稽古と師匠と弟子
4歳になった。
気づけば、文字も読めるようになり、簡単な文章なら書ける。身体も以前よりずっとしっかりしてきた――とはいえ、まだ子供の範疇だ。高い棚には手が届かないし、父の背中は相変わらず大きい。
それでも、一人で森へ行くことを許された。
これで本格的に魔法の練習ができる。
「今日からここが俺の魔法の修練場だ」
そして同時に、もう一つの“始まり”があった。
剣の稽古だ。
やはりこの家は、魔法よりも体術を得意とする家系らしい。特にガーナモンド家は、体術の中でも剣を最も得意としている。父の背中を見れば、それは嫌でも分かる。朝の空気を裂く剣の音。無駄のない踏み込み。
どうやら、俺もその道を歩くことになるらしい。
しかし、歩く気は端からない。というか歩きたくない。俺は剣より魔法のほうが得意だからだ。
だが、父は魔力を使えない。これは非常にまずい。魔法を教えてくれる人がいないからだ。転生前の俺は風魔法を上級まで使えたが、それだけだ。他の属性は覚えていない。
以前から家の書斎に忍び込み、いろいろな属性の魔法を覚えようとしたが、独学では初級までが限界だった。中級も時間をかければ使えるが、非効率でとても難しい。とはいえ、父が教えられるのは剣だけで、母は学問だけだ。
「誰か魔法を教えてくれる人がいたらな」
独り言をぽつりとこぼしながら森を歩く。
しかし、この森は何か変だ。動物が一匹もいない。前に来たときは、もっとたくさんの動物で溢れていたはずだ。
嫌な予感がする。赤い瞳のドラゴンが急に現れる、なんてことはないよな。
そのとき、木が揺れだした。
魔物か? それとも――
木の影からドラゴンが姿を現した。瞳は赤くない。それに、まだ小さい。
ふう……よかった。よくはないけど。こいつなら倒せそうだな。
深く息を吸い、詠唱を唱える。あまり被害を出さずに倒せる魔法を選ぶ。
「聖なる天の息吹は、風の弾丸となりて目の前の敵を撃て――ウィンドブレット」
腕を伸ばし、人差し指をドラゴンに向ける。指先で風が圧縮され、弾丸へと変わり、ドラゴンへと放たれた。
中級魔法程度でも、あのドラゴンを倒せるはずだ。
土煙が上がり、やがて視界が晴れていく。
「嘘だろ」
そこには、無傷のドラゴンが立っていた。
中級魔法が効かない!? いや、そんなはずはない。
だったら――
前世で聞いた女神の言葉を思い出す。
こいつも雷属性でしか倒せないのか?
試す価値はある。ちょうど練習のために森へ来たんだ。まだ初級しか使えないが、足止めくらいはできるはずだ。その隙に逃げよう。
もう一度、深く息を吸う。
「気高き光よ、今ここに力を見せつけろ――サンダー!!」
雷が一直線に走り、ドラゴンへと落ちた。
眩い閃光とともに轟音が森に響く。
衝撃で土煙が舞い上がる。
どうだ?
煙の向こうで、何かが崩れる音がした。
やがて視界が晴れる。
そこには――倒れ伏したドラゴンの姿があった。
「勝った?」
足が震えている。正直、逃げる準備はしていた。
だが、立っているのは俺で、倒れているのはドラゴンだ。
初級雷魔法でもいけたのか?
胸の奥で鼓動が速くなる。魔力はほとんど空だが、確かな手応えがあった。
そのとき。
「今の雷魔法、詠唱の組み立ては悪くない」
背後から、低い声がした。
振り向いた瞬間、全身の毛が逆立つ。
いつからいた?
木の影から、一人の男が姿を現した。黒いローブをまとい、鋭い眼差しでこちらを見ている。
「だが、あれはお前の魔法では倒せていない」
「えっ?」
「初級なら、せいぜい雷球を放つ程度だ。あそこまでの威力は出ん」
男はゆっくりと倒れたドラゴンに視線を向ける。
「雷が当たる直前、心臓を貫いたのは私の魔法だ。少し手を貸した」
頭が真っ白になる。
俺が倒したんじゃない?
「無謀だ。あの個体は幼体でも風属性耐性が高い。雷も初級では仕留めきれない」
男の目が細くなる。
「坊主、今いくつだ」
「4歳です」
「4歳で中級風魔法と初級雷魔法を扱うとはな」
その視線は、試すようであり、どこか楽しんでいるようでもあった。
「誰に魔法を教わった?」
喉が鳴る。
――来た。
俺が欲しかった存在。
魔法を知る者。
森の空気が張り詰める。
「独学です」
男の口元が、わずかに歪んだ。
「面白い」
静かに、しかし確信を持って言う。
「私の弟子に――」
「僕を弟子にしてください」
男の口元が、さらに歪む。




