第30章 — 夜明け前の最初の光
【最新ニュース】夜間捜索でついに発見
―大沢晴美は夜の街を駆け抜け、行方不明の少年を追う…そして、胸が張り裂ける音を耳にする―
病院を出た瞬間から―
捜索は容赦なく続けられた。
手には古い書類。
胸には不安と確信が入り混じる。
「彼はもういない」。
ただその事実だけが彼女の心に重くのしかかっていた。
そして―
暗い路地の突き当たり。
街灯の下。
小さな影が、むき出しになっていた。
少年はそこに座っていた。
一人ぼっちで。
何も持たずに。
彼の背中は―
「もう帰る場所はないのかもしれない」という現実を物語っていた。
次の瞬間。
―彼女は彼を抱きしめた。
言葉を交わす前に。
壊れたのは少年だったのか?
それとも…
ずっと耐えてきた彼女自身の「心」だったのか?そして、彼女は低い声で言った。
「もう二度とあなたを一人にはしない。」
それは約束だったのか、それとも祈りだったのか?
夜はまだ冷え込んでいる。
しかし…
確かに何かが燃え上がった。
春海は、病院の七階分の階段をゆっくりと降りていた。
体は重い。
けれど――頭は、やけに冴えている。
やるべきことが、はっきりしていた。
胸に抱えた書類。
古びた紙。
かすれたインク。
情報は多すぎる。
でも――必要なもの。
それでも。
一番重いのは、それじゃない。
タケルがいるはずの場所にある、
ぽっかり空いた“空白”。
自動ドアを抜けた瞬間、夜の空気が顔にぶつかった。
冷たい。
刺すように冷たい。
まるで、現実を突きつけるみたいに。
この街は、小さい。
人はほとんどいない。
街灯は頼りなく、ぽつぽつと。
春海は細い道を歩く。
息を整えながら。
崩れないように。
「……ひとりだ」
そう思った。
でも同時に。
「絶対に見つける」
足は止まらない。
街灯がチカチカと揺れる。
春海はスマホを取り出し、ライトをつけた。
細い光が、闇を裂く。
――その先に。
いた。
小さな背中。
縁石に座る少年。
黒いコート。
うつむいたまま。
足を、ゆっくり揺らしている。
待っているようで。
でも――何も来ないことを知っているみたいに。
ズボンを握る手。
強く。
自分をつなぎ止めるように。
何も持っていない。
カバンも。
スマホも。
ただ――
彼だけ。
春海は止まる。
分かる。
あの背中。
あの静けさ。
振り向かなくても分かる。
――タケル。
心臓が落ちそうになる。
(タケルくん……)
声には出さない。
走る。
音も立てず。
転びもせず。
人生で初めて、完璧に動いた。
風が彼の顔を打つ。
それでも彼は、動かない。
(メイちゃん、連れてくればよかった)
(オレ、バカだ)
(置いてきた…ママみたいに)
(どこ行けばいいんだ)
(来なきゃよかった)
(大沢さん、楽になっただろうな)
(メイ、ご飯あるかな)
(起きたら気づくかな)
ぎゅっと、布を握る。
(オレなんて…)
その瞬間――
抱きしめられた。
強く。
突然に。
温かく。
オーブンみたいなぬくもり。
髪が頬に触れる。
あの匂い。
甘くて、安心する匂い。
春海。
気づかなかった。
何も。
ただ――感じた。
そして。
壊れた。
静かに。
ガラスみたいに。
涙が落ちる。
止められない。
隠せない。
震えが全部、ばらす。
春海は気づいて、さらに強く抱きしめた。
「大丈夫……」
やさしく。
「もう大丈夫……タケルくん」
頭を撫でる。
冷えた髪を、温める。
タケルは少しだけ顔を寄せる。
腕に額をつけて。
――泣いた。
音を殺せない涙。
何年も溜めたものが、一気に溢れる。
春海は涙を拭きながら、離さない。
「もう大丈夫」
「見つけたから」
「一人にしない」
祈りみたいに。
たぶん、本当に祈り。
タケルの目は赤い。
鼻も。
頬も。
春海はぽつり。
「寒いね」
分かってる。
それが優しさだって。
だから――
そっと、手に触れる。
離れない。
初めて。
家の前。
ドアを叩く。
桜が開ける。
メイは眠っている。
近所の優しそうなお兄さんの膝の上で。
口はチョコまみれ。
ナプキンを宝物みたいに握って。
「心配してたのよ」
「でも寝ちゃったわ」
春海は笑う。
「ありがとうございます……」
後ろのタケル。
何も聞かない桜。
ただ微笑む。
「いい光景ね」
春海は赤くなる。
「帰ります」
家。
暗い。
寒い。
すごく寒い。
メイを抱えて入る。
タケルが隣に立つ。
廊下は氷みたい。
「ヒーター直さないと……」
そのとき。
タケルが小さく息を吐く。
「帰ってきた」みたいに。
春海は見る。
彼はそらす。
春海は笑う。
小さく。
でも、あたたかく。
子どもたちは無事。
彼女も無事。
そして――
この家はもう。
空っぽじゃない。
少しだけ。
ちゃんと。
――「家」になった。




