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もうしばらくすれば、この隠れ家にかけられていた結界も解け、霧伏たちは敵たちから丸見えになってしまう。そうなる前に、とまた休息を取っていたあさぎと優輝、それに入沢。霧伏はいざと言う時のため、休息も取らず下の階で一人、沈黙していた。

孤独には慣れている。これ以上に過酷な環境下も経験したことは幾度もある。霧伏にとって、この異常な世界は生まれた時より当たり前であった。そもそも、元が天使であった彼に、普通など最初からなかったのだ。


「霧伏さん」


「・・・・・・・・・・・休んでいなくていいのか、久留宮優輝」


そう言った霧伏はその済んだ黒色の瞳を、まだ幼い少年に向けた。少年はビクリと震えるが、気丈に霧伏の前まで歩いてくる。


「僕が争いの原因で、僕のせいで街やお姉ちゃん、それに世界がおかしくなるなら、いっそ、僕を殺してしまった方がいいんじゃないの?」


今日も長い一日になる、そう言おうとした霧伏よりも先に、少年はそう言った。幼いその顔には、恐怖と覚悟があった。まだ小学生である彼に、あまりにもそれは似合わなかった。


「確かに、お前が死ねばすべてが丸く、とは言わんがこのくだらないゲームは終わるだろうな」


『運命の子ども』さえ死ねば、全ては終わる。目的がなくなったら、この争いの意味はない。

霧伏の立場からすれば、優輝は殺した方が楽であるし、その方が世界の為でもある。『運命の子ども』は、まだ力に目覚めてはいない。しかし、彼が覚醒すれば、サタンや神すら凌駕し得ない力を発揮する、と予言からの解釈で考えられている。このような争いのもととなることからも、彼の存在は世界にとって、迷惑極まりない。

それでも、それはこの少年の責任ではないし、彼を責めることなど、できようはずもない。彼の生きる権利を否定できるものなど、どこにもいないのだ。


「だったら・・・・・・・・・・・」


「だが、俺はお前を殺しはしない。それはゲッシュによる誓いからではないぞ」


霧伏は立ち上がると、優輝の頭に手を置いた。


「決められたレール、運命。そんなもので左右されていいほど、命とは軽くはない。俺は別に人間のために戦っているわけではない・・・・・・・・・・・・・ただ、自分で満足できる結果を求めているにすぎない。そのためにも、お前を殺さないし、利用もさせない」


「・・・・・・・・・・・・強いんだね、霧伏さんは」


戦う力も信念もあるんだから、という優輝にそれは違う、と頭を振った。


「俺がこうしているのも、全てはヒトの可能性に魅せられた、それだけだ。何か、些細なきっかけで人は変われる。可能性こそが、人に与えられた希望だ。お前だって、その可能性を、自分の望みを見つければ、俺のようになれる」


「・・・・・・・・・・・・・・お姉ちゃんを、守れる?」


「・・・・・・・・・・・・・ああ」


霧伏はそう呟き、少年の頭から手を退けた。少し、優輝の目が寂しげに見えたが、それも一瞬であった。


「万が一のために、これを渡しておこう」


そう言い霧伏が取り出したのは、不思議な七色の光を放つ石であった。優輝の手の中にすっぽり入るその意志を見て、優輝は首をかしげた。


「これは?」


「・・・・・・・・・・・・お守り、さ」


そう言った霧伏は優輝の手にしっかりとそれを握らせた。石は光沢があり、滑らかな感触であったが、ふと優輝は一か所だけざらつき、傷ついているのを感じた。その傷ついた箇所は、最近ついたものと言う感じはせず、それだけ長い間、霧伏とともにあったのだと気付く。そして、これが霧伏にとって大事なものである、ということも。


「俺が死んでも、それがお前と姉を守るだろう」


「霧伏さん」


「安心しろ、俺は死なないさ。悪魔であろうと、天使であろうと、俺は負けない」


そう言った霧伏の顔を見て、優輝は頷く。優輝はそのまま急速には戻らず、その場で霧伏と話をした。




「さて、と。それじゃあ、行きますか」


入沢は準備を整えたあさぎと優輝を見ると、霧伏に頷いた。霧伏は刀を構えると、入沢に言う。


「外には何がいる?」


「いっぱいいるわよ」


入沢が魔術で屋外の様子を探りながら霧伏に答えた。


「天使も悪魔も式神も・・・・・・・・・・・・これは突破に手間がかかりそう」


「とはいえ、敵も互いに様子を見ている状況だ。全員を相手にする必要もないだろう」


これだけ複雑な状況下だ。味方同士の連絡さえ難しい中、乱戦になれば相当なことになるだろう。霧伏たちとしては、それだけが唯一の救いだ。悪魔、天使、陰陽師で潰し合ってくれれば、それだけ消耗は避けられる。


「結界解除までもう数分ね。それじゃあ、仕掛ける?」


「ああ」


そう言い、霧伏はあさぎを、入沢は優輝を抱える。そして、入沢が何やらぼそぼそと呟くと、その瞬間、爆音が響く。

地面が揺れ、窓の外が朱い閃光に包まれた。熱気がじんじんと彼らに伝わる。


「行くぞ」


霧伏は扉を切り裂き、奔りだす。扉の前にいた悪魔ごと断ち切り走り出す霧伏だが、周囲の敵はそれに遅れて気づく。入沢が事前に仕込んだ魔術トラップにより、各陣営とも被害が出ており、混乱していた。


「いたぞ、奴らだ!」


「ええい、どこぇ、悪魔ども!」


「異教の天使も、悪しき悪魔どもも、立ち去るがいい!」


霧伏の思った通り、各地で各陣営が激突してくれているおかげで、彼らを追う敵は想定の範囲内にとどまっていた。

霧伏は隣の入沢に頷きかける。入沢は懐から数枚の札を取り出し、それを後方に投げつける。

空中で爆散し、水がはじけ飛ぶ。その水が、天使や悪魔たちの肌を焼く。


「うぎゃああああああああああああああ!!!」


「くぅぅぅぅ!?」


悪魔にとっては有害な聖水と、天使にとって有効な上級悪魔の血。それをあらかじめ札の中に封じたものである。敵の命までは奪えないが、それでも足止め以上の効果を発揮してくれる。悪魔・天使にとって、それぞれ耐え難い痛みを与えるものであり、それから解放されるまでに莫大な時間を必要とする。

陰陽師の使役する式神には効果がないが、式神程度ならばそんな小細工に頼る必要もない。

霧伏が刀で魂ごと切り捨てる。入沢も魔術の炎で式神を焼き払う。


「悪魔も天使も、案外大したことないのね」


あさぎが拍子抜け多様に言う。名前からしても、もっと手ごわい存在だと思っていたからだ。

そんなあさぎの認識間違いを、入沢は落ち着いた様子で否定した。


「あいつらは低級だし、それに私たちが強い、ってこともあるんだけどね」


普通の人間からしてみれば、あれでも十分な脅威である、と言われた。あさぎはそういうものなのか、と思った。


「だが、今度の敵はそうはいかないようだ、ぞ」


そう言った霧伏の黒い目が鋭くなる。

その瞬間、光が襲った。あさぎと優輝を庇い、霧伏と入沢がその光を浴びる。その光は、暖かい、というほど生易しいものではなかった。太陽の光が、直接彼らの身体を焼いているような痛みを与えてくる。

ぐぅぅ、と悲鳴を上げる霧伏は入沢を庇い、その手にあさぎを渡すと、刀を振り、光を切り裂いた。

霧伏はそのまま、厳しい視線で前方を見る。


「『子供』ごと、俺を殺す気か・・・・・・・・・・・・ガブリエル」


黄金の長髪を流した青年は、静かに顔を上げると右手に持つ黄金の槍で一度、地面をたたいた。


「お前ならば、庇うことはわかっていたからな、サマエル」


「やはり、俺のもとにはお前が来たか」


「サマエル。今回はいかにお前と言えども分が悪い。大人しく、子どもをこちらに引き渡せ」


「断る」


霧伏ははっきりとした口調でそう言い、ガブリエルを見る。


「ガブリエル。お前だってわかっているはずだ。この戦いに、何の意味もないことを。くだらない預言に振り回されているだけだ、と」


ガブリエルはその美しい顔をわずかにゆがめ、霧伏を苦い顔で見た。


「お前のように、私は自由ではない。私はガブリエルなのだからな」


その名に込められた責務は、決して軽くはない。神に仕え、神のために役目を執行する、天使たちの長。それが、ガブリエルの立場だ。

堕天使であり、己の為だけに戦えるサマエルではないのだ。


「ガブリエル、力を貸してくれ。この戦いを、終わらせるために」


「同じことを私も言おう、サマエル。一刻も早く、茶番を終わらせるためにも・・・・・・・・・・・『子ども』を渡すんだ」


二人の視線がぶつかり合う。互いの意見は述べた。しかし、どちらも譲る気などなかった。友情や親愛がいくらあろうとも、譲れないものがあった。二人とも、それは知っていた。

それでも、と互いに希望を持っていたが、それが無理と悟った。

二人はどちらともなくため息をつき、そして、目を閉じた。

次に目を開けた時、霧伏の瞳は妖しく輝き、ガブリエルの瞳は太陽のごとく爛々と輝いた。

ガブリエルの頭部には輝くアウラが現れ、その背中からは32対もの翼が現れ、ゆっくりとその身体が宙に舞う。

ガブリエルは瞳を細めると、霧伏と入沢たち以外の者を近づけないための結界を張る。

その結界に阻まれ、霧伏たちを追っていた悪魔や式神はおろか、味方である天使さえ光が焼き尽くした。

容赦のないガブリエルの姿に、本気であることを霧伏は感じた。だが、それは霧伏とて同じである。


「できることならば、貴様とだけは戦いたくなかった・・・・・・・・・・・・我が友よ」


「俺もだよ、ガブリエル・・・・・・・・・・・・・」


槍を構え、天より見下ろす神の戦士。それを迎え撃つのは、神の意に背いた堕天使。堕天使はいまはもう、天使であった頃ほどの力はなかった。けれども、その瞳は闘志を決して絶やしてはいない。

絶え間なくその瞳の色を変える霧伏の目。かつて死の淵をさまよったサマエルが会得したその瞳は、あらゆる魔力の流れを見通す。その目は、広大な光の魔力に満ちるガブリエルを冷たく睨む。


「はぁ!!」


叫びとともに、大地を蹴った霧伏が刀を振り上げた。空中に駆けだす霧伏を迎え撃つように、ガブリエルもまた槍を構える。そして、刃が交わった。


「ガブリエル」


「サマエル」


ガブリエルはその翼の風で霧伏を吹き飛ばす。32対の翼の生み出す風圧で飛ばされた霧伏を、ガブリあるは容赦なく攻撃する。

友であるからこそ、苦しみはすぐに終わらせてやろう。それはガブリエルなりの心遣いであった。

しかし、霧伏は体勢を立て直し、その攻撃を避ける。

天使としての力がなくとも、霧伏は強かった。かつて、サマエルであった頃とは何ら遜色がないほどに。

だが、どれだけやろうともガブリエルの勝利を覆しはできない。霧伏は飽くまで人間であり、ガブリエルとは違う。不死性、魔力、いずれも彼には劣っている。長期戦になれば、彼が不利になるのは明白である。

それに、武に関してもやはりガブリエルに優位がある。霧伏が決死の一撃を放ったところで、32対の翼の盾の前には無意味だ。

槍と刀を躱し合いながら、手足も使い、二人の男は戦う。


「相変わらず、厄介な翼だな・・・・・・・・・・・・!」


「お前も、なァ!」


殴り合い、罵り合う二人。霧伏の眼鏡はいつの間にかただの飾りとなっていた。ボロボロの眼鏡を投げ捨て、血反吐を吐いた霧伏を更にガブリエルは殴り、槍の柄で殴打した。

それでも刃での攻撃だけは霧伏も交わし、反撃を加えた。刀がガブリエルの翼を一枚やっと切り落とした。


「まだまだぁ!!」


そう叫ぶガブリエルと霧伏。その様子を、入沢たちは見ていた。


「助けないの!?」


あさぎが叫び、優輝も同様の視線を入沢に向ける。入沢も歯痒そうな顔をしているが、無理よ、とだけ呟いた。


「霧伏とガブリエルの戦いに入り込むことは、あいつが望まないわ。それに、もしあいつが撒けたら、あなたたちを守る者がいなくなる。霧伏は、それを望みはしないのよ」


自分に言い聞かせる様子の入沢に、あさぎも優輝も言葉が出なかった。

そんな彼女たちの上空で、戦いは終結を迎えようとしていた。

それは、入沢たちにとって最も望まれない形で。



どん、と霧伏の身体が地面にたたきつけられた。

遥か上空から突き落とされた霧伏の身体はボロボロであり、全身の骨がきしんでいた。

その上からさらにガブリエルが降り立つ。衝撃で体が悲鳴を上げる。血が体中から噴き出した。


「がはぁ!!」


「サマエル、これで、終わりにする・・・・・・・・・・!!」


傷だらけの霧伏に跨り、同じように傷だらけのガブリエルは言う。

その顔には苦悩が浮かんでいる。友を殺める苦しみ。だが、それすらも神の前には小さなものである。そう言い訳し、彼は槍に手をかけた。

そして、せめて苦しまぬように、と霧伏の首に狙いを定めた。


「さらばだ・・・・・・・・・・・・・サマエル」


「ガ、ぶり、エル・・・・・・・・・・・・・・」


二人の目があい、その槍が振り下ろされようとした時、結界が突如、音を立てて崩れた。


「何!?」


ガブリエルが手を止め、上空を見る。そこには、結界を壊したものが浮かんでおり、ガブリエルたちに向かってきていた。

霧伏は見上げて呟いた。その悪魔の名前を。


「・・・・・・・・・・・マモン」


スーツ姿に無精ひげ、サングラス。人間の姿の『強欲』は、ニタリと笑っていた。





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