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5. 王者の告解


 今でこそトレーディングカードゲームは市民権を得て親しまれているものの、数年前までは子供向けの玩具に過ぎなかった。欧米ではボードゲームの一種。誕生してからまだ半世紀も経ってない。世界初のカードゲームこそ「ソーサリー・スピリッツ」なのだ。


 開発はかつて黄金で栄えた米国の田舎町。小さなコミュニティで流行ったインディーズゲームは瞬間に世界に知られ、いつしか賞金が出る世界大会まで開催される規模になった。


 きっかけは米国最大規模の玩具コンベンション。今は伝説、さりとて当時は地獄。その会場で「ソーサリー・スピリッツ」は限定商品を売ろうとしたが、長テーブル二台分のスペースに長蛇の列が生まれて会場は大混乱。開発も会場の主催者も想定外の人数で捌ききれず、何人か怪我人も出たらしい。


 この騒動が世界中のメディアの目に留まった。カードゲームという目新しさもあったのだろう。まともに出回らなかった限定商品が定価の十倍の値段で取引されたことも話題になった。

 その人気を資本主義が見逃すわけもなく。伝説の数年後には日本語を含む八カ国の言語で売られた。

 わたしが秋葉原に通うようになる頃には専門店がいくつもあった。



    ◇



 店長がアキハに気づかなかったのだからアキハの説明はすべて真実。天使はわたしにしか見えない。歩きながら話そうかと思ったが、そうするとブツクサと独り言を呟きながら混沌を練り歩く変な人。それだけは避けたい。


 二人きりで話せる場所を求めて秋葉原を突き進む。平日ということもあって秋葉原の中心から離れると混雑も落ち着いてきた。当てのないまま足を進めれば手狭なところにベンチが数基しかない公園があった。すぐ隣が線路でうるさいけど、この瞬間だけは騒音も大歓迎。周りに誰もいないここはまさに理想的だった。


 万が一誰かが来ても声を聞かれないように奥のベンチに腰掛ける。アキハも見よう見まねで座ろうとするが、ものに触れられないから拳ひとつ分、宙に浮いていた。


 さて、どこから話そう。


「葵もあそこで遊んでたの?」


 ナイスアシスト。そうだ、わたしの思い出を話せばいい。


「そうだね。あそこは……わたしの原点なのかな」



    *



 あれは中学一年の夏休み。家でぐうたらしていたわたしを見かねて、父が「出かけよう」と誘ってきたのだ。

 ここで断ったら毎日とやかく云われる羽目になる。と思うと今ここで素直に従えば面倒の数は減るだろう。打算的に考えたわたしは頭を縦に振った。到着したのは秋葉原。そのまま『もんもん』に連れていかれた。


「あ、鳥越さんじゃないですか。君が葵くんだね。はじめまして、沼津です」


 父は内密に「娘に趣味を与えたい」と沼津店長に相談していたようだ。のちに知った話だが、父もかつてゲームの虜にされた一人。母との馴れ初めもゲームだったとかなんとか。そんな両親の血を継いだわたしなら絶対に好きになる、と非常に安直で身勝手な計画を企てていたようである。

 面倒はもとより父の手の上で踊らされていたのも気に食わない。でも一度だけならとゲームの誘いを引き受けた。


 店内は販売スペースとプレイスペースに分けられていた。店長がプレイスペースにいた集団に声をかければ、あれよあれよとわたしもゲームに加わることに。どうやた彼らはこの店の常連客のようで、突然のお願いにも二つ返事で引き受けてくれた。


 とはいえいきなり初対面の連中(成人男性)とゲーム初心者の女子中学生が遊ぶなんて無茶にもほどがある。なのに父は父で「夕方迎えに来る」と言い残してどこかに行ってしまい、数時間の遊びを強いられてしまった。


 簡単な自己紹介とアイスブレイクを挟みつつ、初心者でも遊べるシンプルなゲームをすることに。

 乗り気ではなかったわたしだけど、経験はかけがえのないものだと初めて知れた。


 サイコロといえば六面体の正方形。だけど世界には四面体から二十面体のサイコロがあるらしい。

 トランプといえば絵札に描かれた騎士。西洋のイメージが強いけど一説によればトランプは東方から伝わったものらしい。


 一生使い道がないであろう雑学を頭に入れながら時間が流れた。中には常連から筋がいいと褒められたゲームもあった。褒められて悪い気はしなかった。


 約束どおり夕方になれば父が迎えにきてくれた。世話になった人らに礼を伝えて帰路につく。遊んでくれた彼らには年齢とか性別とか余計なものは見えてなかったようで「また遊ぼう」と笑顔で見送ってくれた。オタクみたいな格好をしているくせに中身は紳士的だった。


 けどどうだろう。疲労は溜まるばっかりで楽しかったのかもわからない。


「鳥越ってあんま笑わないよな」


 忘れかけていたあの言葉がフラッシュバックした。一度は否定した言葉なのに何度も何度も頭の中でリフレインした。



    *



「はへぇー、大人に混ざって遊戯なんて葵は賢いんだね」


 うまく説明できたとは思えない。記憶も曖昧な部分が多いから辻褄が合わないかもしれない。けどアキハは「うんうん」と話を聞いてくれて最後には納得してくれたようだ。これでわたしも肩の荷が下り——


「ところで『あの事故』って?」


 その指摘にドキッとした。

 なぜそれを知ってるのだろうと不思議に思ったが、思い返せばさっき沼津店長が口にしてたっけ。あの一瞬をよく覚えてるなと感心した。あまり関係ないことだけどアキハが気になるなら話すべきだろうか。あまり気持ちいい話でもないけれど。


「三年前、アメリカで街ひとつ飲み込む大火事があったんだ。そこに『ソーサリー・スピリッツ』の開発会社があって……燃えちゃったんだ。人も資料もぜーんぶ」


 もう三年も前の話だ。当時の日本でも連日報道された悲惨な事故。あの火事で多くの犠牲者と深い爪痕を残した。一夜明けても民家が燃え続けたそうだ。煤だらけの街並みは今でも忘れられない。


「だけど世界中から支援が集まってようやく復活するの。沼津店長が新しく設立する会社でね」

「ん? その人ってさっき会った彼?」

「そ。あぁ見えて人望もあって人脈が広いの。火事の一報が入ってすぐアメリカに飛んで現地で支援して、運良く事故から逃れた開発者と何度も話を重ねて、沼津店長が権利を買い取ることになったの。ちょうど老朽化でビルの取り壊しも決まって、とんとん拍子に閉店が決まったの。あ、復活するって話は正式に発表されるまでオフレコでお願いね」


 ようやく納得できたといわんばかりに、胸の前でぽんと手を叩くアキハ。これで本当に肩の荷が下り——ることもなく、わずか数秒足らずで次の質問を投げかけてきた。


「なら葵はこれからどうするの?」

「わたし?」

「だって居場所がなくなるんでしょう? これからどこで楽しむの?」


 人形みたいな顔をしていながら的確に急所を狙ってくる。その答えならホームズでもわからないと思う。


「わたしは……」


 言葉に詰まる。これからのことなんて何もわからない。何も決めてない。考えがまとまらない時間だけが過ぎていく。呆然とするわたしを見かねたのだろう。アキハは何も云わずに手を握ってくれた。


「ごめんね、ボクが悪かった。迷う人間に訊くのは野暮だったね」

「別に気にしないで」


 一瞬、わたしの本性がバレたとばかり。でも的外れの推理を展開してくれたおかげで凌げた。

 よかった。天使相手だろうとわたしは鳥越葵を振る舞える。

 その事実がわかれば身体中から緊張の糸が解けた。深く息を吸って大きく息を吐く。新鮮な空気が頭に届いた余韻でつい、こんなことを口走ってしまった。


「自分の感情を理解できたら、こんなに悩まなくて済んだのに」


 快晴の青空を眺めながら無意識に呟いた。

 その直後「あれ?」と思って口走った言葉を反芻する。失言に気付いた時にはもう手遅れ。どんなに言い訳を重ねたって目を丸くする天使には届かないだろう。手遅れをアドリブで凌げる技術もないわたしは白旗をあげた——もう観念しよう。

 自然に漏れた溜め息を皮切りに、命より重い秘匿を打ち明けた。


「わたしはアレキシサイミアって病気なんだ。自分の感情がよくわからないの。他人の感情は手に取るようにわかるのに……おかしいよね」

「治らないの?」

「わたしなりにいろいろ試したんだけどね、何も変わらなかった。世界大会で優勝してもね」

「ゆ、優勝って、一番ってこと?」

「毎年誰かしら一番になるんだ。珍しいことじゃない」

「そうかもしれないけど、え、ボクの反応が間違ってるの?」


 自分がゲームを通じてどう感じるかわからなかったから、あれから暇な時は店に通うことにした。いろんなゲームをやったけど得意だったのは『ソーサリー・スピリッツ』。半年も通っていたら店で敵なしになっていた。


 あの頃のわたしは悩んでいた。なんせ半年も通っていて一度たりとも感情が揺れ動かなかったのだから。

 そんな時に東京で世界大会が開かれることを知った。万が一、世界の頂点に立てれば嬉しいと思うのが人としての道理だろう。だけどダメだった。優勝トロフィーを受け取っても会場から溢れんばかりの歓声を浴びても、こんなものかって味気のない感想しか出てこなかった。


「その後はどうしたの?」

「店に行かなくなった。ゲームもやらなくなった。それに大会の三ヶ月後にあの事件も起きたからすんなり辞められた。通わなくなっても沼津店長は頻繁に連絡をくれたけどね。……わたしって空っぽなの」


 全てを曝け出したわたしに恐るものはなかった。ここまで真剣に聞いてくれた天使への礼としてアキハを真似て微笑んでみた。でもアキハはくすりとも笑わない。

 どうしてあなたが思い詰めた顔をするのだろう。困るのはわたしだけなのに。


「ずっと不思議に思ってた。葵から溢れる感情の色と行動が一致してなかったから。最初にボクを見た葵は恐怖を纏っていたのに冷静で、天使だって教えても顔色ひとつ変えないんだもの。てっきり無理して強がってるとばかり。違ったんだね、葵は感情がわからなかっただけなんだ」


 なぁんだ、うまく隠してたつもりだったのに気づかれたなんて。なんか癪だ。

 異能を持つ天使相手とはいえ自信がなくなっちゃう。


 ストレスから解放された反動からか、座っているのに頭がクラっとした。これくらいなら半日安静にしていれば治るが、今日のところはもう引き上げた方が良さそうだ。


 このまま帰るつもり、だけど……アキハはどうするつもりだろう。それとなく予定を尋ねてみた。


「この異変を解決するまで葵から離れるつもりはないよ」


 

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