無力と知恵と魔力
アルフォード・ガーナモンドって…そうか、あの女神が名前を残すか聞いたのはこのためか。
ん?これって転生したことがバレたらやばいんじゃないか?
最悪の場合、悪魔憑きとして殺されるんじゃないのか?
「おかしいですね……アル様が全然泣きません。生まれたてだと大抵の赤ちゃんは泣き声をあげるものだと思っていましたが」
おっと、やばい。ここは産声でも上げるべきだったか?
「アルは利口さんなのよ」
多分、母親らしき人物だ。天然で助かった。
「そうかアルはお利口さんか!!」
と、父が豪快に笑い声を上げる。
「旦那様、アルフォード様が怖がりますよ」
「おっと、すまない。嬉しくてな」
さて、ここは赤ん坊らしく泣いとくか。
「おぎゃあああああ!」
我ながら迫真の演技だ。
父が豪快に笑いながら俺を抱き上げる。
その瞬間、胸元の紋章が視界に入った。
ただの装飾に見えるそれが、なぜか目を引く。
無意識に手を伸ばした。
触れた刹那、胸の奥がざわりと震える。
何かが、呼応しかけた。
——まずい。
次の瞬間、感覚はすっと消えた。
まるで誰かが、上から押さえ込んだかのように。
しかし、父は豪快に笑い、母は優しく微笑む。
乳母も安心したように胸を撫で下ろしている。
……危ない。
今はまだ魔力が少ないから不発に終わった。
だがもし、前世と同じ量の魔力を抱えたまま転生していたら――器である赤子の身体が耐えきれず、部屋ごと吹き飛んでいたに違いない。
俺は今、赤子という小さな器に収まっている。それが幸いした。
やはり制御が先だな。その夜。俺は目を覚ました。屋敷は静まり返っている。母の寝息が、すぐ傍で規則正しく聞こえる。
今なら試せる。
俺は胸の奥に意識を沈めた。
ざわり、とあの感覚が微かに揺れる。
抑え込め。
流れを細く、静かに。
だが次の瞬間、視界が暗くなった。
——まずい。抑えるどころか、魔力そのものが足りない。
器が小さいのではない。そもそも蓄えがほとんど無いのだ。
その時、昼間触れた紋章の感触が脳裏をよぎる。
かすかに、胸の奥が温もった。ほんの一滴、流れ込むような感覚。
父自身には魔力がほとんど無い。だが、紋章には微量ながら魔力が蓄えられている。
無意識に、俺はそれを吸い上げた――共鳴したのか?いや共鳴ではない、奪取だ。
次の瞬間、意識が途切れた。魔力切れか。
夢の中で、前世の自分が剣を振っている。右腕を失う瞬間。
でも今回、違う。
前世の自分が言う。
「奪え」
朝、目が覚める。
魔力残量、ほぼ空。
前世基準で測れば、児戯にも等しい。
本来なら、基礎循環を安定させてから段階的に増やすべきだ。急ぐ理由はない。理論上は。
……だが。
昨夜の“流れ”が、まだ胸の奥に残っている。
あれは偶然ではない。検証する価値がある。
夢に現れた前世の自分の言葉が、静かに蘇る。
『奪え』
その一言は、理性を削るほどに甘い。
冷静に考えろ。制御を誤れば、供給源ごと枯らしかねない。
それが父であった場合――最悪、命に関わる。
……理解している。
だが――試さずにはいられない。
もう一度、あの紋章に触れれば。
「アル、おはよう」
ものすごくびっくりした。
反射的に魔力の流れを止める。
横を見ると、母が優しく微笑んでいた。
……危ない。いきなり実験して部屋を騒がせるわけにはいかない。
俺は慌てて視線を逸らし、赤子らしく手をぱたぱたさせる。
「あー、うー」
よし、完璧だ。




