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「少女の初恋を奪った罪は恐ろしいですよ」

 


『この前の件だけど……申し訳ない。知人らに訊いてみたけど手がかりはなかった』


「そう、ですか」


『個人的に葵くんの見立ては間違ってないと思う。ただ仮にそこだったとしても他の条件と合わないんだよなぁ。僕がそんなこと云わなくても葵くんならわかってると思うけど』


「……あの、店長」


『——あ、申し訳ない。これから会議が始まるみたいだ。また後でかけ直そう」


「いえいえ、大したことないんで気にしないでください。忙しい時にすいませんでした」


『僕らの仲だ。気にすることないさ。あぁ、あとこの前、頼まれたのを送るのに入れ忘れたのがあってね、今日か明日に届くはずだから確認しておいて』


「え。でも全部揃ってたと思うけど」


『いいからいいから。ノークレームノーリターンでよろしく』



 期末考査の前日、就寝前に自宅で勉強していると恩師もとい切り札から連絡が来た。内容はもちろん後輩の探し人。わたしがアキバオタクなら店長は混沌と混沌とを繋げる管理者。沼津店長の人脈なら下手に電脳を彷徨うよりよっぽど頼りになると期待していたけどダメだった。


 わたしのとっておきがダメとなれば真相は永遠に闇の中。伊織に残念な結果を報告したところ明日のテスト終わりに落ち合うことになった。



 わたしと伊織、それから日奈子は休日に首都圏を練り歩いて手がかりを探すようになった。だけど成果はなく、日に日に財布が痩せ細り、わたしはちょっぴりオシャレを学ぶだけ。至って普通の女子高生みたいな日常を過ごしていた。


 日奈子のいうとおり、伊織は強い子だったことがよくわかった。人並みの思い出が増えたって初恋の相手の背中が見えてこないのに、あの子は本心を押し殺して健気に前を進んでいく。そんな彼女に他人であるわたしができることは道のりを教えるだけ。どんなに彼女がいい子で努力家だろうと結局は己の力で真実を見極めるしか終わりは訪れない。


 別に誰かの手を借りることを否定するつもりはない。この世界は未知で満ち溢れていて全てが教科書に記されているわけではないのだから、専門家に頼って見聞を深めるのは選択肢として最善だ。以前のわたしもそうした。面倒を排除するやり方は今でも間違っていないと思ってる。


 が、人の感情ってそう簡単に変わらない。自分の意見ってそう簡単に曲がらない。そんな融通の効かない厄介なものをどうにかする術は己が気づくしかない。わたしもついこの前、そう思い知らされた。

 それにほら、自力で真相に辿り着いてこそ価値が輝くものもあるだろう? たとえば……浪漫、とかね。



    ◇



「いま、なんて?」


「ひとまず人探しに区切りをつけようかと。元々あたし一人で探すつもりでしたし、先輩たちにこれ以上迷惑はかけられません。それにもう夏休みです! 貴重な青春をドブに捨てられません」



 うどんを啜った彼女はケジメをつけた。助けられなかったわたしたちにその判断を止める権利はない。肇がいたら「薄情なやつだ」と云われそうだけどわかっちゃいない。成し遂げる前に諦めるって結構難しいのだ。一歩踏み出すより歩みを止める方が勇気がいるんだ。



「ん、わかった」


「でもこれからも仲良くしてください。あたし、葵センパイのこと好きなんで……あ、ら、ラブじゃないですよ。ライクの意味です」


「もちろんだ」


「ね、だったら夏は海行こう! 失恋を海に捨ててきて新しい恋と向き合うの」


「……振られてはないですけどね」



 二人のかけ合いを耳にしながらご飯を食べる。それが日課になっていた。四月の自分に教えたらどんな反応をするだろう——なんて、考えなくたって簡単に想像できた。



「おっと、ここにいたか。教室はバッチリ押さえた。食ったらすぐ来てくれ」



 華やかな淑女の集まりにお邪魔虫がやってくる。



「なら私はお先に。セコンド任されるんです」


「あ、肇、待って。これ、先に渡しとく」



 二人が離れる前にわたしの鞄の中から真っ黒なビニール袋に入れられた例のブツを渡す。まさか人が多い食堂で不要物のやり取りが交わされてるとは誰も思わないだろう。



「おう、サンキュー」


「仕上がりはどう? 期待してもいいのかな」


「まーそこそこだろうな。勉強一筋だったやつが本気で『遊び』と向き合うんだ。楽しみにしとけ」


「じゃーね、伊織。今日の夜、また電話会議しよう」



 と云い残し、肇と日奈子は去っていった。ただ一人の後輩はわけがわからずポカンとしてる。強い正義感を持っているわけではないし、話すだけなら別に大丈夫か。関係のない後輩が巻き添えを喰らうことだけは避けておきたい。



「これからちょっとだけゲームするの。根強いファンができちゃって挑戦状を叩きつけられたの」


「ほへー、あの袋ってそのゲームだったり?」


「『ソーサリー・スピリッツ』ってカードゲーム。そういえば日奈子も好きだって云ってたっけ」


「そーさ、りー……、すぴりっつ」


「そ、市販のデッキを用意してきたから、それで軽く一戦だけ。わたしもこの後用事があるからサクッと終わらせたいんだけど拮抗するんじゃないかな。相手は秀才の一ノ瀬くんだし。そろそろわたしも行かなきゃだから、お先に。また夜ね」



 教室を抑えたっていっても先生に見つからないようにこっそりやるんだ。一ノ瀬は今日のためにルールを丸暗記してきて進行は問題ないと日奈子が云ってた。今回は市販デッキ同士の前哨戦。自分の用事のためにもサクッと終わらせてしまおう。


 彼には申し訳ないけど、大富豪の屈辱を晴らしたいと云ってきたのも「ソーサリー・スピリッツ」で勝負したいと提案してきたのも一ノ瀬自身。つまりは自業自得。



「葵センパイ、あたしも見学しても?」


「いいけど……先生に見つかったら共犯者になるけど」


「構いませんよ」



 器に残っていた汁を勢いよく飲み干し、わたしよりも張り切って席を立つ。この子、さっきは無理やり笑顔を取り繕っていたのに今はだいぶ吹っ切れてご機嫌だ。後輩のくせに度胸があるな。それとも良いことがあったのかな? 



   ◇



 潮時でした。もちろん正しい意味は知ってます。でも今回はあえて誤用の方で使います。ちなみにあたしの瞳から零れ落ちたものとかけております。


 えぇ、最初から不可能でした。二人の先輩に話さず、自分の秘め事として墓場まで持っていけばよかったと反省してます。


 日奈子センパイの云ったとおり、葵センパイはこんな田舎娘の曖昧な思い出に真剣に向き合ってくれて知恵を貸してくれました。


 せっかく助けてくれたのに、自分が無力で情けない。それに二人はあたしの記憶に配慮して無理やり踏み込んでこない。その優しささえ、あたしには勿体ない。

 たとえあたしが浪漫を愛する浪漫主義者だろうと、他人に迷惑をかけるほど傲慢な性格ではありません。だからもう、初恋の相手探しは諦めました。この決断に悔いはない。そう思っていました。



「あれ、伊織。ついてきたの?」


「葵センパイに頼み込んだんです。お邪魔にならないよう静かにしてますから」


「なんだ、おさげっ子もいるのか。まぁ、オーディエンスは多い方がいい。だろう? 一ノ瀬」



 日奈子センパイの彼氏、肇さんは口調は荒いけど優しい方です。おさげっ子は少々不服ですけどアキバオタクよりはマシかなぁと。そんなこと、口が裂けても云えませんが。


 そして窓際の席には眼鏡をかけた、いかにもって感じの優等生。この人がこれから葵センパイとゲームする一ノ瀬という方でしょうか。肇さんの声にも無反応で開封したてのカードと向き合ってます。うーん、葵センパイ勝てるのかな。見る限り頭良さそうで強いと思いますけど。



「お待たせ、一ノ瀬くん。二種類のデッキがあるけど、きみはどっちを選ぶ?」


「ネットだと『豪炎の双竜』が強いみたいだからこっち」


「ん、ならわたしは『蒼空の守り人』ね。それじゃあよろしく」


「あぁ、よろしく」



 当然ですがあたしにはこれから何が起きるか予想できません。互いにカードを裏向きで配置したと思えば互いに相手のカードをシャッフルして、ぼけっと眺めているといつの間にかゲームが始まっていました。


 盤上ではカードがあちこちに移動して、裏向きにしたり表にしたり横向きにしたり、無理やり来ておいてなんですが全く意味がわかりません。どっちが有利で不利なんだ?

 日奈子センパイに説明してもらおうかと思いましたが二人ともゲームの虜にされて、釘付けになっています。


 あぁ、もうだめ。何もできないから暇つぶしに葵センパイの顔でも観察しようかな。

 一ノ瀬さんは見ていて感情がはっきりしてます。時には微笑んだり、盤面が進むと苦い顔をしたり表情がコロコロ変わって面白い。



 でも葵センパイは……葵先輩の表情はなにもない。



 冷ややかな視線で盤面を見つめ、喜怒哀楽の一片すら窺えず、ただただ機械的にゲームを進めています。その姿は人間というより淡々と作業をこなす人形。あたしはなぜかゲームより葵センパイに釘付けになっていました。


 葵センパイが一瞬、頭を掻きました。その拍子で前髪が崩れましたが葵センパイは気に留める様子もなくカードを動かします。




 その時にふと、ある光景が頭の中でリフレインしました。最近の記憶ではありません。ですが似たような光景をむかしむかし見た記憶があります。


 あれはお兄ちゃんと一緒に出かけた東京で、会場から割れんばかりの歓声を浴びながらステージに用意された椅子に腰かけ、白髭を蓄えた外国人と向き合う少年。遠目だからはっきりしたことはわからないけど背が高く見えて黒いキャップを被ってた。その少年は果敢にも年上相手に勝負を仕掛け、あっという間に蹴散らした。激闘のあとの彼は——



「あー負けだ。次はデッキ組んでくるから絶対に勝つ」


「ん、待ってる」



 ついに勝負が決しても葵センパイの表情が崩れることはありませんでした。ゲームに勝ったら喜ぶのが当たり前でしょう。なのに先輩に笑顔が咲きません。ですが不思議とこの反応に見覚えがありました。



   ◇



「ま、わたしは夏も暇だから、いつでも一ノ瀬の挑戦を受けるよ」


「アキバオタクは心が広い……や、心が鬼だな」


「アキバオタクいうな。あ! そろそろ帰る」


「おい、これのお金は?」


「デッキはあげるからみんなで楽しんで、って社長が。それじゃ」



 さほど苦戦しなかった。これでも一応は「暫定」世界王者。返上したいのは山々なのだけど、どこぞの社長が「王座を空けたくない」と云い出し無理やり王座に押し込められている状態なのだ。ま、いくらデッキにハンデがあったって簡単には負けないさ。


 慌てて階段を駆け下り昇降口へ。靴を履き替えていると後ろからバタバタと駆け足で息を切らした伊織が立っていた。



「はぁはぁ……葵先輩。伝えたいことがあるんです」



 そんなに息を切らしてどうしたのだろう。どうせ夜、いつもみたいに話すんだからその時でもいいじゃないか。

 伊織はスゥスゥと何度も深呼吸しながら胸に手を当てる。そして一歩わたしに踏み寄り、ちょっと背伸びしながら耳元で囁いた。



「少女の初恋を奪った罪は恐ろしいですよ」


 照れくさそうにはにかむ少女の輝きは太陽よりも眩しくて、そして、一つの真実をもたらしてくれた。


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