第19話 — 四十分間のカオス
ようやく走り出した車。
だが平穏は、五分も続かなかった。
運転、家族、スーツケース、
そして――街全体を招待した大宴会。
食材ゼロ、計画ゼロ、
あるのは勢いと母の怒号だけ。
四十分間、
正気と物理法則が崩壊する。
車は、ようやく道路に出た。
ハルミは、
まるで暴れ馬を手なずけるような姿勢で運転している。
車は震え、
母は祈り始め、
父はスーツケースの下で呼吸を試み、
イズミは父とドアに挟まれた人間サンド。
メイは座ったまま熟睡。
タケルは窓を見つめ、
静かに運命を受け入れていた。
五分間の沈黙。
そして――
当然のように、ハルミが口を開いた。
「ママ…」
「今度は何?」
「ちょっと…言わなきゃいけないことが…」
父が深くため息をつく。
スーツケースまで揺れた。
母は、明らかに警戒した。
ハルミはハンドルを強く握る。
「わたし…その…」
「何?」
母の鼓動が上がる。
「ちょっと…」
「ちょっと何!?」
「用事を…」
「ハルミ、早く言いなさい!!」
「……宴会」
車内が、凍りついた。
父は瞬き。
イズミは眉を上げる。
母は、壊れかけのロボットのように、
ゆっくり振り返った。
「……宴会?」
「うん!」
「誰のため?」
「街の」
「街のどこ!?」
「全部!!助けてもらったから、
大きな宴会でお返ししたくて!!」
母は胸を押さえた。
「あなた、何をしたの!?」
「街全体を招待した!!」
「ハルミ…」
「ママ、楽しいよ!」
「食べ物はあるの!?」
「それは細かいこと…」
「何!?」
「ない」
「ない!?」
「うん!!」
母はシートに倒れ込んだ。
「マコト、聞いた!?」
「レジーナ、君もやるだろ」
父は現実を受け入れた。
「二人とも!!」
その叫びで、メイが起きた。
「ついた?」
「まだ…」
タケルは眠そうに呟いた。
イズミが、
ポルトガル語と日本語を混ぜて言う。
「ハルミ…街全体を何で食べさせるの?空気?」
「大丈夫!!即興で!!」
「朝ごはんも即興できないくせに天才か!!」
タケルは「即興」だけ理解した。
「インスタント米がある」
「宴会には足りない!!」
母は即ツッコミ。
ハルミは深呼吸し、真剣な顔。
「ママ…任せて!!」
「無理」
即答。
「料理できない。材料ない。
何より、あなたは私の娘」
ハルミ、口を尖らせる。
「……つら」
母はスマホを出した。
「スーパーに寄る」
「ママ—」
「ハルミ」
「……はい」
スーパー:カオス2.0
母は、
制限時間付き番組の出演者のように走る。
「豆!」
「ないよ!」
「あるもので作る!!」
「ママ—」
「米!肉!魚!野菜!粉!砂糖!油!」
「それ車に入らない!!」
母、止まる。
娘を見る。
「ハルミ」
「なに」
「街全体を招待したのよね?」
「うん…」
「どうやって食べさせるつもりだったの?」
「……努力?」
「AAAAAHHH!!」
カートはさらに埋まった。
イズミは、
生コメディを見る観客のように笑い、
タケルは無言で荷物を運び、
メイはパンを抱いてご機嫌。
父は、もう人生を諦めていた。
ハルミは
買い物を見て、
トランクを見て、
神を見た。
「ママ…入らない」
「なんとかする」
「無理!」
「ブラジル人でしょ!?」
「そう!!その通り!!」
「じゃあ行くわよ!!」
どうやったのか、
誰も知らない。
だが――
入った。
全部入った。
人も、荷物も、
物理法則は泣いた。
家に到着
母は車を降り、家を見た。
沈黙。
五秒。
「……ハルミ」
「なに」
「ここ、あなたの家?」
「うん!!」
母は父を見る。
「マコト」
「なに」
「知ってた?」
「引っ越すとは…でもこれは知らない」
「マコト!!」
イズミは大爆笑。
メイは口を開け、
タケルは掃除を想像した。
ハルミは腕を広げた。
「ママ、ようこそ私の家!!」
母は腕を組み、
ため息をつき、
濃いサンパウロ訛りで言った。
「……いい」
「いい…?」
「いい」
「ママ?」
「キッチン行くわ」
彼女は歩き出した。
宴会を、
娘を、
必要なら日本ごと救うために。
――こうして始まる。
本当の戦争:宴会の準備。




