周囲を見る。

その時、霧伏が足を止めたので、入沢も止まる。二人の視線の先には、一人の男性が立っていた。

お世辞にも見目麗しいわけではない、小太りの男は似合わないダークスーツを着て、二人を見る。


「ようこそ、地獄へ。主に代わり、歓迎しますぞ・・・・・・・・・・・ダークスリンガーの御二方」


そう言い、慇懃に礼をする人間の姿をした悪魔に、霧伏は刀を構え、問うた。


「まるで、俺たちが来ることを見越していた様子だな?」


「勿論、主もあなた方をお待ちしておりました」


そう言うと、悪魔は気味悪い笑みを浮かべる。

霧伏はそれを見て、刀を鞘にしまう。入沢がそれでいいのか、とみてくるが、霧伏は黙ってうなずく。


「少なくとも、今どうこうしようというわけではないだろう。さぁ、お前たちの主のもとに案内してもらおうか」


「かしこまりました。こちらへ・・・・・・・・・・」


そう言い、太った悪魔は手招きをする。二人は警戒心を完全には解かずに、悪魔の後に続く。

しばらく荒野を歩いた先にある、悪趣味な髑髏と骨で作られた扉が見えてきた。高さ三メートル、幅四メートルほどの扉である。


「いわゆるショートカットですな」


そう言い、スーツの悪魔が扉を開く。


「さすがに客人にそこまで歩かせるわけにもいきませぬからなあ。地獄はとても広い。普通に歩いたのでは、何年かかるやら」


クツクツと笑う悪魔に、早くしろ、と促す霧伏。悪魔は頷き、扉を開くと、そこにはゆがみが現れる。

それに入っていった悪魔に続き、霧伏と入沢もそこに入った。

数秒後、彼らの肉体は地獄の最下層まで運ばれていた。

目を開いた霧伏は、厚ぼったい眼鏡で灼熱の業火に包まれ、額の汗を拭い、目の前の巨大な悪魔を見た。


「・・・・・・・・・・・久しぶりだな、地獄の王サタン」


巨大な翼を広げ、悪魔や人間、ありとあらゆる生物の骨より作られた巨大な玉座に腰を下ろす悪魔の王。不気味に光る二つの眼光、頭部にそびええる巨大な漆黒の角。この世界に存在するあらゆる悪魔が恐れ、神すらもその存在を恐れる地獄の主は、静かに二人の異邦人を見る。


「歓迎するぞ、ダークスリンガー」


重々しい口調でそう言い、地獄の主は静かに笑った。



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