第23話 — 春海家の“ちょっと怪しい静かな日曜日”
速報!
今朝、
とある静かな町の、どこにでもありそうな一軒家で――
珍しい現象が確認されました。
鍋は一つも爆発せず。
子どもが叫びながら走り回ることもなく。
料理の大惨事も発生していません。
しかし――
一人の女性が…
ソファに寝転び、
天井を見つめながら、
「私、もしかして死んだ?」と本気で疑っていました。
目撃者によると、
「ただ…静かすぎるって気づいただけらしいです。」
とはいえ、
その空気はまるで、
何かが盛大に起きる直前の数秒間のよう。
これは平和なのか?
それとも罠なのか?
——真相は、まだ誰にも分かりません。
日曜日の朝は、びっくりするほど静かだった。
本当に、
静かすぎて——
ソファにおしゃれに倒れていた春海は、疑うように片目だけ開けた。
「……泉……」
天井に向かって小声でつぶやく。
「私、もしかして死んだのに誰も教えてくれてない?」
……返事なし。完全な静寂。
芽衣は畳の上でくまちゃんを抱きしめて熟睡中。
武瑠は机に座って、本人いわく「重要」らしい謎の工作を組み立てている。
春海から見れば、どう見ても“ゴミから生まれた現代アート”。
泉は……たぶん地震レベル7でも起きないくらい爆睡中。
春海は机の上の仕事の書類を整え始めた。
まるで古代ルーン文字を解読するみたいに。
「よし…これは左…これはゴミ箱…これは別のゴミ箱…これは見なかったことにして…
あ、これは可愛い。花瓶の下に置こう」
パン、と手を叩く。
「整理完了!私、めっちゃ大人!」
武瑠は顔も上げない。
「全然片付いてない」
「武瑠くんね、大人になったら分かるの。
“片付いて見えたら片付いてる”の」
「そんなルールない」
「私の世界にはあるの!」
その時、芽衣があくびをして起き上がった。
もぞもぞ歩いてきて、机にたどり着く。
「……春海ぃ……髪やって…?」
春海の心が内側でキラッと輝く。
「任せて!それなら出来る!
スープとご飯と卵以外なら!」
「もういいから!」
武瑠が慌てて止める。
(料理の失敗談が20個並ぶ前に)
春海はブラシを持って、芽衣の髪を優しくとかし始めた。
……その時。
思い出してしまった。
あの恐怖。
良い映画の途中に急に入る不快なCMみたいに、
あの恥ずかしい記憶がフラッシュバック。
ブラシが空中で止まる。
「……泉……」
魂が口から抜けそうな声。
「めちゃくちゃ痛いこと思い出した…」
ちょうど寝起き顔で現れた泉がため息。
「今度は何…?」
春海は胸に手を当て、ドラマ全開。
「金曜日…圭が門のところに来た時…」
「春海、やめて」
「私、部屋着だったの!!」
「やめてって」
「しかもシミ付き!!何のシミかも分からないやつ!!」
「春海ほんとに無理」
「しかも固まったの!!トラック見たニワトリみたいに!!」
泉は深呼吸。
「春海、ほんと恥ずかしい人ね。誰も気にしてないって」
「私は気にするの!社会が気にするの!宇宙が気にするの!」
芽衣が首をかしげる。
「圭ってだれ?」
春海、額に手。
「トラウマよ、芽衣。
私の人生の黒歴史の1ページ」
武瑠が淡々と:
「春海さん、いつもだらしないし」
「武瑠!?今日やけに私を刺してくるね!?」
「事実言ってるだけ」
「事実はいらない!情緒的サポートが欲しいの!」
泉が笑う。
「で、その話ちゃんと説明しなよ。子どもたち分かってないでしょ」
春海は真面目な講義を始める顔になる。
「いい?ここにはね、三つの町があるの。
すごく近くて…二歩歩いたら別の町、さらに三歩でまた別の町。ほぼ境界線ない」
「なるほど…」
芽衣は分かったふりでうなずく。
「私の職場は隣町。圭もそこに住んでるの」
芽衣、自然に:
「その人、春海の彼氏?」
武瑠、即座に振り向く。
春海、目を見開く。
「違う違う違う!!絶対ない!!神様お願いだから!!私そんな—いや—無理!!」
「わ、落ち着いて」泉が笑う。
「そんな必死だと逆に好きみたい」
「好きじゃない!!一生ない!!
だって…遠いし…」
「隣町ね」
「十分遠いの!!」
勝ち誇る春海。
武瑠は少しムッとしながら工作に戻る。
芽衣の髪が整い、本人は満足げにニコッ。
春海は伸びをして、ふと周りを見る。
……静か。
完璧に静か。
「……変だな」
小声。
「静かすぎる。何か爆発する前触れ?運命が何か準備してる?それとも—」
泉が口を手でふさぐ。
「春海。日曜だよ。みんな休むの」
「信用できない」
春海、目を細める。
「宇宙が私にこんな静かな日くれるわけない。絶対罠」
「はいはい」泉が笑う。
そして、ほんの少しの間——
家はそのままだった。
穏やかで、
やわらかくて、
あたたかくて、
朝のお茶とパンの匂いがして。
春海は机に座り、
芽衣は色鉛筆でお絵かき、
武瑠は“別に楽しくないけど”みたいな顔でそこにいて、
泉はコーヒーを淹れる。
ほんの数分。
本当に、家族みたいだった。
春海は小さく微笑む。
「……いいなぁ、これ……」
武瑠が気づかれないように横目で見る。
そして。
ここから始まる。
小さくて、
見えなくて、
でも確かに始まる。
彼の不安。
この幸せが、
長く続きすぎるんじゃないかという、
静かな恐れ。
……それは、水曜日の話。
今はまだ。
ただの、
普通の日曜日。
それだけで、十分だった。




