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夢追い令嬢と年下技官の恋

作者: すじお

王国の上流社会で、ある令嬢が密かに筆を握っていた。

名は カティア・ヴェルデン。


三十路半ばを迎えながらも結婚せず、舞踏会にも滅多に顔を出さない彼女は「夢見がちな行き遅れ」と陰口を叩かれていた。


けれど彼女には、誰にも言えない夢があった。


――いつか、ただの一人の画家として、自分の絵を世に残したい。


そんな思いを胸に、貴族としての生活を少しずつ手放し始めていた。


ある日、王都の新設工房に顔を出したときのこと。

絵画に必要な特殊な顔料を求めて訪れたカティアは、ひとりの青年に出会う。


「初めてお会いします。技術局所属の ユリウス・エーレン です」


彼はまだ二十歳そこそこの若者。

精巧な器具や顔料を生み出す才を持つ技官だった。

十四も年下の青年の真摯な眼差しに、カティアは戸惑う。


カティアが探していたのは、光の加減で色が変わる特別な顔料だった。

ユリウスは興味を示し、試作品を見せてくれた。

「これ……まるで空の色を閉じ込めたみたい」

「僕の技術が、あなたの夢の役に立つなら嬉しいです」

年若い彼の言葉に、カティアの胸は不意に熱を帯びる。

だが同時に思う。

――彼はまだ若い。

――私なんかに憧れを抱いても、すぐに冷めてしまう。

けれどユリウスは、その後も何度も工房から屋敷を訪れ、顔料や画材の相談に乗ってくれた。

「カティア様の描く世界を、僕はもっと見たいんです」

その真剣さは、軽い憧れなどではなかった。


社交界では噂が広がり始めた。


「貴族の娘が、年下の平民上がりの技官に入れあげている」――と。

カティアは心を閉ざそうとする。


「あなたには未来があるの。若い娘を娶り、子をなして、技官として地位を築くべきよ」


しかしユリウスは揺るがなかった。


「僕は未来を築きたいんです。あなたと一緒に」


その言葉に、カティアははじめて、自分が夢だけでなく――人としても望まれていると知る。


王国で大規模な展覧会が開かれることになった。

カティアは画家として無名のまま応募するが、貴族社会の妨害で落選しかける。

だがユリウスは、彼女の絵を最良の形で残そうと工房の仲間を集めた。


「この顔料を完成させれば、彼女の絵は誰にも真似できない輝きを放つ」


二人は夜を徹して共同作業を重ね、ついに完成させる。

新しい顔料を用いた絵は審査員を驚かせ、カティアの作品は王都で高く評価されることとなった。

そして、展覧会の片隅で。


「あなたの夢を叶えるために、俺はずっと隣にいたい」

「ユリウス……年の差を気にしないの?」

「気にするのは世間だけです。僕にとっては――あなたがすべてです」


カティアは、十四歳の年の差という壁をようやく越えて、彼の告白を受け入れた。



展覧会で作品が高く評価された後も、カティアは貴族社会に戻ることを選ばなかった。

彼女は妹に爵位と家を譲り、静かに王都を離れる決意をする。


「姉様、本当にいいの?」

「ええ。あなたなら、この家を立派に守れるわ。私は……もう、自分の夢に正直でいたいの」


そうしてカティアは、ユリウスと共に王都郊外の小さな屋敷へ移り住んだ。

そこには、広いアトリエに改装された部屋と、光を取り込む大きな窓。


外には季節ごとに色を変える野花が咲き乱れていた。

ユリウスは仕事の合間に工房から新しい顔料を持ち帰り、カティアに差し出す。


「これで描いた空は、きっと夜明けの光を閉じ込められる」

「ありがとう。ユリウスがいなければ、私はここまで来られなかった」


彼女が筆を走らせる横で、ユリウスは静かに器具の図面を広げる。

絵を描く彼女と、支える彼の技術。

二人の時は、ゆったりと流れていた。


やがて夕暮れ、完成した一枚を窓辺に立てかける。

「ねえ、ユリウス。この景色を、いつか世界に見せたい」

「必ず見せましょう。僕と一緒に」


年齢差も、身分も、すべてを越えて――

夢追い令嬢と年下技官は、ただ一人の伴侶として寄り添い合い、絵筆と技術で未来を描いていくのだった。




春の風がやわらかく吹くある日、カティアとユリウスは郊外の小さな旅に出た。

目的は、二人で見つけた美しい景色を絵に収めること。


馬車に乗り、途中の村で簡単な食事を済ませると、二人は丘の上に腰を下ろした。

目の前には広がる野原、遠くには緑の森と小川が光を反射して揺れている。

「ここ、すごく素敵……」カティアの瞳は光に満ちていた。


「そうですね。僕が顔料を改良すれば、この空の青さもそのままキャンバスに閉じ込められます」


カティアはすぐにスケッチブックを取り出し、柔らかな筆を走らせる。

ユリウスは隣で小さな道具箱を広げ、彼女の顔料作りを手伝う。


「ユリウス、あなたも描いてみて」

「僕は……あなたの描く風景のそばに居られるだけで幸せです」


そう言いつつも、彼も水彩筆を握り、空の色を重ねていく。

時折、カティアがユリウスの肩に触れ、微笑む。


「そんな真剣な顔をして……まるで少年みたい」

「エレノア様じゃなく、カティア様って呼んでくれる?」


その言葉に、カティアはくすりと笑った。

年齢差なんて関係ない。二人の心は、同じ夢を追う仲間としてぴったり寄り添っている。

夕暮れになると、二人は丘の上で完成したスケッチを並べて見比べた。


「わあ、同じ景色なのに、二人の色が違う……でも、どちらも素敵」

「僕らの目に映る世界は少しずつ違うけれど、一緒に見られるから嬉しいです」


月明かりが野原を白く照らすころ、カティアはユリウスの手を握った。


「ありがとう、ユリウス。あなたと一緒なら、どこへでも行ける気がする」

「僕もです、カティア様。一緒に行きましょう」


風に乗って鳥たちの声が響き、二人は肩を寄せ合いながら、夜空を描くように心を重ねていった。




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