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超吾輩は猫である

作者: 鳴尾リョウ
掲載日:2026/05/01

 私は猫である。名前はワタライ。



 どこで生まれたかはとんと見当がつかないが、ギャルに拾われアパートの一室に住んでいる。


 主人はギャルはギャルでも、賢いギャルだ。ショップ店員として働くかたわら、積立ニーサで資産形成も行っている。偉い。


 主人はいつもスマホを手放さない。ショート動画をスワイプする手、留まるところ知らず。何なら時には踊って見せる。そんな時間があるのなら、私と一緒に遊んでほしい。


 ある時、主人はカリカリを食べる私に向かって、スマホを向けた。赤いランプが点灯していたので、おそらく録画しているのだろう。体をひねり顔を背けるが、それでもカメラを向けてくる。シャーと威嚇したところでスマホを置き、「ごめんごめん」と長いネイルの手を合わせる。


 数日後、今度は爪を研いでいると、主人は再びスマホを向けた。どうやら、以前の動画がバズったらしい。コメント欄には「ネコちゃんかわいい」「灰猫しか勝たん」など、私のかわいさを絶賛する言葉が並んだ。


 人間は良いな、気楽で。私なんて、主人がご飯を忘れるからその度「ニャー」と催促しなければならないし、トイレだっていつもきれいな状態じゃないと気になってしまう。


 そう言えば、今日のご飯は豪華だった。いつものキャットフードではなく、特別な日用の無添加の鶏肉入りだった。おやつだってカリカリじゃなくて、チュルチュルのやつだったし。さては主人、バズったお礼のつもりなのだろうか。


 それなら動画も悪くはない。少しくらいは許してやろう。私は思いっきり猫なで声を出し、カメラに向かってアピールする。どうだ人間、これが欲しいんだろう?


 私の思った通り、アップした動画はまたしてもバズった。本当に単純な生き物だと呆れざるを得ない。


 主人はたまに友人を連れてくる。もちろんギャルだ。彼女も猫を飼っていた。雌の三毛猫で名前は「みーこ」


 主人の家はペット禁止ではないが、あまり騒音を立てるのは好ましくないだろう。私もみーこもなるべく小声で会話することを心がけていた。それとは対照的に、大声で話す主人と友人。猫の心、ご主人知らずである。


「ねえ、ワタライ。あなたのところも、動画を上げてるみたいじゃない?」


 みーこは猫の中でも美しい声を持っている。彼女の声を聞くと鳥肌、いや猫肌が立つようだ。


「ああ、そうだよ」


「結構人気あるのね。この間主人に見せてもらったわ。あんまりかわいい声で鳴いてたから、人肌、じゃなくて猫肌が恋しいのかと思ったくらい」


「……からかうなよ」


 みーこはくすくす笑った。その仕草でさえも、健全な雄猫である私には刺激的だった。


「うちも動画撮ってるんだけど、なかなか難しいみたい。あまり気にしないで欲しいんだけどね……。あーあ、私が雄の三毛猫だったらなあ……」


 雄の三毛猫が生まれる確率は三万分の一とも言われている。確かにそれだけ珍しいのであれば、動画はバズるかもしれない。それでも私は言った。


「君が気にすることじゃない。数が多いとか少ないとか、そんなこと猫にとってはどうでもいいじゃないか」


 みーこは虚を突かれたように少し黙った。やがて、震えたような声で答える。


「……そうね、その通りだわ。ありがとう、ワタライ」


 良かった。日が差したように笑う彼女にほっとする。彼女に涙は似合わない。こんな自分の言葉でも伝わったのだ。


 そうして彼女たちは帰っていった。そして、それがみーこを見た最後の日となった。



 みーこの姿を見なくなって数日が経ち、私は主人から告げられる。


「あのね、ワタライ。みーこ、引っ越しちゃったんだって」


 聞くところによると、みーこの主人が体調を崩してしまったとのことだった。動画配信が伸び悩み、色々と凝った動画を作るために無理して編集をしていたらしい。日中は主人と同じショップ店員として働き、仕事から帰ると撮影、編集に追われる日々。そうして無理がたたって、体を壊し、みーこを連れて実家に帰ることになった。


「あたしも心配だったんだ。この間家に来た時も無理して明るくしてたみたいだったし……。でも、親御さんと一緒なら彼女もみーこも安心だよね!」


 自分に言い聞かせるように私に話しかける主人。彼女の猫として、私にできることは一つ。


「ニャー」


 きっと大丈夫。そう言ったが、おそらくは伝わらないだろうな。今日ほど自分が猫であることを悔やんだ日はない。


 しかし、私の考えとは異なり、主人は泣きながら笑う。


「だよね! きっとまた、元気になったら会えるよ!」


 すまない、ご主人。猫の心、ご主人知らずというのは撤回する。私は自分の主人が彼女であることを誇りに思った。



 みーこが去ってしばらく経ち、以前はバズっていた私の動画も再生回数がみるみるうちに落ちていった。今までが異常なだけで、その辺の猫の動画の実力なんてそんなもんだ。


 私としてはカメラを向けられることが減ってきたのでありがたかったが、心配なのは主人だった。みーこの主人も動画を見られないことで体調を崩した。もしも主人も同じであったら……。


 承認欲求はまるで酒のようなものである。少しずつ与えられているくらいなら気持ちが良いが、大量に与えられると飲まれてしまう。自分が何者かに成れたように錯覚し、現実を見誤る。


 そして、何より怖いのは、与えられていたものが失われた時だ。


 積み上げてきたものが崩れ、足元から崩れ落ちる恐怖は人を蝕む。正気でいられなくなり、溺れ死ぬ者もいる。


「たっだいまー! ワタライ、いい子でいた?」


「ニャー」


 仕事帰りの主人を玄関で出迎える。いつも元気な主人だが、人の心は表には出ない。彼女は部屋着に着替えると、すぐさまスマホを触った。


 私は主人の肩に飛び乗り画面を見ると、私の動画チャンネルだった。


「うーん、やっぱり伸びてない……」


 眉間にしわを寄せ、考え込むように彼女はそう言った。今までそんな風に困っている顔をしなかったのに……。やはり、主人も気にしているのか。


「……うん、やっぱり決めた! すっぱりやめよう!」


 やめる? 何を? 私が疑問に思っていると、彼女は迷いなくスマホを動画モードにし、きょとんとしている私を撮り始めた。


「『いつもワタライちゃんねるを見てくれてありがとう! 突然ですが、この動画で最後にします! 急なお知らせになってごめんなさい。私もワタライも元気なのでご心配なく! それじゃあみなさん、ありがとねー! 最後にワタライ君、どうぞ!』」


 急に指名を受けた私は動揺してしまい、「ニャー」と鳴くのが関の山だった。


 撮影を終えると、主人は私に語りかけた。


「急に決めちゃってごめんね。ワタライも協力してくれてたのに……。でも、このままじゃ動画を撮ることを嫌いになっちゃいそうだったから。それだけは嫌だったの」


 彼女はいつもの笑顔ではない、曇ったような顔をして話してくれた。それ以上は語らなかったが、みーこの件も無関係ではないのだろう。主人はギャルはギャルでも、賢いギャルだ。引き時だと判断したのなら、私が文句を言う筋合いはない。


「だから、動画投稿はもうおしまい!」


 なにはともあれ、私もカメラから解放される。そう思っていたのだが、目の前の彼女はさっそくそのカメラを私に向けていた。


「これからは私のためだけのワタライ動画を撮ることにします! 覚悟せよ!」


 にこにこ晴れのような笑顔でスマホを構える彼女には、たとえシャーしたところで効果はないだろう。



 私は猫である。名前はワタライ。


 きっと生まれ変わっても、私はあなたに会いに来る。


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