第13話 治美 VS 工具
【悲報】DIY初心者、ドア1枚で完全敗北!?家の未来が心配すぎる件
―「簡単そう」で始めた人間は、だいたい痛い目を見る。
電気なし。
工具スキルなし。
知識なし。
なのに始まる――
“ドア取り付けチャレンジ”
やる気:MAX
成功率:0.3%
箱を開ける → 絡まる
工具を使う → 間違える
完成する → 開かない
そして残るのは――
絶望と、逆向きのドア。
さらに巻き起こる感情の嵐。
ケンカ。
ツッコミ。
謎の夫婦認定。
これは成長か、それとも事故か。
(全八百七十三回くらい続きそうな悲劇、その一)
朝、イズミがリュックを背負った。
ため息をついた。
長いため息だった。
一週間、戦場を生き延びた人のため息だった。
「お姉ちゃん……楽しかったよ。でも、文明と電気とちゃんと開くドアのある暮らしを忘れる前に、家に帰らないと」
ハルミは唇をとがらせた。
「私を見捨てるの?」
「うん」
「罪悪感もなし?」
「まったく」
メイがイズミの脚に抱きついた。
「イズミさん……明日、また来る?」
「週末に来るよ」
「約束?」
「正式な約束。指切り付きで」
二人は小指を絡めた。
メイは満足した。
タケルは、ただ小さくうなずいた。
でも、口元には怪しい微笑みが浮かんでいた。
ほんの、ほんの少しだけ。
ハルミは気づいた。
「タケルくん……イズミちゃんが帰るの、うれしいの?」
「別に」
「うれしいんでしょ」
「うれしくない」
「笑ってるよ」
「いつもの顔だけど」
「落ち着いた悪役みたいな顔してる」
「どうも」
イズミが帰ると……
家は静かになった。
ハルミはドアを閉めた。
深呼吸した。
肩を回した。
そして、大げさに宣言した。
「本日のミッション!」
メイが目を見開いた。
「毎日ミッションがあるの!?」
「そう! 毎日、新しい目標があるの! 今日は、この家をちゃんとした家にします!」
メイはまばたきをした。
「お掃除ってこと?」
「違う……今日やるのは――」
たっぷり間を置いて、ハルミはドアのない浴室を指さした。
「お風呂場にドアをつけること!」
メイは真顔になった。
「ハルちゃん……じゃあ、命がけのミッションだね」
「そのとおり!」
タケルがキッチンから顔を出した。
「まだ電気もないけど」
「細かいことは気にしない」
「大沢、そもそも前のドア、もうないよ」
ハルミは笑った。
あの笑顔だった。
危険な笑顔。
「それなんだけど……」
家の外の壁際に置かれた、大きな箱を指さした。
「じゃん、じゃん、じゃーーん!」
沈黙。
「新しいお風呂場のドア、昨日の夜に届きました!」
メイがぱちぱちと手をたたいた。
タケルは箱を見た。
それからハルミを見た。
それから天井を見た。
無言で祈りを捧げるように。
「絶対うまくいかない」
第一段階:箱を開ける!(開けばの話)
箱は重かった。
とても重かった。
「これ、一人でどうやって運ぶの?」というレベルで重かった。
ハルミは引っ張った。
動かなかった。
押してみた。
動かなかった。
そこで、箱に両手を置いて、真剣に言った。
「ドア……私はあなたを信じてる」
タケルがまばたきをした。
「物を励まそうとしてる?」
「そう」
「考えたりしないけど」
「だからこそ。今、教えてるの」
五分後……
ハルミはプチプチに絡まっていた。
「メイちゃーーん!」
「ん?」
「手が抜けない」
「どうして!?」
「分かんない」
ハルミは悲劇の主人公のような顔をした。
もっとも、キッチンにいるタケルの顔も負けていなかった。
メイは助けようとした。
そして、ハルミと一緒に絡まった。
二人そろって、床に尻もちをついた。
タケルは、テレビ番組でも見るように眺めていた。
「二人とも、ほんとにバカ……」
そして、事態を救うべく、プチプチの牢獄から二人を解放した。
「ありがとう!」
「私たちのヒーロー!」
二人は、命を救われたかのようにタケルに飛びついた。
ある意味、救われたのかもしれない。
「離れて……」
タケルはそう言ってみたものの、抵抗するのを諦めた。
第二段階:ドアを取り付ける!
二十分後。
「タケルくん、ドライバー取って」
「それ、ハンマー」
「それでもいい」
「ダメ」
「じゃあ、あの黄色いやつ」
「粘着テープ」
「よし」
「よくない」
三十分。
四十分。
一時間。
完全な沈黙。
そして――
カチッ。
ハルミは両腕を上げた。
「できたあああああ!」
富士山を登りきったような顔だった。
メイが拍手した。
タケルは、科学的な慎重さで観察していた。
ハルミがドアノブを回した。
ドアが開いた。
「ほらね! 私は工具の達人なの!」
ドアを閉めた。
ドアノブを回した。
動かない。
もう一度回した。
動かない。
押した。
引いた。
沈黙。
「……タケルくん」
「ん?」
「ドア、開かない」
タケルは見た。
二秒考えた。
「逆向きにつけてる」
沈黙。
ハルミが固まった。
「私……何をどうしたって?」
「逆向きにつけてる」
「……」
「鍵が外側にある」
「……」
「蝶番も」
完全な沈黙。
メイがハルミの手を握った。
「ハルちゃん……泣かないで」
「泣いてない」
「泣いてるよ」
「目から汗をかいてるだけ」
第三段階:掃除で心の傷を忘れる
ハルミは勢いよく立ち上がった。
「オッケー」
「オッケー?」
「新しい計画!」
「どんな計画?」とタケルが聞いた。
「この散らかりっぷりを何とかします!」
「散らかしたの、大沢だけど……それに昨日、もう二度とこの家を掃除しないって言ってた」
「嘘ついた」
「なんで?」
「人として成長したから」
ハルミは、感情の竜巻と化して掃除を始めた。
その結果、
バケツをひっくり返し、
階段から落ちかけ、
棚に頭をぶつけ、
床を……自分の足で拭いた。
さらにもう一度転んだあと……
「痛っ」
ハルミは腰を押さえた。
「背骨から怪しい音がした」
「やめたほうがいい」とタケルが言った。
「ここでやめるのは弱い人だけ」
「大沢、弱いじゃん」
「今日の私は傷つきやすいの、タケルくん」
「見てれば分かる」
メイは二人を見ていた。
考えていた。
とても真剣に。
そして、言った。
「二人とも、夕方六時のドラマに出てくる夫婦みたいにケンカするね!」
沈黙。
タケルが固まった。
ハルミも固まった。
二人はメイを見た。
「違う!」
同時だった。
「そっちは九十七歳のおじいちゃんとおばあちゃんでしょ!」
「六十二歳」
「……六十二歳でしょ!」
メイはまばたきをした。
「じゃあ、そういうことにしとく」
掃除に戻った。
「変な夫婦」
さらに一時間後……
リビングはきれいになっていた。
廊下も。
ハルミは大げさに床へ倒れ込んだ。
「生き延びた……」
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