表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/23

6. 摂理の崩壊


 夕方ともなれば街も駅も混み合う。来たばかりの電車にすんなりと乗れただけマシだった。といっても椅子には座れず、隣の人と肩を寄せ合う密度だけど。こちらは窮屈な思いをしているのに、ふわりふわりと飛び回る天使がなんとも奇妙だった。


「この異変を解決するまで葵から離れるつもりはないよ」


 その言葉どおり、アキハは家まで着いてきた。約束を交わした以上は無下にするわけにもいかなかった。その帰路にて「葵にだけ話をさせるわけにはいかない」とアキハは身の上話を始めた。耳は貸せど人前では反応できないと念押しすると独りで勝手にベラベラと語り出した。


「ゴロゴロ昼寝してたら口うるさいやつに怒られてさぁ。いつもいつも理不尽な理由で怒られてばっか。今回ばかりはボクも『仕事がない時に休んで何が悪い』って怒ってやったさ。それから喧嘩になって……家出してきた」


 最初に見かけた無機質でミステリアスな雰囲気がアキハの本性だと思った。無邪気な子供のように振る舞っているのもわたしを気遣って無理してくれてるとも思った。


 でもアキハの話を聞いてよぉくわかった。

 天界の事情について深くは知らない。けど多分全面的にアキハが悪い。怒られたのも日頃の行いというやつだろう。




 随分と長いこと、家を留守にしていた感覚だ。いつもどおり学校に行って秋葉原を歩いていただけなのに。数年の記憶よりこの数時間の出来事の方が濃密な時間だった。

 宝物でも愛でるような優しい手つきで鞄から鍵を取り出し扉を開ける。靴を脱いで洗面所で手を洗う。いつもどおりの所作、なのに背後に誰かいるだけで感覚が狂う。それに一挙手一投足を興味津々に見つめてこられると落ち着かない。

 でも自室のベッドに身体を投げればようやく一息つけた。


 さて、これからどうしたものか。


 わたしは天使を認識できる謎を解決しなければならない。一体どれだけかかるのか見当もつかないのだから、他の天使に協力を仰ぐべきだとわたしは思う。しかしアキハは即刻却下した。


「家出中の天使が助けを云えるか」


 一度決めたことは譲らない性格のようだ。親近感が湧くのは気のせいだろうか。


 まぁ、アキハが一人で解決できるのならそれに越したことはない。でも話し合うことはこれだけじゃない。天使がいたとしても明日も単調な一日がやってくるのだ。わたしが学校にいっている間は何するつもりなのか。


「だから葵から離れないって。だって葵が気づかなくても葵の日常に原因があるかもしれないんだ。その力が人為的に仕込まれていたらどうする? そうなればさすがに天界に報告しないと」

「人為的っていわれてもな。別に見えたところで天使がいなきゃ意味がないでしょう」

「ううん、それは違うよ」


 ふわふわと飛んでいたアキハは静止して顔の前で指を立てた。


「天使の仕事は地上の監視。天界を脅かす力を産まないためのね」


 アキハと出会うまでの天使のイメージは神の言伝を地上に運ぶ御使い。だから監視なんていわれるとイメージが壊れる。


「天界が警戒しているのは『摂理の崩壊』だ。不老不死、死者蘇生、時間跳躍……わかりやすいでしょう?」

「禁忌ってやつだね」

「地上の発展は目を見張るものがある。それはそれで好ましいことなのだけど、科学が天使の存在を肯定してしまったらどうなると思う?」

「うーん、神秘を求めて人間が天界を攻める、とか?」

「その通り。無論、人間が野蛮じゃないことは知ってる。けど未知にこそ信仰が生まれるんだ。信仰がなくなれば世界は新たな正義を求めて争うだろうね」


 世界を巻き込んだ大戦争になるとは思えない。けどわたしなんかより説得力があった。こちらの不注意が混乱の火種になると思うと考えを改めねばならない。



    ◇



「ね、アレないの?」

「アレ?」


 横になってしばらく休んでいると放置していたアキハが話しかけてきた。


「ソーサリー・スピリッツだよ! 葵が優勝した時のカードもあるんだろう? 見てみたいなぁ」


 天界では人にお願いする時はしおらしくねだるのが常識なのだろうか。

 えっと、どこにしまったっけ。当てもなく探し物を探すほど暇じゃない。なのに天使のおねだりに負けてクローゼットの中を探す自分がいた。


 古着に中学の頃の教科書ノート、その他ガラクタ。あるとすればこの辺りなのだけど……お、このダンボールがそうかな。

 封を開ければ続々と懐かしいものを発掘した。中には世界大会に出場すると知った父が買ってくれた合皮性のデッキケースもある。しかし使用したのは世界大会当日だけで新品同然。傷つける間もなく引退した証左だった。

 このケースの中に、世界を制したデッキが眠っている。


「はい、これ」


 デッキケースごと渡そうとした。が——


 ガタッ


 デッキケースが床に落ちた。差し出されたアキハの手に置いたつもりだったのに、スカッと透けてしまった。


「あ、ごめん、ついうっかり。天使のままじゃダメだね」


 すると突然、指を軽快に打ち鳴らした。なにをするのかと思えば頭上から光輪が消えて翼もなくなって……見覚えのある制服姿になった。

 当の本人は当たり前のように落ちたデッキケースを拾い上げた。


「ふむふむ、少し前までは活版印刷だったのに、こんなギラギラ加工ができるなんて。地上の技術はすごいねぇ。お、このドラゴンカッコいい」

「ちょっとまて」


 天使をすんなりと受け入れたのは出会った場所が混沌だからであって、家や学校で神秘をちらつかされても言葉を失ってしまう。さすがのわたしもアキハの前ではただの人間だ。


「なぁに?」

「なぁに? ……じゃないっ! その姿は? 輪っかと羽は? なんでケースに触れられるの?」

「見ての通り、今のボクは人間だよ」


 なるほど、人間になったのか……と、簡単に受け入れられるほど柔軟ではない。

 天使相手なのだから「へぇ、そうなんだ」くらいで深く考えないことが最善だろう。だけどろくな説明もなく、あたかもわたしが無知みたいな振る舞いをされるのは不服だ。


 自分がわかっているからと説明を省くのはポンコツ上司の典型だな。多分この子は仕事を押し付けるだけ押し付けて、部下の苦労も知らずにぐうたら寝ているのだろう。


 ここはひとつ、わからせてあげよう。己の感情がわからないなりの「不満」をご覧にいれましょう。


 ちょこんと座ってカードを眺めるアキハは隙だらけ。床に転がっていたペンでちょんちょんとつついてみた。


「ひ、ヒャぁ!?」


 おぉ、脇をつついただけでコレか。なかなかいい手応え。


「や、やめてよぉ。ボク、くすぐられるのに弱いんだ」

「だって何にも説明してくれないんだ。本当に触れるのか試したんだ」


 姿勢を崩して必死にくすぐりに争っている。

 弱点を発見したのは大きい。今後、交渉を進めるうえでかなり重要になってくるだろう。必死になって抵抗してもわたしより非力だし、いざとなれば力づくでどうにかなると気づいてしまった。


「やめて……ふふっ。ボクは人間だって」

「ダメ、説明が足りません」

「わ、わかった! 全部云うからぁ!」


 やめるつもりはなかったけれど、わたしもくすぐりながら説明を理解する自信はない。仕方ないと渋々手を止めた。


「い、いじわる」

「意地悪なのはどっちだ。天使が人間になれるって情報があれば、いろいろと状況が変わるのに」

「へっ?」


 着崩れた制服を正しながらとぼけた顔をする。


「人間の姿で生活する天使がいるかもしれないんだ。ソイツが良からぬ計画を企てて、わたしが計画に巻き込まれたとか」

「うーん、それはないかなぁ。葵に天使が接触してたら匂いでわかる」


 匂いなんてあてになるだろうか。


「兎に角、教えてよ。誰でも人間になれるの? 天使に戻れるの?」

「んんっと、人間になれるのはボクみたいな偉い天使だけ。天界でも十人もいない。ボクが合図すればこうやって……はい」


 と、再び指を鳴らす。すると元通り。光輪と翼が生えてきた。ただ器用にも衣服だけは制服のままだった。


 さっきまではこのペンで触れられたけど、今はスカッと透けてしまった。対してわたしは今までどおりアキハに触れられる。

 すごいでしょ、と得意げに薄い胸を張るアキハ。

 でもそんなことより、その力を悪用する方法を考えていた。もちろんわたしが実践するわけじゃない。第三者の暗躍の可能性だ。

 ま、品行方正のわたしが悪事なんてぽいぽいと思いつくわけもないのだが。


「もう、不思議な力はないよね」

「あらかた言ったさ」

「隠し事もないよね」

「ないよ」


 元気よく頷いた。じっと見つめてみると目が泳いでいる。しかもひゅうひゅうと下手くそな口笛のおまけ付きで。

 まぁ、今日のところはお腹いっぱい。尋問も面倒くさくなっちゃった。


 ひと段落したわたしは再びベッドにだいぶ。瞼を落とせば明日にタイムスリップできそう。

 だけど帰ってきてまだシャワー浴びてないし夕食も……それにアキハの寝床を、用意、しな、い、と……


 わたしの意識はここで途切れた。

 翌日母から聞かされたのは部屋の電気をつけたまま風呂も入らず、ぐうすかと寝息を立てていたという顛末。だらしがないと怒られそうだが、なぜか母は喜んでいた。

「またゲーム、やる気になったの!」

 テーブルの上にはアキハが放置した「ソーサリー・スピリッツ」のカード。趣味を持つのはいいことだと上機嫌だった。


 別にわたしが興味を持ったわけじゃない。でも喜んでくれるならヨシとしよう、かな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ