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1999年からの警告:「謎を解かない系探偵」原アイラは蹴っ飛ばす!  作者: 井越歩夢


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17/21

その4:2026年7月19日日曜日・G県N市駅前周辺「原アイラは蹴っ飛ばす!」④

=4=


『ネガティブ情報の生霊は、取り憑いた相手が持っている “恐怖・恐慄・戦慄・怯懼”を増大化する。 犯人はネット上に流れている終末論を煽る動画を見ているうちに、 どこかでそれに取り憑かれ、 自身の持つ何らかの恐怖を自滅的に増大化させられ、 それが最終的に“恐怖から誘発された破壊衝動”になって この事件を起こしてしまったのだと思う。 三十年前と同じなら、という私の個人的想像上の話だけどね。』


がっしりと踏みつけた黒い塊を見下ろしながら、 アイラはこの五日の間に何度も顔を合わせたカレンの言葉を思い出していた。 そして同時に―― それが十中八九、間違いないと感じていた。


1999年5月の刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件。2026年7月の刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件。事件の細部に差異はあれど、どちらの犯人も同じ言葉を口にしている。


「世界が終わるなら、どうでもいい」


この生霊をまき散らした配信者も、同じように生霊の意図に飲み込まれる。だが、発信する者にとってそれは少し違う意味を持つ。 それは――“注目という快感”。


「こいつはネガティブ情報の化け物なのか、 承認欲求の化け物なのか……どっちなんだろうな。 まあ、そんなことはどうでもいいんだけどさ。 おーい、お前、話は出来るのか?」


思うことはいろいろ、様々、そして沢山あった。だが今はそれらを頭の片隅、邪魔にならない場所へ置いておき、アイラはグリグリと踏みつけている“黒い塊の姿をした生霊”に声をかけた。


返事はない。 どうやらこの黒塊、単体では会話ができないようだった。


アイラの右足――ブーツの靴底でグリグリと踏まれながら、 黒塊は【ウネリナネリゴネリ】と必死に動いて抜け出そうとするが、 彼女の踏みつける力が強く、そこから逃れることはできない。


「何って言うか……往生際の悪い奴だなぁ。」


会話ができないのなら仕方ない、とアイラは【フゥウウウウウウウ】と 四秒四五の長いため息を吐き、 【カッ】と黒い塊へ“破壊力の高い銃弾で撃ち抜くような”鋭い視線を向けた。


「そんじゃ、サヨナラだ。 一九九九年の残りカス!! 彼岸界まで行ってこい!!」


アイラは黒塊――「ネガティブ情報の生霊」を踏む足を離すと、 その言葉が終わる間もなく、 黒塊が逃げる隙を与えることもなく、 誰もが見逃すほどの速さで【ズバドガァッーシュ】と蹴り上げた!


当然、黒塊はアイラの蹴りの速さに反応できるはずもなく、 【ドガァッシュズバリューン】と勢いよく吹き飛ばされ、 白い異界の領域の中を遠くへ遠くへと飛んでいき―― そして、消えていった。


黒塊が「黒点」を残すことなく見えなくなったことを確認したアイラは、 長身の男を締め上げる際に背後で密かに実体化させていた“六本の腕”を、 スッと目を閉じて闘気と共に消し、 いつもの“二本の腕”へと戻した。


そして、路地に張り巡らせた白い異界の領域を、 その手に引き戻すようにして納める。 白の領域は再び丸い球状に収縮し、 アイラの手のひらへ戻って【ふ】と消えた。


闘い場の後始末が終わり、 周囲は元のG県N市駅前―― 西町通と新町通を繋ぐ細い路地の風景へと戻る。


腕時計、愛用のチープカシオを見ると時刻は三時二一分。 街灯の少ない路地は、まだまだ真っ暗だ。


そこにいるのは、“自称探偵”の原アイラと、 気絶してその場に伸びている長身の男。

男の脇に大型ナイフが転がっていることに気付いたアイラだったが、 それには触れず、小さくため息をひとつ吐き、 この後のことを考えていた。


(警察に連絡……いや、直接神山君に連絡した方がいいかな。 そのあとこの状況をどう説明するか…… ナイフ振り回されたから危ないと思って絞めましたっ、てへ♪ って、また神山君に怒られそうだなぁ)


そうと決まっていなくとも、 そうと決まりそうな未来を想像し、 アイラは悪くない苦笑いを浮かべる。


そして、ポロリと本音を漏らした。


「ふう……清々したぜ。」


◇◆◇


「……またやりましたね、原さん。」


「………なんか、ごめんな。神山君。」


7月20日、午前4時。犯人逮捕。現場には、N市署の警察官・神山アキラと、その上司・井納ヨシタダを乗せて来たトヨタ・クラウンセダンFCEVパトロールカーと、もう一台のクラウンパトロールカーが停まっていた。


アイラから事情聴取するアキラとヨシタダ。そして、もう二人の警察官は、二台のパトカーが現場に到着する直前に意識を取り戻した 犯人の男――“瀬川ユウマ”の腕を抱え、連行してパトカーへ乗せていた。


瀬川ユウマは膝が立たないほど体力を消耗しており、その様子からアイラの予想どおり、 彼に憑いていた生霊がその体にかけた負荷は想像以上だったのだろうと見ていた。


だが、今はそれどころではない。事情聴取がひと段落したあと、アイラはアキラからコンコンと説教されていた。


ジットリと【ヤレヤレですよ】感のこもった目でアイラを見るアキラ。 そして、まるで蛇に睨まれた蛙のように【何だかゴメン】感のこもった目でアキラを見るアイラ。


だが、アキラの目には「またやりましたね」という呆れと共に、 「無茶しないでください」という心配も垣間見える。


そんな二人の様子を、二歩下がった位置から、 親が子を見るような?【ニヤニヤ】と生暖かい目線で見ているヨシタダ。


「井納さんも、何か言ってくださいよ。」


「んー?そう言われても伝えたいことは全部、神山が言ってくれているからなぁ。 まあでも、これだけは言っておくかな。」


そう言ってヨシタダは、アキラの肩をポンポンと軽く二回叩き、 この場でアキラが何も言えなくなる“強烈なご意見”を口にした。


「アイラちゃん、こいつ、相当心配していたんだぞ。 原さん、大丈夫でしょうかって何回も、何回も。」


「い、井納さん!?」


N市署のナイスおっさん、後輩への最高のアシスト! とばかりに【ふんす】と胸を張るヨシタダだったが、 どうやらそれは少し蹴り出すタイミングが早かったのか、今のアキラの追いつけないコースに転がっていったようだった。


そんなやり取りをしているうちに、もう一台のトヨタ・クラウンパトカーは現場からN市署へと移動を始め、アキラとヨシタダの二人も署に戻る準備を始めた。


トヨタ・クラウンセダンFCEVパトロールカーに乗り込むアキラとヨシタダ。 パワースイッチがONとなり【ヒュイィン…】と音を発してFCスタックが起動する。 愛車フォード・クラウンビクトリアとはまったく違う独特な“目覚めの儀式”に、アイラは興味津々だった。


そんな中、パトカーの助手席側の窓が開き、アキラが顔を出す。


「原さん。いろいろ言っちゃいましたけど、今回の件、協力ありがとうございました。」


「いや、いいよ、いいよ。俺の方こそ、言われていたのにやり過ぎちゃってゴメンな。」


声を掛け合い、お互い自然に【ニッコリ】と笑顔を投げ合う二人。 それを運転席側から【シャラーン】とナイスおっさんスマイルを浮かべながら、 熟渋昇華(ダンディーズピーク)に浸る男、井納ヨシタダ。


「ははは、それじゃあアイラちゃん。お疲れ様。気をつけて帰るんだぞ。」


「ありがとう、井納さん。おつかれさまです。」


【ウィオウーン】と助手席の窓が閉まり、 低・中・高音が入り混じる【フォクコォオオオオォオォ】とも聞こえるAVASを奏でながら、 トヨタ・クラウンセダンFCEVパトロールカーはゆっくりと現場から離れていく。アイラは軽く手を振りながら、細く真一文字に光るテールランプを見送った。


角を曲がり、朝の新町通へと消えていくパトカーを見送ったアイラは、 ふう、と一つ息を吐き、空を見上げる。七月二十日、午前五時。 空の白みは増し、G県N市に“いつもと変わらない平和な日常”が戻ってきたことを、 朝陽が静かに知らせているようにも見えた。


そのときアイラはふと、 パトカーが現場に着く直前のことを思い出していた。


気を失っていた犯人――いや、犯人と言っていいのか難しい線かもしれない。 だが、実行していたのは彼である以上、ここでは犯人と呼ぼう。


瀬川ユウマは、パトカーが着く直前、 意識を取り戻したのか、あるいは取り戻しかけの朦朧とした中だったのか、 うわごとのように一言、ポツリと呟いた。


「……世界は……終わらな…いんですか?」


(生霊は引き剥がしたのに、まだ言ってるよコイツ。) アイラは少し呆れたように【スプーッ】とため息を吐き、 聞こえているかどうかもわからないまま、 それはどうでもいいと言わんばかりに、彼へ向けて吐き捨てるように呟いた。


「ああ、終わらねえよ。 良くも悪くもな。」


◇◆◇


早朝の新町通に入り、駅前本通りへ向かって自宅マンションへとゆっくり歩くアイラ。 周囲に気を張ることもなく、朝の光を気持ちよく浴びながら、思わず鼻歌混じりに 【トットト、トットタ】と軽いリズムを刻む足取りは、まさに“ひと仕事終えた”感を体で表していた。


黄泉野カレンと真城ナミの仕事場――ヨミノカウンセリング室の前を、 荻原ミドリの経営する喫茶店・寄合館の前を、 駅前本通りの信号を渡り、柴山夫妻の店・BARアムリタの前を通り、 自宅マンションへ着いたアイラは、部屋の鍵を開け、そのままベッドに【ソォイヤァ】とダイブした。


7月14日から20日まで、連日昼夜逆転しての仕事。毎夜、0時から5時までの街の見回り。 いくらアイラが“人とは違う存在”であっても、一週間を通してそんな生活を続けていれば、当然疲れも“ちょっと”は貯まる。


だが、そんなアイラが―― 考えるより先に体が動くタイプの彼女が、半眠りのぼんやりとした意識の中で考えていたことは、この事件の根底にある、もう一つの問題だった。


(一応N市駅前の件は一件落着だけど…… かと言って、終末論を掲げたネット動画の配信が止まっているわけじゃあない。 それなら今後も、いろいろな場所で様々な事件が―― 大なり小なり、起こることもあるんじゃないか?)


刃物使用によるN市駅前大量器物損壊事件。 これは“たまたま”N市駅前付近で起きただけで、 同様のネット動画を見ている人は全国津々浦々にいる。


ネガティブ情報の生霊に憑かれた配信者が終末論動画に乗せてそれをばら撒き、 それを受け取った視聴者の中から再び、瀬川ユウマのように ネガティブ情報の生霊に憑かれ、自暴自棄な行動へ誘導される人が―― 団体が――これからも現れるのではないか?


だが、アイラはそこで思考を断ち切った。


(とりあえず、寝よ)


そこから彼女が【スゥウウウウウウ】と静かに寝息を立てるまで、11秒――。


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